クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【零和 一章・目覚めには、ショットガンの口付けを】

[零1-1・白夜]

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『状況を報せてくれ』

 その男は手にした携帯電話から聞こえてきた声に、誰に見せる訳でも無く肩をすくめた。男は上着を脱ぎ捨てたスーツ姿で、白いワイシャツの所々には血の跡が付着している。彼の傍らにはキャリーケースがあって、その所々はへこんで汚れていた。彼が立っているのは駅前の繁華街のビルの屋上で、その背の高いフェンス越しからは内浦市の全景が見渡せた。男はキャリーケースを足で小突きながら、電話からの問いに応える。

「茨城県内浦市に到着、これから当初の目標地点に向かうよ」
『問題は無いか』
「いきなりゾンビに襲われた事以外は平気さ」
『火器は使用したか?』
「いや、虎の子だからね」

 彼はそう言いながらキャリーケースを開いた。金具がひしゃげていて上手く開かなかったものの、何度か蹴るうちにようやく開いた。中にはスポンジ質の詰め物で満たされていて、その中心にはハンドガンが一丁収められていた。それを手にして安全装置がかかっていることを確認し、ズボンのベルトに挟む。ハンドガンは無事持ってると言うと、電話の向こうの話し相手は申し訳なさそうに言う。

『上の目を誤魔化す為にはそれしか用意できなかった』
「そうは言うけどさ、そもそもシンギュラリティを一人捜すなんて……。そっちで追跡出来るんじゃないのかい?」
『何故かその申請が拒否される以上、こうやって内密に捜すしかない』
「……了解」
『サポートはするが期待するな。私の権限ではクラウンクレイドの軛は超えられない』

 その言葉を最後に通話は切れた。回線すら極秘である為に、次に通信を行う為には向こうからの着信を待つ必要があった。不便なものである。それを、クラウンクレイドの軛、とは上手い言い回しをしたものだと思った。

「さて、そんな状況で一人のシンギュラリティを捜せとはね」

 通話を切った携帯電話で画像ファイルを開く。画面に表示された少女の顔写真を見て、再度その容姿を頭に叩き込む。年齢は17歳、市内の高校に通う女子高生。日本人で、黒髪、背は低め。少人数もしくは単独で活動している可能性が高い。シンギュラリティという性質上、接触には注意が必要。
 彼女の名前は。

「祷茜か」




【クラウンクレイド零和-zero sum-】




 例えば、炎が燃える時。そこでは必ず何かが喪われている。いや、喪われているという表現は正確ではないだろう。

 燃焼とは、可燃性の物質が酸素と化合する事で光や熱を発する現象の事だ。それが起きた時、その光や熱の分だけ物質は喪失されている。端的に言えば、燃料は燃やせば燃やすだけ無くなっていく。

 だが、それは喪失だが、それと同時に喪失ではない。エネルギーという観点から観れば、ただ状態が変移しただけなのだ。燃焼物というカタチをしていたエネルギーが変化して光と熱というカタチのエネルギーになった。所謂、質量保存の法則の話だ。質量とエネルギーは互いに変換出来る為、エネルギーという観点から見れば存在するエネルギーは変化していない。総和が変化していない。損失と増加の総和は広い視野で見れば「零和-ZERO SUM-」なのだ。

 そうであるからこそ、つまり。今、私の目の前で燃えている炎は何かを犠牲にしながら燃えている。暗闇の中、それだけが光明となったこの暗闇の中で。私の手の平で踊るその炎は、私の身体を燃やしながらその勢いを増していた。

