クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

文字の大きさ
141 / 141
【零和 六章・かがり火が消えた後】

[零6-2・銃器]

しおりを挟む
「ダイサン区画を離れれば、AMADEUSの移動に頼るしかない。  
安全なルートがあるとは限らない」

搬入口から屋上のヘリポートまで戻るルートを取りながらウンジョウさんはそう言う。  
フレズベルクやゾンビとの遭遇の危険性は非常に高い。  
そもそも、このビルの高さから降りる時点でかなり無謀ではないだろうか。  

搬入口の脇の壁に非常用消火器の様に埋め込んであったのは銃で、そのロックをウンジョウさんの静脈認証で解除していた。  
壁から銃が出てくる様子はあまりにも非日常的な様子で。  
此処はやはり地獄から一歩這い出した場所でしかない。  

「使う人間がいなければ意味がない」

ウンジョウさんがそう言って私にその銃を渡してくる。  
戸惑いながらもそれを受け取った。  
思ったより軽く実感がない。  
安全装置を絶対に自分で外すな、と言われるも外し方も分からないと私は答える。  

ヘリポートに出ると周囲にフレズベルクの姿は無かった。  
しかし暴風は変わらず続いている。  
ビル屋上の縁まで歩いていきその下を見下ろすと、あまりに高度が高すぎて理解が追い付かなかった。  
眼下の景色が遠く見えるどころか、そもそも何も見えない。  
一面に広がるのは白い掠れた雲と濃淡で彩られた青い世界ばかりである。  

降りるんですか、という私の問いに応えるよりも前にウンジョウさんが先を行く。  
レベッカの指示に従いながら私はそれに続く。  
ビルの縁から空中へ背中を預けるようにして身を投げ出す。  
強風に煽られて身体が落ちていきながらも浮き上がるその間に、アンカーをビル壁面に打ち込む。  
それにより固定しながらワイヤーを伸ばして降りていく。  
そしてアンカーを解除し落下しながらワイヤーを巻き取りアンカーを打ち込む。  

実感は沸かないが、今此処にいるのは遥か上空で。  
落下すれば死が待っている。  
ワイヤーに身を預け強風に流される度に肝が冷える。  
強風に大分流されながらも私はウンジョウさんに付いていった。  
十数メートル下に降りた辺りでビルの窓が空いておりそこからビル内部に突入する。  
地面に足がついて私は胸を撫で下ろす。  

「防護扉の制御が不能になり手動で閉鎖した為、中央管制で制御が効かなくなった。  
つまりここより上の階層のセクションが完全封鎖されていたわけだ」

「それでこんな曲芸みたいな事を」

「外部通用口まで向かう」

ビル内部を移動しエレベーターホールへ向かった。  
ウンジョウさんと中央管制が何か話し込むと、エレベーターで稼働し始めて、それにより中階層まで移動する。  
そしてまたビルから空中へと身を投げ出し、ワイヤーを使って高度を落としていく。  
レベッカが私の表情を何度か確認してきていた。  
不安そうな顔というよりも不思議そうに思っている様な節がある。  

風の勢いは先程よりはマシで、何とかワイヤー移動を駆使して私達はダイサン区画を離れた。  
超高層ビルディング群を離れ通常の高層ビルの合間を縫って移動していく。  
ダイサン区画からダイイチ区画までの間のルートを私は把握していないが、高層ビルが数を減らせば自ずとAMADEUSによる移動は不可能になる。  
そうなった時、ゾンビと対面する可能性は非常に高い。  

私の眼下に広がる景色はずっと肌色と赤色で、それは遠目から見れば一つの個体であるように見えたが、しかしその一つ一つが蠢いていて気色の悪さを感じさせる。  
それぞれの境界線さえ分からぬほどに群れたゾンビ達は、押し合いひしめき合いながら地面を埋め尽くして彷徨っていた。  
その光景に吐き気を覚えながら私は視線を空へ戻す。  
気を抜けばあの地表に落下する。  
一瞬で私の身体は千切れて肉片も残らず食い尽くされてしまうだろう。  

ワイヤーを引上げAMADEUSに背中を押され、空中に身を投げだして素早く次のポイントにアンカーを打ち込む。  
ひたすらそれを繰り返しながらウンジョウさんの背中を追う。  

しかし、これだけの数のゾンビが未だ活動しているのは奇妙にも思えた。  
少なくとも食料が足りてるとは思えない。  
ハイパーオーツ政策とやらで作った小麦粉を食べているわけでもないだろうし。  

明瀬ちゃんの語っていた言葉を思い出す。  
ゾンビはその内臓器官の変異によって超超高分子化合物を生成する事が可能になった為に、長期間の活動を可能にしたのではないだろうかという仮説。  
それがパンデミック発生から五年も経って活動している根拠になるのか私には分からない。  
明瀬ちゃんなら、それとも三奈瀬優子だったなら、この事態に説明を付けてくれるのだろうか。  

『小休止を取る』

ウンジョウさんの声がヘッドセッドに入った無線から聞こえてきた。  
高層ビルの合間にあった低いビルの屋上に降り立つ。  
廃墟と化した雑居ビルの様で、くすんだ色のコンクリートが足元に広がっていた。  
欄干の塗装は剥げ落ち、所々が折れ曲がって槍の様な残骸になっている。  

私の集中力も限界だった。  
レベッカが腰回りに身に付けていたポーチから飲料水と携帯食を取り出して渡された。  
手のひらサイズの平たいパウチ容器に飲料水が入っている。  
携帯食は棒状のビスケットの様な物でカロリー補助食品のイメージに近い、これもハイパーオーツの恩恵と言ったところだろうか。  
レベッカが私の背負っている銃を降ろせ、というジェスチャーを見せる。  

「今の内に武器の説明をします。  
それはサブマシンガンのクリスベクターという銃です。  
45口径なので反動はありますが銃身が軽いので取り回しやすい筈です」

引き金を引けば人が死ぬ。  
そんな力を手にして、皮肉にも私の手は少し強張った。  
それよりも強力な物をずっと振りかざしてきたじゃないかと思う。  

「45口径はストッピングパワーはありますが基本的にはゾンビの動きを止めるのは難しいです。  
ゾンビに痛覚が無い以上、狙うべきは頭か心臓、それか脚です」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...