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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか
第十六話 もっと力を!(6)
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◆◆◆
その夜――
「……」
アルフレッドはまだ作業を続けていた。
だが、その手は虫を出さなくなってからしばらく経っていた。
ルイスに教えられた作業はほとんど進んでいなかった。
アルフレッドは悩んでいた。
アルフレッドは一つの可能性を見出していた。
だからアルフレッドは相談することにした。
「アリス」
脳内で心の声を響かせて同居人を呼ぶ。
間も無く彼女の声は返ってきた。
「なに?」
「……ルイスさんにはああ言われたけど、他のやり方じゃダメかな?」
これに、アリスはくすりと笑ってから声を響かせた。
「そう言うと思ってたわ」
そしてアリスは答えた。
「わたしは良いと思うわよ。あなたのやり方のほうがわたしは好き」
キーラをどうしたいのか、アリスは既に感じ取っていた。
アルフレッドは直後にそれを心の声で響かせた。
「この人はシャロンさんの敵だったけど悪人じゃない。むしろ善人だ。だから彼女らしさは出来るだけ残したい」
しかしどうやって、それを聞かれる前にアルフレッドは答えた。
「だからこの人を変えるのでは無く、教えようと思う」
なにを、それも聞かれる前にアルフレッドは口を開いた。
「キーラはやつらのことを知らず、そして都合よく利用された。だから教えるんだ。俺が知っている全てを。やつらがこれまでにどんな事をしてきたのか、やつらがどれだけ酷い連中なのかを。そうすればキーラは自ら望んで行動を起こすと思う」
アルフレッドは最期に「……たぶん」と弱気な言葉を付け加えようとしたが、アリスはそれを言わせないために口を開いた。
「それでいいんじゃない。悪くないと思うわ」
そしてアリスは「でも、」と言葉を続けた。
「間違い無くルイスはあとで確認するでしょうから、表面上は言われた通りに改造したように見せかけないといけないわよ」
これにアルフレッドは頷きを返し、声を響かせた。
「手伝ってくれないか? アリス」
アリスは笑みと共に応じた。
「もちろんいいわよ。任せてちょうだい」
◆◆◆
一方、違う意味でキーラのことを気にかけている二人がいた。
それはシャロンとサイラス。
場所はある屋敷の寝室。
金持ちが使っていたと思われる大きなベッドの上にシャロンは身を横たえていた。
その体にはあちこちに包帯が巻かれていた。
先の戦いで大量の魔力を使ったせいだ。
体内で暴れた魔力がその身を傷つけ、内出血を起こしていた。
あちこちに紫斑ができている有様。
しかしその包帯のおかげで服装とバランスが取れていた。
シャロンはわざと露出度の高い寝巻きを選んでいた。
だがその露出度が包帯のおかげでおさえられている。
サイラスはその奇妙なバランスから距離を取ろうとしているかのように、窓際のソファーに座っていた。
そしてサイラスはシャロンのほうを直視せずに尋ねた。
「キーラのことは任せておいて大丈夫なのか?」
対照的にシャロンはサイラスを見つめながら答えた。
「大丈夫よ。ルイスは魔法使いのことを心の底から嫌ってる。だから私達に害が及ぶようなヘマはしないでしょ」
それはキーラが酷い目に遭う可能性が高いということであった。
ゆえに、
「……」
サイラスは思わずそれを想像した。
ルイスの手によって我々に都合の良い人形に変えられるキーラの姿を。
それを感じ取ったシャロンは口を開いた。
「キーラに同情してる?」
サイラスは即答した。
「いや、そういうんじゃない」
ゼロでは無いが、なんとかしてやりたいと思うほどじゃない、その言葉にはそんな思いが含まれていた。
シャロンはそれも感じ取ったが、いじわるをしたくなった。
「だったら、私のほうを向いて話して?」
シャロンはさらに追いこみをかけた。
「ねえ、そんなところにいないで、こっちに来ない?」
手触りの良さを確かめるように、自分の隣にある枕をなでる。
サイラスに拒む理由は無かった。
だが、その前に聞きたいことがあった。
だからサイラスはシャロンと視線を合わせながら口を開いた。
「やっぱり、君もルイスと一緒に南に行くつもりか?」
「ええ、もちろん」
