クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【19章・君が傍にいて欲しい/祷SIDE】

『19-1・分岐』

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 食事が終わって私と明瀬ちゃんは先程案内された寝室に戻った。加賀野さんは口数少なく自室に引っ込んでいった。声をかけようとした私を明瀬ちゃんが咎めた。一人で考えたいときもあるだろうから、と。
 私がベッドに腰掛けると、その横に明瀬ちゃんが仰向けに寝転がる。もう一つ横に並ぶベッドを指差して私は言う。

「明瀬ちゃん、奥のベッド使いなよ」
「魔女ってさ、耳が良かったりする?」
「何それ?」

 唐突な質問に私は問い返した。明瀬ちゃんは仰向けになったままで、天井の方を見ている。私も上を見上げた。少し埃臭いが良い部屋だった。この広さの家で、なおかつ非常事態であれば掃除する暇もないだろうと納得はいく。加賀野さんに兄弟は居ないらしい。親子三人で住むには広すぎて不便な家であろう。他に誰か住んでいたのだろうか。先程喋った時には中々踏み込めない話題ではあった。
 明瀬ちゃんが何も答えようとしないので、私は荷物の整理をしようと立ち上がる。シルムコーポレーションに向かうとしてもルートを考える必要があった。地図を片手に私が唸っていると、明瀬ちゃんが天井に向かって喋り出す。

「ゾンビ化が人間の体内に影響を与えるなら、それはもしかしたら進化かもしれない」
「どうしたの、急に」
「あの時の大型ゾンビって、肉体的には人間よりも優れてる。ブドウ糖以外のエネルギー源を利用できる身体構造になっているなら、人間よりも低コストで生きれる。この世界の数十年後、数百年後に、私達じゃなくてゾンビの方が生息域を拡大していたら、それは進化って言える」
「ゾンビが人間より優れているって事? そうは思えないけど」
「私の言い方が悪かったけどさ、進化に優劣はないんだよ。生き残ったかどうかの基準しかないわけ」

 明瀬ちゃんが身を起こして、私の方を見た。その両手の人差し指で空中に何かを描く。

「環境に適応していった結果、生き残るものと死ぬものがいるじゃん? 地球環境の変化に合わせて、ウイルスの拡大に合わせて、人間の本能が選び取った形がゾンビだとしたらさ、それは進化だよ」
「ウイルスの影響によるものなら、其処から次の世代が続かないから、進化じゃないよ」
「そうだけど、そう言い切れない気もすんだよね。
 あの大型ゾンビを見てるとそうじゃない気がする。確かに身体は変異していたけど、明確な意思と知能があった。肉体的にも劣化していない。あれがウイルスと共存した結果なら、『適合』した結果なら、今後大型ゾンビが勢力を拡大していくのかも。
 もしかしたら生殖機能も生きているのかもしれない。世代を超えてウイルスという外的要因に適合出来るようになったなら、それは進化じゃん?」

 適合者だから、「アダプター」と呼ぼうと明瀬ちゃんは言った。歩くゾンビは「ウォーカー」、走るゾンビは「スプリンター」。私達は話しか聞いていないが破裂するというゾンビは「スプリンクラー」。そして、ウイルスに適合したゾンビ、「アダプター」。

 明瀬ちゃんが紙とペンを寄越せと言うので、私は荷物から取り出して渡す。
 紙に平行した線を幾つか引いていく。「山」の漢字を平たく潰した様な、トーナメント表の様な図を描く。「人間」と紙の左端に書くと、其処から線を伸ばしてその図に繋げた。そうして枝分かれした線の上から順に、「人間」「アダプター」「魔女」と書いていく。
 私は熱心にそれを描く明瀬ちゃんの傍に腰掛ける。

「明瀬ちゃん、何描いたのこれ」
「クラウンクレイド」
「なんて?」

 系統学が云々と明瀬ちゃんは語り出した。
 いくつかの種に共通する形質を捜し、それらを共通する祖先から受け継いだ形質と仮定し、分岐のツリー図を作成する。この図を分岐図というらしい。今明瀬ちゃんが描いた図もそれだと言う事だった。つまり人間を祖先として、ウイルスという外的要因により、抗体を持たない「人間」、ウイルスと共存して適合した「アダプター」、そして抗体を持つ「魔女」、という形で人間は分岐していくのでは、と。
 そしてこの分岐図、言われてみれば確かに王冠の様な形をしているこの図こそが、それを図示している「クラウンクレイド」だった。
 世界はとっくに壊れていたのかもしれない。人間は知らない内に世界の崩壊に直面していて、持っている者は先に行き、持たざる者は既に置いていかれたのかもしれない。

「私達はさ、もしかしたら世界に置き去りにされたのかもね。ゾンビになっちゃう方が、未来で見たら正しいのかも」
「明瀬ちゃん……?」
「もしそうなら、祷はさ。こんな世界でも世界の規範とか価値観を守るの? それを咎める人なんてもう居ないのに。私は祷がどんな人だって嫌いにならないよ?」

 明瀬ちゃんの手が私の手首を掴んで。彼女の細い指が私の動脈を抑えて。その目が私を見つめていて、目を逸らせなかった。明瀬ちゃんの長いまつ毛が、その筋の通った綺麗な鼻筋が、微かに開いた湿った唇が、私の全てを掴んでしまった様で。明瀬ちゃんの声は何故か上擦っていて、その頬には微かに血の気が差していた。見た事のないその表情に私は動揺してしまって。手を振りほどくように慌てて立ち上がる。私は顔を背けたまま言った。

「……ごめん、御手洗い行ってくる」
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