「――!?」

 私が目を覚ますと同時に、蹴り飛ばした白い毛布が舞っていくのが見えた。
 最初に認識したのはまずその光景であり、それから遅れて、今私がいるこの部屋の真っ白な壁であるとか、この部屋が15畳程あろうかという広い部屋であることだとか、そういう事を理解した。
 私はベッドの上にいて、それと同じデザインのベッドが部屋には6つ並んでいた。何れも空であり、部屋には私以外の誰もいなかった。部屋の何処にも窓はなく、部屋の壁は白一色で統一されていて、装飾一つ見当たらない。つなぎ目すらぱっと見では見当たらず、一瞬遠近感が狂う。清潔感、と呼ぶには少し殺風景すぎて、その整然とした模様に私は何処か違和感を覚えた。
 私の寝かされていたベッドはあまり見かけた事のないデザインだった。白の樹脂パーツでベッド全体は覆われていて、まるで「卵」を思わせる。白い布団と毛布は兎も角、ベッド全体からは奇妙な印象を受ける。
 恐らく、医療機関か、それに準じた目的の部屋だろうか。

「そうだ、明瀬ちゃん!?」

 私の傍らに明瀬ちゃんの姿は無く、私は頭を振り、髪をかきむしる。此処で寝ているまでの間の記憶が無かった。何度思い出そうとしても、この部屋に繋がる記憶が無かった。
 シルムコーポレーションの研究所を後にした後、明瀬ちゃんに血清を打って、それから――。其処からの記憶がない。傍らに杖もなく、私の格好も白い肌着とオーバーサイズの手術着になっている。魔女のマントも帽子も見当たらなかった。
 此処が医療機関だとするならば、何かの拍子で気絶した私を救助した。という事になるのだろうか。
 問題は、そこに至るまでのプロセスがあまりにも不足している。私が思い出せるという点において、最後の記憶は明瀬ちゃんと血清についてのやり取りをした時であって、そこからベッドに寝かされるまでの間の記憶が無い。消耗の反動で私が仮に気絶でもしたとして、それならばここは何処なのだろう。
 何があったかは分からないものの、来るかも分からない誰かを待ち続けるのは得策でない様に思えた。少なくとも明瀬ちゃんと合流する必要があると私は思う。
 ベッドから降りて裸足のまま床に立つと、一瞬足に上手く力が入らず少し姿勢を崩した。少し目眩もする。自分の身体でないような浮遊感があった。気が付けば髪も少し伸びている気もする。まるでずっと寝たきりになっていたかのような。
 そんなにも長く寝ていたのだろうか。最後の記憶からどれだけの時間が経過しているのだろうか。分からない事が多すぎる。こみ上げてくる吐き気も相まって私の気分は最悪だった。
 病室、とひとまず呼ぶが、を後にする。扉は電動で、私が近付くと音もなく開いた。扉のつなぎ目は綺麗に壁と一体化していて、一瞬何処から開いたのか見えなかった。まるで壁の一面が動いたかのようだ。扉に開く方向を示す矢印の様なレリーフが無ければ見落としていたかもしれない。

「すいません! あのー!」

 私が廊下から顔を出し声を上げてみても、それはただ反響していくだけで反応は返ってこなかった。部屋を出る。
 廊下は壁も床も白く、天井にはライトが仕込んであるのか滲んだ光を漏らしている。廊下の行き当たりは遥か遠くに見えて距離感が狂う。廊下の床の両端に引かれた赤い線がずうっと伸びていて、その消失点が目を凝らすと微かに見えた。一歩ごとに私の裸足が床に張り付き、間抜けな音を立てる。
 廊下には一定間隔ごとに、扉があった。私が先程出てきた病室のものと同じ扉で、扉の上の表示板がある。表示板といっても、緑色や赤色などのランプが点灯しているだけで何の部屋かは分からない。またどれも鍵がかかっているのか、私が扉の前に立っても反応がなかった。何度かノックをしてみたものの、手応えはない。
 数十メートル程歩いて、ようやく廊下の突き当りが見えてきて、私の混乱していた思考はようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
 疑問点があった。この広い建物は何処であるのかという事。
 そして、電気が生きている事に私は疑問を抱く。パンデミック発生後に電気の供給は絶たれている。三奈瀬優子がいたシルムコーポレーションの研究所は一部電源が稼働していたが、それと同様に何らかの発電能力を有した建物ということだろうか。

「助かった……、とは言い切れないよね」

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