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【零和 三章・多層世界に死線を引いて】
[零3-5・生態]
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ウンジョウさんは、近くのビルの壁面に吊り下がっていた。
フレズベルクの攻撃を受けてギリギリで持ちこたえて、ビルの壁面にアンカーを撃ち込めたらしい。
ただ、AMADEUSの損傷によってその場から動けなくなっていた。
私とレベッカで協力して、ウンジョウさんをビルの屋上まで引き上げる。
憔悴しきった表情の彼は、引き上げられてレベッカの顔を見ると、少しばかり表情を緩めた。
私達以外はフレズベルクに地面に叩き落されてゾンビの餌食になった事を聞いて、ウンジョウさんは暫し唇を震わせて。
しかし、少しの沈黙を挟んでからしっかりとした声で言う。
「とにかく、お前だけでも無事で良かった」
レベッカの事をそう呼んだことに私は少し違和感を覚えた。
ウンジョウさんのAMADEUSは、この場での応急処置で何とかなるようで、レベッカがバックパックの部分を抱えて、少し離れた場所に腰を下ろす。
ビル屋上の、強烈に吹き荒ぶ風の中で私は顔をしかめたままウンジョウさんの横に立った。
先程までの表情は消えて、険しく鋭い目付きに戻っている。
「あの鳥は何だったんですか」
「分からん」
「分からん、って」
「フレズベルクというのも、単なるアダ名だ。あれが一体何の種からどうやって進化したもので、何という名前をつけるべきかも分からん。分かっているのは、あれが何羽もこの新宿の空を滑空していて、明確な脅威になっているということだけだ」
あの鳥は明らかに私達を狙っていた。
しかし、その行動原理が食性によるものであるとも思えない。
空中から叩き落とした後は興味を失ったように見えたし、そもそも地上にはゾンビがある以上、捕食を考えているのなら地上に叩き落とすのは得策ではない。
縄張り意識の強さ故の行動なのだろうか。
そんなものが何羽も空を飛んでいる事に驚くばかりだった。
「あんなのが何羽もいるんですか」
「生態系の一部として確立してると言っても良い」
「ゾンビによって人間が生活圏を奪われてから60年もあれば、あんなのがいても、まぁ理解できなくもないですけれど」
人類はその生活範囲を拡大し、ほぼ全ての大陸と地域に存在する。
人類はその影響力を、近代化に伴って更に強め、自然の中に独自のコロニーを造り出した。
その生息域は、人が人の手によって変えていくことの出来るもの、所謂都市型社会だ。
その都市機能が、人類の消滅と共に喪われたのならば、その後退が起きたのなら。
それに比例するように野生動物がその生息域を拡大し、そして何らかの発展を遂げていてもおかしくはない。
ゾンビが狙うのが、理由はどうあれ人間だけである以上。
彼等との生存競争となる事も少ない筈だからだ。
しかし、私の言葉にウンジョウさんは首を横に振った。
「違う」
「え?」
「ゾンビの出現は5年前、2075年だ」
困惑する私の前でウンジョウさんが腰を下ろした。足をビルの屋上から投げ出すように座る。
ビルの屋上といっても、室外機や柵の類は一つも見当たらず。
ビルのコンクリートがそのまま広がっているだけの場所だった。
ヘリポートとして活用する場所なのかと思ったが、目印の一つもなく。
そもそもビル内部と行き来する為の扉も見当たらない。
この構造が、未来のもの故なのかは分からなかった。
私も座り込むと、彼は続きを語り出す。
「2019年にいたと言ったな」
「はい」
「今の言い方だと、2019年にもゾンビが居たという風に聞こえる」
「居たんです。パンデミックが突然起きて、みんなゾンビになっていって。世界は壊れて、誰もが死んでいって」
「そんな世界で生き延びてきた、と。そして目が覚めたら2080年に来ていたと?」
「はい」
「少なくとも、それを否定出来る事実が一つはある。2019年に大規模な『ゾンビパンデミック』が起きたという記録はなく、翌年の2020年には東京オリンピックが開催されている」
「それこそが、嘘の記録だったなら」
「もしそうだとしたら、今のこの社会は存在していない」
私達が見てきたのは、私達の見える範囲の事だけで。
もしかしたら、世界が壊れたなんて嘘で、私達が泣いて叫んだあの瞬間、別の場所では何食わぬ顔で世界は動き続けていたのかもしれない。
でも、そんな筈はない。
私達の社会はその発展と共に世界の境界線を消し去って、連続性によって「ユビキタス」な社会を創り上げた。
何処か欠けたくらいじゃ、覆す事なんて出来ないくらいのものを。
けれども、それだからこそ。
壊れた世界も、そして今目の前に広がっている高層ビル群の光景も、同時に正なる形であって、それと同時に相反する形でもある。
魔法の事。
明瀬ちゃんの事。
私が見てきたもの、私の前から消えていったもの。
その何れについても、私は語らなかった。
それを否定されてしまうことが、嫌だった。
あの日、みんな死んでいった事が。
明瀬ちゃんが泣いた事が。
全部嘘だと言われたくなかった。
今も、手の中には、全ての感触が残っている様に感じる。
もし本当に。
この時代の記録に、いや、この時代に、私達が見てきたあの悲劇が残されていないのなら。
「この世界の事を教えてください」
この世界、と私は強調した。
まるで私は、未来というよりも、違う世界に来てしまった異邦人だ。
ウンジョウさんはレベッカの方を少し見て。