「魔王との戦いは終わった。君は十分すぎるほどに務めを果たした。それでも行くのか?」
その言葉からサイラスが何を言いたいのか察したシャロンは、気持ちを整理してから答えた。
「……確かに、私という人格が作られた理由と、その役目は終わったと言えるわね」
シャロンは「でも、」言葉を続けた。
「私はまだ自分の国のために何かがしたい。この気持ちも作られたものだっていうこともわかってる。私の中にいる同居人から全部聞いたわ」
全部知ってる、それは初耳だった。
だからサイラスは次に言うつもりだった言葉を失ってしまった。
シャロンは何も言えぬサイラスを押し切ろうとするかのように言葉を重ねた。
「だけどそんなことはどうでもいいの。私は自分の国のために、みんなのために何かをすることが幸せだと感じてる。そんな自分に疑問も迷いも無いの。むしろ、こういう気持ちを抱かせてくれたことに感謝すらしているわ」
言いながらシャロンはベッドから降り、サイラスのほうに歩み寄った。
そしてシャロンはサイラスの隣に座り、「それにね、」と言葉を繋げた。
「理由はそれだけじゃ無いの。アリスの本体に会ってみたいと思ってるの。だって、私を作った親みたいなものじゃない? 会ってみたいと思うのは普通でしょ?」
そこまで聞いて、サイラスは自分が抱いていた思いがただの杞憂であったことを理解した。
その理解を感じ取ったシャロンはサイラスの手を握りながら尋ねた。
「あなたもついて来てくれるわよね?」
サイラスは即答した。
「ああ、もちろん」
これにシャロンは笑みを浮かべながら口を開いた。
「うれしい。やっぱりやさしいのね、あなたは」
格好とあいまって、その笑みはいつもより艶っぽく見えた。
自然と目を奪われ、サイラスは見惚れた。
サイラスの心が情欲に揺れ始めた――それを機敏に察知したシャロンは即座に行動を起こした。
顔を寄せ、唇を重ねる。
そしてシャロンはその勢いのままサイラスを押し倒した。
サイラスは抵抗しなかった。抵抗する理由は無かった。
身をゆだねられている、それを感じ取ったシャロンは再び顔を寄せようとしたが、直前にサイラスが口を開いた。
「痛くないのか?」
シャロンは正直に答えた。
「そうね、痛くないと言えばウソになるわ」
そしてシャロンは先と同じ艶のある笑みを浮かべながら言った。
「だからやさしくしてちょうだい」
その夜――
「……」
アルフレッドはまだ作業を続けていた。
だが、その手は虫を出さなくなってからしばらく経っていた。
ルイスに教えられた作業はほとんど進んでいなかった。
アルフレッドは悩んでいた。
アルフレッドは一つの可能性を見出していた。
だからアルフレッドは相談することにした。
「アリス」
脳内で心の声を響かせて同居人を呼ぶ。
間も無く彼女の声は返ってきた。
「なに?」
「……ルイスさんにはああ言われたけど、他のやり方じゃダメかな?」
これに、アリスはくすりと笑ってから声を響かせた。
「そう言うと思ってたわ」
そしてアリスは答えた。
「わたしは良いと思うわよ。あなたのやり方のほうがわたしは好き」
キーラをどうしたいのか、アリスは既に感じ取っていた。
アルフレッドは直後にそれを心の声で響かせた。
「この人はシャロンさんの敵だったけど悪人じゃない。むしろ善人だ。だから彼女らしさは出来るだけ残したい」
しかしどうやって、それを聞かれる前にアルフレッドは答えた。
「だからこの人を変えるのでは無く、教えようと思う」
なにを、それも聞かれる前にアルフレッドは口を開いた。
「キーラはやつらのことを知らず、そして都合よく利用された。だから教えるんだ。俺が知っている全てを。やつらがこれまでにどんな事をしてきたのか、やつらがどれだけ酷い連中なのかを。そうすればキーラは自ら望んで行動を起こすと思う」
アルフレッドは最期に「……たぶん」と弱気な言葉を付け加えようとしたが、アリスはそれを言わせないために口を開いた。
「それでいいんじゃない。悪くないと思うわ」
そしてアリスは「でも、」と言葉を続けた。
「間違い無くルイスはあとで確認するでしょうから、表面上は言われた通りに改造したように見せかけないといけないわよ」
これにアルフレッドは頷きを返し、声を響かせた。
「手伝ってくれないか? アリス」
アリスは笑みと共に応じた。
「もちろんいいわよ。任せてちょうだい」
◆◆◆
一方、違う意味でキーラのことを気にかけている二人がいた。
