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第四部 誰が為にあるのか

郵便屋さん

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 青い翼を背に生やし、人々の大切な手紙を詰め込んだ真っ赤な鞄を肩から提げる……鳩鳥の性質を持った青年、カスケード・ティルニは誇り高き郵便屋。
 騎士への憧れを断ち切って家計の足しにと始めた仕事が気付けば十年近く続く、ベテラン配達員である。

「布屋のお姉さんこんにちは。お届け物です。判子かサインをこちらに頂けますか?」

「あら、ありがとう。いつもご苦労様ねぇ」

 爽やかな笑顔で本日最後のお届け先にやってくると、彼のお世辞に気を良くした婦人は縫い物をしていた手を止め、

「郵便屋さん。よかったらリンゴ、持っていって。農家さんから頂いたのだけれど食べきれなくって」

 部屋の奥へ行って戻るなり、紙袋からはみ出すほどたくさんの果物を持たせてくれた。
 リンゴだけではない。ミカンもナシもバナナも入った一抱えを受け取りながらカスケードは不格好な会釈をして日勤を終え、仕事を始めた朝よりも大きな荷物を手に所属先へと帰ろうとしていた。

 そんなところだった。

「治癒団(リント)……ええと、特徴は金色の十字架マークにお揃いの白い白衣……いや、白衣を白いとは言わないか……」

「で、でえええいっ!!!?」

「うわっ!! ごめんなさい!!」

 独り言を呟きながら歩いてきた男に横から体をぶつけられ、驚いて手にしていた果物の山を放り出してしまった。
 宙を舞う果実をいくつかキャッチし、地面に落としてしまった分も慌てて拾う動作に前方不注意男も頭を下げて彼を手伝う。

「いたた……お客様(クライアント)の荷物じゃなかったからよかったものを、気を付けてくださいよ。お兄さん?」

 詫びながら果物を拾う青年を訝しげに見、まったくもう。と、警告するカスケード。
 カスケードとて細身とはいえ日々の配達のために体幹は鍛えているし、絶対に依頼人の荷物を落とすことなど有り得ない。その彼がまさかの不注意を重ねて相手と激突だ。相手だけでなく自身の散漫へも少し恥じらいながら果物を紙袋へ戻していく。普段ならこんなことにはならないのにどうしたものか。
 そんな彼に落ちて凹んでしまったリンゴを差し出しながら、

「貴方は……郵便屋さん?」

「ええ。そうですが」

「ちょうど良かった! 俺さ、十字蛇竜治癒団(リントヴルム)の人を探しているんだけれど、どこかで見掛けたりしてませんか?」

 前方不注意男は僥倖とでも言いたげにカスケードの身形を見て尋ねてきた。
 ぶつかってきておいて調子のいい人だなぁ。と、出し掛けた言葉を飲み込んで、

「十字蛇竜治癒団(リントヴルム)? 貴方、どこか体の調子でも悪いんですか?」

「いや、具合悪いとかじゃないんだ。悪いといえば悪いかもしれないけど、それとは別に彼らに用事があって……」

「はあ……」

 図々しいような彼に、貴方は千鳥足か、飲み過ぎか。と悪態をつきそうになったがどうみても素面(しらふ)だ。
 怪我人でも病人でも酔っているわけでもない。と、カスケードは親切心というよりも己の職業病から今日の巡回ルートを思い返す。

「それでしたらファレルには駐在のセファ・カロンディーク先生がいらっしゃいますけど。でも、セファ先生は……」

「ありがとうっ!」

「あ、ちょっと、お兄さん?!」

 最後まで言い終わる前にさっさと立ち上がり去っていく男。
 気が付けばいつの間にやら紙袋の果物たちは元通りになっていた。

「慌ただしい人だなあ。まだ話の途中だっていうのに知らないぞ……」

 カスケードは溜め息を一つつき改めて帰路についた。




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