まだ修理に時間がかかりそうだと判断したのか、私の方に向き直り口を開く。
「2050年、地球の人口が90億人を突破して食料供給バランスが崩壊する。2050年以前から指摘されていた問題だ」
フレズベルクの攻撃を受けてギリギリで持ちこたえて、ビルの壁面にアンカーを撃ち込めたらしい。
ただ、AMADEUSの損傷によってその場から動けなくなっていた。
私とレベッカで協力して、ウンジョウさんをビルの屋上まで引き上げる。
憔悴しきった表情の彼は、引き上げられてレベッカの顔を見ると、少しばかり表情を緩めた。
私達以外はフレズベルクに地面に叩き落されてゾンビの餌食になった事を聞いて、ウンジョウさんは暫し唇を震わせて。
しかし、少しの沈黙を挟んでからしっかりとした声で言う。
「とにかく、お前だけでも無事で良かった」
レベッカの事をそう呼んだことに私は少し違和感を覚えた。
ウンジョウさんのAMADEUSは、この場での応急処置で何とかなるようで、レベッカがバックパックの部分を抱えて、少し離れた場所に腰を下ろす。
ビル屋上の、強烈に吹き荒ぶ風の中で私は顔をしかめたままウンジョウさんの横に立った。
先程までの表情は消えて、険しく鋭い目付きに戻っている。
「あの鳥は何だったんですか」
「分からん」
「分からん、って」
「フレズベルクというのも、単なるアダ名だ。あれが一体何の種からどうやって進化したもので、何という名前をつけるべきかも分からん。分かっているのは、あれが何羽もこの新宿の空を滑空していて、明確な脅威になっているということだけだ」
あの鳥は明らかに私達を狙っていた。
しかし、その行動原理が食性によるものであるとも思えない。
空中から叩き落とした後は興味を失ったように見えたし、そもそも地上にはゾンビがある以上、捕食を考えているのなら地上に叩き落とすのは得策ではない。
縄張り意識の強さ故の行動なのだろうか。
そんなものが何羽も空を飛んでいる事に驚くばかりだった。
「あんなのが何羽もいるんですか」
「生態系の一部として確立してると言っても良い」
「ゾンビによって人間が生活圏を奪われてから60年もあれば、あんなのがいても、まぁ理解できなくもないですけれど」
人類はその生活範囲を拡大し、ほぼ全ての大陸と地域に存在する。
人類はその影響力を、近代化に伴って更に強め、自然の中に独自のコロニーを造り出した。
その生息域は、人が人の手によって変えていくことの出来るもの、所謂都市型社会だ。
その都市機能が、人類の消滅と共に喪われたのならば、その後退が起きたのなら。
それに比例するように野生動物がその生息域を拡大し、そして何らかの発展を遂げていてもおかしくはない。
ゾンビが狙うのが、理由はどうあれ人間だけである以上。
彼等との生存競争となる事も少ない筈だからだ。
しかし、私の言葉にウンジョウさんは首を横に振った。
「違う」
「え?」
「ゾンビの出現は5年前、2075年だ」
困惑する私の前でウンジョウさんが腰を下ろした。足をビルの屋上から投げ出すように座る。
ビルの屋上といっても、室外機や柵の類は一つも見当たらず。
ビルのコンクリートがそのまま広がっているだけの場所だった。
ヘリポートとして活用する場所なのかと思ったが、目印の一つもなく。
そもそもビル内部と行き来する為の扉も見当たらない。
この構造が、未来のもの故なのかは分からなかった。
私も座り込むと、彼は続きを語り出す。
「2019年にいたと言ったな」
「はい」
「今の言い方だと、2019年にもゾンビが居たという風に聞こえる」
「居たんです。パンデミックが突然起きて、みんなゾンビになっていって。世界は壊れて、誰もが死んでいって」
「そんな世界で生き延びてきた、と。そして目が覚めたら2080年に来ていたと?」
「はい」
「少なくとも、それを否定出来る事実が一つはある。2019年に大規模な『ゾンビパンデミック』が起きたという記録はなく、翌年の2020年には東京オリンピックが開催されている」
「それこそが、嘘の記録だったなら」
「もしそうだとしたら、今のこの社会は存在していない」
私達が見てきたのは、私達の見える範囲の事だけで。
もしかしたら、世界が壊れたなんて嘘で、私達が泣いて叫んだあの瞬間、別の場所では何食わぬ顔で世界は動き続けていたのかもしれない。
でも、そんな筈はない。
私達の社会はその発展と共に世界の境界線を消し去って、連続性によって「ユビキタス」な社会を創り上げた。
何処か欠けたくらいじゃ、覆す事なんて出来ないくらいのものを。
けれども、それだからこそ。
壊れた世界も、そして今目の前に広がっている高層ビル群の光景も、同時に正なる形であって、それと同時に相反する形でもある。
魔法の事。
明瀬ちゃんの事。
私が見てきたもの、私の前から消えていったもの。
その何れについても、私は語らなかった。
それを否定されてしまうことが、嫌だった。
あの日、みんな死んでいった事が。
明瀬ちゃんが泣いた事が。
全部嘘だと言われたくなかった。
今も、手の中には、全ての感触が残っている様に感じる。
もし本当に。
この時代の記録に、いや、この時代に、私達が見てきたあの悲劇が残されていないのなら。
「この世界の事を教えてください」
この世界、と私は強調した。
まるで私は、未来というよりも、違う世界に来てしまった異邦人だ。
ウンジョウさんはレベッカの方を少し見て。
まだ修理に時間がかかりそうだと判断したのか、私の方に向き直り口を開く。
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