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あそび、いった、あのひ。
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六月十六日、先輩は僕にデートの約束を持ち掛けた。
「ねえ、君って暇な日とかある?」
「は、あ、ありますよ?今日とかその暇な日というやつですね」
「じゃあその時間、私にくれない?」
「それはいわゆるデートというものですか?」
「その解釈として受け取ってくれてもいいよ」
その日はとても晴れていて、蒸し暑い日だった。
六月中旬にして最高気温が三十二度と、六月にしてはあまりにも暑くて、僕は外に出る気持ちも起こらなかった。
彼女には申し訳ないが、三十二度の暑さの中、彼女と熱々なデートを出来る自身もない。元々彼女はドライな人間なので、一方的に僕が熱々になっていただけで彼女は生協の発泡スチロール箱に入っているドライアイスのように冷え冷えなのでプラマイゼロ。何も問題はないな、うん。といった戯言が容易に思い浮かんでしまう。
「行くの?行かないの?」彼女は小さな舌打ちとともに僕に声がけた。
「すみません、行かせていただきます。」
彼女の圧倒的圧力には、身体を震えさせるほどの恐怖がある。彼女は気が強そうな女というよりかは、「相手との距離感に大きな壁を張っている女」だ。他者の気持ちや感情なんてものは、自分自身ではない以上関係ないとばかりに興味を持たない。誰しも生きる上で、常に他者に気を遣っていられる余裕も時間も十分にないだろう、それは僕にも分かる。しかし彼女は違う、「人に肝心がない」んだ。
僕はネイビーのオーバーTシャツにジーンズパンツというシンプルなコーデに、ニューバランスの靴を履き、簡単に財布とスマートフォンを持って玄関を出た。すると扉の目の前には彼女が立っていた。
彼女はアースカラーのロングスカートに、薄手の半袖ニットリブ、そこに日焼け止め対策であろう透け感満載のカーディガンを着ていた。彼女にとても似合っていて、沢山の女に疎まれる理由が分かるような格好だった。
「とても、似合ってます」
「そう、惚れた?」
「先輩が自分から聞いてこなければ、多分惚れていたと思います。」
彼女は首元に垂れ下がった髪を耳にかけ、僕の前を歩き始めた。
「行こう」
「どこに行くんですか?」
「どこに行きたい?」
「んーどこでも」
「つまらない男。」
「自分でも思います。」僕は彼女の後ろについて歩く。
そのまま彼女と暫くの間、何処へ向かうか話し合ったのだが中々決まらなかったので、結局お洒落な場所といういかにも抽象的な考えで目的の場所を決めることにした。
「代官山にでも行ってみます?」
「良いよ、そこで」
先輩は少し微笑みながら後ろを振り返る。振り返ると彼女のロングスカートと、一緒に持っていた麦藁で出来た小さいバックが揺れた。
彼女は彼女ではないが、こうやって一緒に歩けることがとても嬉しくなった。これだから美人は嫌いなんだ、異性を簡単に勘違いさせて、僕に気があるのではないかと思わせる。
僕は俯いて、彼女に火照った顔を見られないようにすることで精いっぱいになった。
代官山に着くと早速お洒落なカフェに行った。
彼女はアイスのカフェオレを頼み、僕はアイスコーヒーを頼んだ。
彼女は何を飲んでも広告で使われそうだ。あれ、僕すごく先輩褒めてね?
