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第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ

第四話 魔王戦(8)

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「がっ!?」

 大盾の重い一撃に、魔王が嗚咽を漏らす。
 しかしその苦しみはまたしても怒りに変わり、その口から飛び出した。

「この雑魚どもがぁッ!」

 怒りゆえの強い言葉。
 だが、その足は言葉とは逆の方向に動いていた。
 最大速度での壁際への後退。
 数瞬遅れてシャロンとサイラスが追いかけるように、デュランが側面に回り込むように床を蹴る。
 これに対し、魔王は「近づくな、下郎」という心の叫びをこめて輝く左手を突き出した。
 そして生じたのは一本の太い白蛇。
 否、それは糸の束であった。
 シャロンが放つ網の三倍はある、それほどの数に見えた。
 されど、

「でぇやああッ!」「鋭ぃやあぁッ!」

 シャロンとサイラスは果敢に切り込んだ。
 しかしどうしても足が鈍る。糸の数が多すぎる。魔王との距離が離れる。
 そしてそのまま魔王は柱の後ろに身を隠した。
 シャロンとサイラスが柱の左側から、デュランが右側から攻め込もうとする。
 直後、

「「「!」」」

 三人とも同時に足を止めた。
 魔王が隠れた柱の陰から、新たな糸の束が伸び出てきたからだ。
 だが、それだけならば足を止める理由にはならない。
 その糸は普通では無かった。
 まるで金粉を散りばめたかのように煌いていた。
 大量の虫が糸に張り付いていた。
 直後、その煌く糸の束はイソギンチャクの触手のように蠢き始めた。
 まるで繭を作るかのように丸く絡まっていく。
 まるで粘土細工をしているかのように形を変えていく。
 そしてそれはある形でその変形を止めた。
 それは人の形であった。 金粉を散りばめた人形、それはそのように見えた。
 直後にそいつは床を蹴って前に出た。そのように見えた。
 だがシャロンとサイラスの感知はその「蹴った」という表現を否定した。
 蹴ってなどいない、そのように動いて見せているだけだと、あれは普通の糸と同じように空中を浮遊しているだけだと。
 そして人形が向かった相手はデュラン。
 その人ならざる物の接近に対し、デュランは、

「シャアッ!」

 光る爪を繰り出した。
 切断面に生身が触れないように気をつけながら人形を切り裂く。
 が、

「!?」

 光を纏った爪は人形の体をすり抜けた。そのように見えた。
 違うことは分かっていた、切断時に電撃魔法特有のバチバチという音が聞こえていたからだ。
 だから答えは直後に分かった。それは、

(再生が!)

 異常に速すぎるのだ。
 ゆえに、反撃は即座。
 人形がその右拳を繰り出す。
 これを大盾で受けようとするデュラン。
 が、直後、

「!」

 突き出された人形の腕はほどけ、そしてデュランを飲み込もうとする網に変わった。
 瞬間、デュランは己の愚かさを呪った。
 生身の人間と戦う時と同じ感覚で接近戦を仕掛けたからだ。
 しかしデュランは気付いていない。
 蛾の鱗粉(りんぷん)のように巻き散らかされている金粉がデュランの頭に取り付いているのを。虫がデュランの脳に余計な波を送り込んでいることを。思考を妨害されていることを。
 今のデュランは酔っ払いのように思考力が下がっている。
 だから、

「デュラン!」

 サイラスが助勢の声を上げ、人形に向かって切り込んだ。
 踏み込みと同時に人形の手首を、網の根元を切り落とす。
 しかしそれはサイラスの目の前で即座に再生を開始。
 同時に人形はもう片方の腕をサイラスに向かって繰り出した。
 されど、

「雄雄雄ッ!」

 その動きよりもサイラスの剣のほうが速い。
 気勢と共に五閃。
 描かれた五本の銀線が人形を切り刻む。
 両腕がちぎれ、首が飛び、胴がななめに分断され、足が切り落とされる。
 しかしそれほどの傷すら即座に修復が始まる。
 魔王本体を叩かない限りキリが無い、サイラスがそう気付いた瞬間、

「離れて!」

 シャロンの声が二人の耳に飛び込んだ。
 その声に弾かれるように、二人は同時に後方へ全力で床を蹴った。
 入れ替わるように、二人がいた場所に滑空するような低い跳躍で飛び込んで来るシャロン。
 そしてシャロンは着地と同時に、左手に産み出したおいた防御魔法を床に叩き付け、

「破ッ!」

 針を突き刺した。
 生じた光の嵐が人形を飲み込み、シャロンを追っていた糸の群れもまとめて巻き込んで切り刻む。
 細かく飛散し、再生の要であった虫も大きく中空に散らばる。
 だが、

「「「!」」」

 それでも人形は再生を開始した。
 虫の群れが飛び散った糸くずに再び張り付く。
 直後、糸くずは線虫のように蠢き始め、まるで親のもとに戻るかのように魔王のほうへと集まり始めた。

「「「!?」」」

 そして三人は再び緊張に身を強張らせた。
 そこに赤い球が、爆発魔法があったからだ。
 ただの爆発魔法では無い。
 糸が巻き付いているのだ。
 魔王が隠れている柱の横で浮いて静止している。
 しかし破裂する気配は無い。
 これは時限式では無いからだ。電流で起爆する点火式。
 そこに糸くずが次々と集まる。
 そしてそれは人を包めるほどの大きさの毛玉になった後、変形し、

「「「……っ!」」」

 赤い弾をその胸に埋め込んだ人形となった。
 爆弾を内臓した自動人形。
 その狙いは考えずとも分かった。ゆえに、

「二人とも下がって!」

 シャロンは叫ぶと同時に光弾を放った。
 飛び道具が無ければあれは止め難く、サイラスの銃は再装填に時間がかかりすぎる。ゆえの光弾であり、後退命令。
 そしてシャロンの手から放たれた光弾の軌道は正確に赤い球をとらえていたが、

「「「っ!」」」

 人形は「ひらり」とそれを避けた。
 見てから避けた? そう見える動き。
 それは正解であった。
 この人形は虫の集合体でもあるゆえに演算能力を有する。
 当然、魔王が直接操縦することも出来る。今の程度の攻撃であれば魔王が補助するまでも無いが。
 半端な攻撃は通じない、ゆえにシャロンは防御魔法を構えた。
 人形が踏み込み、シャロンが針を光の盾に突き刺す。
 生じた光の嵐が人形を飲み込む。
 直後に生じる爆発音。
 衝撃波が糸も光の蛇もまとめて吹き飛ばす。
 煌く糸くずと光る蛇の残骸が混じりながら散らばり、一つの芸術と化す。
 しかしこれはただの時間稼ぎだった。

「「「……な!?」」」

 直後、柱の陰から現れたそれに、三人は言葉を詰まらせた。

「鳥と……!?」

 サイラスが誰かに確認するようにその見た目を表現し、

「……犬?!」

 シャロンもまた同じようにもう片方のそれについて確認するように声を上げた。
 腕による攻撃などの余分な機能を捨てた、爆弾を運ぶことを重視した形!
 それも一匹ずつでは無い!
 犬は三、いや、たったいま四頭に増えた。
 鳥に至っては数えるのが面倒なほどにその数を増やし始めている!
 だからサイラスとデュランは同時に叫んだ。

「撃ち続けろ、シャロン!」「来るぞ!」
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