それはシャロンとサイラス。
場所はある屋敷の寝室。
金持ちが使っていたと思われる大きなベッドの上にシャロンは身を横たえていた。
その体にはあちこちに包帯が巻かれていた。
先の戦いで大量の魔力を使ったせいだ。
体内で暴れた魔力がその身を傷つけ、内出血を起こしていた。
あちこちに紫斑ができている有様。
しかしその包帯のおかげで服装とバランスが取れていた。
シャロンはわざと露出度の高い寝巻きを選んでいた。
だがその露出度が包帯のおかげでおさえられている。
サイラスはその奇妙なバランスから距離を取ろうとしているかのように、窓際のソファーに座っていた。
そしてサイラスはシャロンのほうを直視せずに尋ねた。
「キーラのことは任せておいて大丈夫なのか?」
対照的にシャロンはサイラスを見つめながら答えた。
「大丈夫よ。ルイスは魔法使いのことを心の底から嫌ってる。だから私達に害が及ぶようなヘマはしないでしょ」
それはキーラが酷い目に遭う可能性が高いということであった。
ゆえに、
「……」
サイラスは思わずそれを想像した。
ルイスの手によって我々に都合の良い人形に変えられるキーラの姿を。
それを感じ取ったシャロンは口を開いた。
「キーラに同情してる?」
サイラスは即答した。
「いや、そういうんじゃない」
ゼロでは無いが、なんとかしてやりたいと思うほどじゃない、その言葉にはそんな思いが含まれていた。
シャロンはそれも感じ取ったが、いじわるをしたくなった。
「だったら、私のほうを向いて話して?」
シャロンはさらに追いこみをかけた。
「ねえ、そんなところにいないで、こっちに来ない?」
手触りの良さを確かめるように、自分の隣にある枕をなでる。
サイラスに拒む理由は無かった。
だが、その前に聞きたいことがあった。
だからサイラスはシャロンと視線を合わせながら口を開いた。
「やっぱり、君もルイスと一緒に南に行くつもりか?」
「ええ、もちろん」
「魔王との戦いは終わった。君は十分すぎるほどに務めを果たした。それでも行くのか?」
その言葉からサイラスが何を言いたいのか察したシャロンは、気持ちを整理してから答えた。
「……確かに、私という人格が作られた理由と、その役目は終わったと言えるわね」
シャロンは「でも、」言葉を続けた。
「私はまだ自分の国のために何かがしたい。この気持ちも作られたものだっていうこともわかってる。私の中にいる同居人から全部聞いたわ」
全部知ってる、それは初耳だった。
だからサイラスは次に言うつもりだった言葉を失ってしまった。
シャロンは何も言えぬサイラスを押し切ろうとするかのように言葉を重ねた。
「だけどそんなことはどうでもいいの。私は自分の国のために、みんなのために何かをすることが幸せだと感じてる。そんな自分に疑問も迷いも無いの。むしろ、こういう気持ちを抱かせてくれたことに感謝すらしているわ」
言いながらシャロンはベッドから降り、サイラスのほうに歩み寄った。
そしてシャロンはサイラスの隣に座り、「それにね、」と言葉を繋げた。
「理由はそれだけじゃ無いの。アリスの本体に会ってみたいと思ってるの。だって、私を作った親みたいなものじゃない? 会ってみたいと思うのは普通でしょ?」
そこまで聞いて、サイラスは自分が抱いていた思いがただの杞憂であったことを理解した。
その理解を感じ取ったシャロンはサイラスの手を握りながら尋ねた。
「あなたもついて来てくれるわよね?」
サイラスは即答した。
「ああ、もちろん」
これにシャロンは笑みを浮かべながら口を開いた。
「うれしい。やっぱりやさしいのね、あなたは」
格好とあいまって、その笑みはいつもより艶っぽく見えた。
自然と目を奪われ、サイラスは見惚れた。
サイラスの心が情欲に揺れ始めた――それを機敏に察知したシャロンは即座に行動を起こした。
顔を寄せ、唇を重ねる。
そしてシャロンはその勢いのままサイラスを押し倒した。
サイラスは抵抗しなかった。抵抗する理由は無かった。
身をゆだねられている、それを感じ取ったシャロンは再び顔を寄せようとしたが、直前にサイラスが口を開いた。
「痛くないのか?」
シャロンは正直に答えた。
「そうね、痛くないと言えばウソになるわ」
そしてシャロンは先と同じ艶のある笑みを浮かべながら言った。
「だからやさしくしてちょうだい」
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