「先輩は本当に行きたいところなかったんですか?」
「うん、別に」
「夢の国とか、女子って行きたがりません?」
「それ、偏見だよ」
「そうですか?」
「そもそも私、五月蠅い所嫌いだから」
「見た目通りでなんか安心です」
彼女は黙ってカフェオレを飲んだ。僕も話が終わるたびに緊張して、ついアイスコーヒーが進んでしまう。
そういえば、僕は彼女の名前を知らない。彼女も僕の名前を知らない。
暇な日に二人、代官山でお洒落にカフェしている関係なのに、名前さえ知らないのはどこか不自然だった。
さらに言えば彼女のことを他人には思えない自分がいて、彼女との距離感が近づいていると勘違いしている気がしていた。それが嫌だった。
「そういえば先輩の名前、聞いてませんでしたよね?」
「うん」
「聞いていいですか?」
アイスコーヒーのカップからたらりと雫が流れる。氷が溶けて、味は少しずつ薄くなっていた。
「杉崎薊」
「あざみ?」
「そう、薊。変な名前でしょ?」
「いや、なんかかっこいいです。先輩ってクールだし、凄く素敵な名前です。」
「気遣いありがとう、嬉しいよ。」
「あざみさんって、呼びますね。」
「うん」
彼女が飲んでいるアイスカフェオレの氷も少しずつ溶けて、色が薄くなっている。
「君のことは何て呼べばいい?」
「宵越蒼です、ヨイゴシアオイ。だから、アオイでいいです。女の子みたいな名前ですよね。」
「ううん、そんなことない、とても素敵だわ。」
彼女は外の青空を見上げた。
「本当に、良く似合っているわ。」
「ねえ、君って暇な日とかある?」
「は、あ、ありますよ?今日とかその暇な日というやつですね」
「じゃあその時間、私にくれない?」
「それはいわゆるデートというものですか?」
「その解釈として受け取ってくれてもいいよ」
その日はとても晴れていて、蒸し暑い日だった。
六月中旬にして最高気温が三十二度と、六月にしてはあまりにも暑くて、僕は外に出る気持ちも起こらなかった。
彼女には申し訳ないが、三十二度の暑さの中、彼女と熱々なデートを出来る自身もない。元々彼女はドライな人間なので、一方的に僕が熱々になっていただけで彼女は生協の発泡スチロール箱に入っているドライアイスのように冷え冷えなのでプラマイゼロ。何も問題はないな、うん。といった戯言が容易に思い浮かんでしまう。
「行くの?行かないの?」彼女は小さな舌打ちとともに僕に声がけた。
「すみません、行かせていただきます。」
彼女の圧倒的圧力には、身体を震えさせるほどの恐怖がある。彼女は気が強そうな女というよりかは、「相手との距離感に大きな壁を張っている女」だ。他者の気持ちや感情なんてものは、自分自身ではない以上関係ないとばかりに興味を持たない。誰しも生きる上で、常に他者に気を遣っていられる余裕も時間も十分にないだろう、それは僕にも分かる。しかし彼女は違う、「人に肝心がない」んだ。
僕はネイビーのオーバーTシャツにジーンズパンツというシンプルなコーデに、ニューバランスの靴を履き、簡単に財布とスマートフォンを持って玄関を出た。すると扉の目の前には彼女が立っていた。
彼女はアースカラーのロングスカートに、薄手の半袖ニットリブ、そこに日焼け止め対策であろう透け感満載のカーディガンを着ていた。彼女にとても似合っていて、沢山の女に疎まれる理由が分かるような格好だった。
「とても、似合ってます」
「そう、惚れた?」
「先輩が自分から聞いてこなければ、多分惚れていたと思います。」
彼女は首元に垂れ下がった髪を耳にかけ、僕の前を歩き始めた。
「行こう」
「どこに行くんですか?」
「どこに行きたい?」
「んーどこでも」
「つまらない男。」
「自分でも思います。」僕は彼女の後ろについて歩く。
そのまま彼女と暫くの間、何処へ向かうか話し合ったのだが中々決まらなかったので、結局お洒落な場所といういかにも抽象的な考えで目的の場所を決めることにした。
「代官山にでも行ってみます?」
「良いよ、そこで」
先輩は少し微笑みながら後ろを振り返る。振り返ると彼女のロングスカートと、一緒に持っていた麦藁で出来た小さいバックが揺れた。
彼女は彼女ではないが、こうやって一緒に歩けることがとても嬉しくなった。これだから美人は嫌いなんだ、異性を簡単に勘違いさせて、僕に気があるのではないかと思わせる。
僕は俯いて、彼女に火照った顔を見られないようにすることで精いっぱいになった。
代官山に着くと早速お洒落なカフェに行った。
彼女はアイスのカフェオレを頼み、僕はアイスコーヒーを頼んだ。
彼女は何を飲んでも広告で使われそうだ。あれ、僕すごく先輩褒めてね?
「先輩は本当に行きたいところなかったんですか?」
「うん、別に」
「夢の国とか、女子って行きたがりません?」
「それ、偏見だよ」
「そうですか?」
「そもそも私、五月蠅い所嫌いだから」
「見た目通りでなんか安心です」
彼女は黙ってカフェオレを飲んだ。僕も話が終わるたびに緊張して、ついアイスコーヒーが進んでしまう。
そういえば、僕は彼女の名前を知らない。彼女も僕の名前を知らない。
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さらに言えば彼女のことを他人には思えない自分がいて、彼女との距離感が近づいていると勘違いしている気がしていた。それが嫌だった。
「そういえば先輩の名前、聞いてませんでしたよね?」
「うん」
「聞いていいですか?」
アイスコーヒーのカップからたらりと雫が流れる。氷が溶けて、味は少しずつ薄くなっていた。
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「あざみ?」
「そう、薊。変な名前でしょ?」
「いや、なんかかっこいいです。先輩ってクールだし、凄く素敵な名前です。」
「気遣いありがとう、嬉しいよ。」
「あざみさんって、呼びますね。」
「うん」
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「君のことは何て呼べばいい?」
「宵越蒼です、ヨイゴシアオイ。だから、アオイでいいです。女の子みたいな名前ですよね。」
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