Iron Maiden Queen

第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ

第二話 魔王軍主力戦(7)

　突きを放ち、伸びきった右腕を手前に引きながら折りたたむ。
　刃は地に水平を保ったまま、二の腕が胸に張り付くまで引き絞り、握り手は顔の真横に。
　まるで剣を銃と見立てて狙いをつけるように、刃と視線を重ねる。
　その切っ先が照準を合わせたのは、意識を失い始めた影の胸。
　もう一撃入れようと思ったのでは無い。
　サイラスは感じ取っていた。
　影の無念が柔らいだのを。
　仇討ちに名乗りを上げた者がいることを。
　目の前にいる影の膝から力が抜ける。
　そして影の体が雪の上に崩れ落ち始めた瞬間、

「疾っ！」

　その背後から、影を踏み倒しながら仇討ちが気勢を響かせた。

「せぇやっ！」

　サイラスが突きで迎え討つ。
　輝く爪と刃がぶつかり合い、火花を散らせながら二人の体が交錯する。
　しかしそこにもう一つの色が、赤色が混じった。

「！」

　瞬間、サイラスは目を見開いた。
　痛みによるものでは無い。サイラスの血では無い。
　浅い、反撃される、それが分かったからだ。
　ゆえに、双方は直後に、同時に、同じように動きを変えた。
　すれ違った相手の方に向き直りながら、左手を繰り出す。
　影はその左爪を輝かせ、サイラスは左手の平から網を広げた。
　網が切り裂かれ、そこに三日月の軌跡が再び残る。
　瞬間、

「ぐっ！？」

　炸裂音と共に、影のふとももに激痛が走った。
　撃たれた、その事実に影はすぐに気付けなかった。
　こんな乱戦では、同士討ちの可能性が高い長射程攻撃など使わないだろうと思い込んでいたからだ。
　だが、今のような近距離から下半身を狙う射撃ならば問題は無い。
　そして影の頭に「撃たれた」という言葉が浮かび上がったのは、衝撃で下半身が崩れたあとだった。
　その被弾の意識は、一瞬で「立て直さねば」という言葉に塗り替えられた。
　が、

「ぐぁっ！」

　その意識が実行に移るよりも早く、サイラスの剣先が影の胸に深々と突き刺さった。
　その直後、

（次！）

　という叫びが本能から響いた。
　サイラスはその叫びに即座に従った。
　引く抜くと同時に、背後に向かって一閃。

「「でぇやっ！」」

　サイラスと新たな影の気勢が重なり、回転斬りと爪がぶつかり合う。

（（互角！））

　両者の脳裏にまで同じ言葉が響き、

「「疾ッ！」」

　再び同じ気勢を響かせてぶつかり合う。
　サイラスが放つは三段突き。
　間合いはサイラスの方が長い。ゆえに後手になる影の選択肢は防御。
　攻撃に対して体を細くするために、姿勢は体を横に向けた真半身。
　その体を守るために、両爪を前に構える。
　されど迫るは人外の速度の突き。
　であったが、

「！」

　サイラスに伝わった手ごたえは肉を穿つそれでは無かった。
　三度の金属音があまりの速さゆえに一つに繋がって耳に響く。
　二発が受け流され、三発目は叩き払われた、その事実にサイラスの意識は一瞬硬直した。
　そして影はその一瞬を突いた。
　足首を狙うかのように、姿勢を低くしながら懐に踏み込む。
　対し、サイラスは密着されないように後方に雪を蹴りながら、剣を下段に向け、もう片方の手から網を生み出し始めた。
　その攻防は、サイラスの迎撃のほうが先に放たれる、そのように見えた。
　だが、影には考えがあった。
　影はサイラスの欠点に気付いていた。
　刃に光魔法が通っていない。通せないのだ。この男は体外に光魔法を放出することが出来ないのだ。
　だから軽い。だから重い長剣を使っているのだ。
　ならば、

（この手は！）

　有効なはず！　影はその思いを響かせながら光る右手を繰り出した。
　だが、それは爪では無かった。
　光る手の平。
　影はその光を傘に変えるように薄く伸ばし、広げ始めた。
　すなわち防御魔法。
　鈍く輝く光の膜が網を押しとどめる。
　網は止められた、ならばと、サイラスが下段突きの動作に入る。
　が、こちらの方が一手、いや、刹那早いと、その確信と共に影は次の動作に移った。
　防御魔法を右手から切り離しながら、添えてある左手を輝かせる。
　その手から生まれたのも防御魔法。
　だが勢いが違う。
　新たな光の傘が前にある傘に叩きつけられ、破りながら押し出す。
　これは影達に伝わる基本技の一つ、その名も、

“餓狼、咆哮！”

「っ！」

　その心の叫び声は痛みと共にサイラスの体に響いた。
　防御魔法を防御魔法で打ち出し、相手に叩き付ける技。
　だが、この技の威力は手から魔力を垂れ流しにして当てるよりは強いという程度。
　しかしこの技の真価は別の部分にあった。
　攻撃範囲が広く、受ける側は壁に押されるような形になるため、体の自由がほとんど利かず、姿勢を崩しやすいのだ。
　まして、雪の上ではなおさらのこと。

「……っ！」

　足裏が雪の上を滑り、姿勢が崩れる。
　なんとか尻餅を避けるが、

「蛇ッ！」

　影の容赦ない追撃が迫り、

「くっ！」

　千鳥足になりながら剣で迎撃する。
　だが、その無理な動きがとどめとなった。
　サイラスの背中が派手に雪の上に落ちる。
　舞い上がる雪しぶきの中に、影の爪が銀の軌跡を描く。
　直後に派手な赤色が咲く、影だけでなくサイラスまでもそう覚悟したが、瞬間、

「大将ォッ！」

　横から駆けて来たフレディの声と共に、銃声が響いた。

「ぅぐっ！？」

　悲鳴と共に赤色が咲き散る。
　影の左腕に出来た蛇口から赤い蛇が尾を引く。
　その衝撃と痛みに影はよろめき、数歩後ずさったが、影の戦意は消えなかった。
　この好機を活かしてこの男を殺る、影はそのために歯を食いしばりながらまだ無事な右爪を構えた。
　大将はやらせねえ、その気概と共にフレディも歯を食いしばりながら持っていた大盾を前に構える。

「「雄オォッ！」」

　二人の気勢が重なる。
　影の右腕の中で星が強く煌き、フレディの両足の中で星が爆発する。