あこかりぷす。

雨庭 言葉

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だいた、ぬれた、しーつ。

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デートの帰り、突然の雨が降った。
生憎、天気予報では一日中晴れとなっていたので傘を持ち合わせてはいなかった。彼女は雨に打たれ、僕も雨に打たれた。シトシトと降り注ぐ雨に少し肌を冷やし、隣にいる彼女の体温が伝わってきて、それがなんだか変な気分になった。彼女の体温が、濡れた僕の肩周辺を温める。
「先輩、寒くないですか」
「大丈夫、君は?」
「僕も大丈夫です」
そうは言うものの、雨宿りできるところへ駆け込んだときにはもうびっしょりと全身が濡れていた。
「びしょびしょ」
「そうですね」
先輩は、濡れた服の裾を軽く絞って、こちらに笑いかけてくる。何処か寂しそうで、静寂さがある、先輩の顔を見ると、いつも胸が酸っぱくなる。
「先輩、ホテル行きませんか?」
僕は彼女をホテルへ誘った。理由は服が濡れていたから、風邪を引いてしまうだろうというところか。
彼女に風邪を引いてほしくはないなんて、表面だけの理由を先輩に話した。
本当はただ、人差し指で押しただけで簡単に壊れてしまいそうな彼女を抱きたかった。壊れないようにそっと、硝子製品を扱うかのように、丁寧に抱きたかったのだ。
彼女は硝子みたいだ。透明で何色にも染まらないし、少し叩いただけですぐにヒビが入る。彼女は誰の言うことも聞かないし、そのくせ彼女のテリトリーに入りすぎると、異様な拒絶を見せるんだ。
「私のこと、抱きたいの?」
「それが目的じゃないです」
「嘘、貴方は私のこと抱きたいだけなの、きっとそうよ」
「先輩は本当に意地悪だ」
「それなら貴方は嘘つきね」
「うん、そうです」
彼女は僕の指先を軽く摘まんで、横に小さく振る。
腕から流れる雫が、彼女の雫と僕の雫が重なった。
「今夜僕は、貴方を抱きます。」
僕が彼女に伝えると、彼女は摘まんでいた僕の指を離し、今度は僕の手を握った。
「じゃあ、抱いて」



ホテルに着くと、彼女は早速シャワールームに向かった。
僕はその間、鏡机の下にある小さい冷蔵庫から水を取り出して飲んだ。僕は緊張しているのだろう、なぜなら、今まで女を抱いたことが一度しかないからだ。彼女をリードすることも出来なければ、彼女を満足させられる自身も毛頭ない。それに加え、女性雑誌の表紙にも掲載できるほどの美貌を待ち合わせた美女ときたものだ。手が震えるのも納得がいく。
僕の耳の中では、シャワーから水が流れる音がまるでコンサートホール会場にいるかのように鳴り響いていた。あの時勢いで先輩をホテルに誘ったことを、今更になってとても後悔した。
僕たちが予約を取った部屋には珍しく、ホテルの枕元に最近あまり見かけなくなったラジオが備え付けられていた。そこには周波数が表示されていて、ダイヤルなんかが2個くらいついていたりした。僕は適当にダイヤルを回し、周波数を合わせてみた。
ラジオからは、普段聞かないようなジャズが流れた。その曲は凄く力強い演奏で、緊張感を忘れさせるほど僕を圧倒した。どうやら僕はジャズが意外にも苦手ではないらしい。
すると彼女がシャワールームから顔を出して、手を招いてくる。
「こっち、来て」
「なんですか急に」
「いいから」
言われながらに僕は彼女の方へ向かった。
「服、脱いで」
「はい?」
「一緒、入ろ?」
「どうして、恥ずかしいんだけど」
「冷たいの、さっき濡れたところが。ずっと温めているのに、全然温まらない」
「お願い、抱きしめて」
彼女がささやかな声で呟くと、僕は服を脱ぎ棄てシャワールームに踏み入れた。
そっと彼女の肩に手を置き、腕にかけてゆっくりとなぞる。彼女は僕の顔の横に手を添えゆっくりとなぞった。
彼女はそのまま手を下へと向かわせ、僕のペニスをそっと触った。
「先輩、ここでするんですか?」僕の顔は恥ずかしさと情けなさで引きつっている。
「ごめんなさい、ただ寂しいの。この寂しさを埋めてほしいだけなの」
先輩は僕のペニスを上下に動かし、僕の唇に口づけした。彼女のシャンプーの香りと涙の匂いがが、肌から漂った。僕はやるせない気持ちになり、彼女を愛した。
二人はシャワーを出てから、激しく抱き合った。彼女は首が弱いこと、臍の隣にほくろがあること、陰毛がとても薄いこと、彼女について何も分からなかった僕が、こうして彼女のことを知れることがとても嬉しかった。
「先輩」
「やだ、」
「え?」
「名前で、名前で呼んで」
「薊さん」
「うん、続けて」
僕は彼女の中で腰を振り続けた。ただ必死に彼女に溺れたかった。
そして僕は彼女の中に三回射精した。彼女も一回では足りなそうだった。
僕はコンドームを外し、丁寧に包んでゴミ箱へ捨てた後、冷蔵庫に入っていた飲みかけの水を飲んだ。
彼女は窄んだ僕のペニスを丁寧に飲み込んだ。優しく口の中に包み込んで、前後に揺れる。
僕は我慢できず、口の中にもう一回射精する。彼女はそれを大切なものの様に飲み、赤くなった亀頭にキスをした。
「薊さん」
「なに」
「ありがとう」
「なにそれ」
「僕は今日、薊さんをすごく知れたと思う。全部ってわけじゃあないけど、貴方のことを誰よりも知ったと思うんだ」
「私は貴方に知ってもらえるようなひとじゃないわ、貴方は何も知らない、私のことを何も知らない、ただ、知ったように勘違いしているのよ」と彼女は言う。
「それでも僕は、満足したみたいです」
「何それ」
朝が来るまで、僕たちは寄り添った。
互いの体温を確かめ合いながら、時間の流れを感じながら、二人は目を瞑り眠り続けた。
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