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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十七話 地獄の最後尾(35)

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 されど、ここまで罠を張っても得られた有利はわずか。
 フレディは回り込まねばならないが、女は向きを変えるだけでいいのだから。
 当然、女のほうが速い。
 だが、それはフレディが何もしなかった場合の話。
 直後にフレディは次の手を実行した。

「っ!」

 それも女には予想外であった。
 フレディが防御魔法に体をぶつけてきたのだ。そう見えた。
 直後に女は「ぶつかってきた」というその認識を改めた。
「体当たり」では無い。「ひっかけた」のだ。
 向きを変えられないように。光の傘のふちを右脇ではさんだのだ。
 思いついても実践しようとは思わない無謀な行為。
 その代償は軽いものでは無かった。
 光魔法の粒子がフレディの脇の下を、皮膚をずたずたにしつつあった。
 その被害は落雷や放電によるものに似ていた。
 衣服が弾けるように破れ、その下の皮膚が傷つけられ始めるまでに数秒もかからなかった。
 フレディはその痛みを無視するために、

「あああぁっ!」

 悲鳴のような気勢を上げながら足を前に出した。
 女の右脇に潜り込むように踏み込みながら剣を左手に持ち替え、空いた右手で女の右肩を後ろから掴む。
 そのまま押さえ込み、右手の槍を振れないように封じ込めながら背後側に回り込む。
 あとは左手の剣を女の背中に突き立てるだけ。
 だったのだが、

「!」

 瞬間、足元が光った。
 フレディは次の瞬間にその光の正体を察し、女が何をしようとしているのかを次の数瞬で感じ取ったが、

「ぐぁっは!」

 対応する余裕を女は与えてはくれなかった。
 胴体を光る何かに強く打たれ、そのまま振り上げられた何かにアゴを跳ね上げられた。
 ちらりと見えたその何かは防御魔法であった。
 しかしなぜ下から?
 その答えも見えていた。感じ取れていた。
 女は足でも魔法を使える能力者だったのだ。
 そして女はフレディと同じ手を使っていた。
 使うべき時まで隠しておけるように、不意打ちになるように封印していたのだ。
 だからフレディは心の中で叫んだ。

(そんなのありかよ!)

 掴み取ったかのように見えた勝機は隠されていた技であっさりと潰された。
 さらにフレディは脳震盪を起こしていた。
 感覚が正常に機能しない。信号の伝達が混乱している。体を自由に動かせない。
 終わった。そう思えた。
 自分は神に見放された。そもそも自分が勝てる相手では無かったのだ、そんな絶望の心がフレディの心を侵食し始めた。
 が、直後、フレディの中にある何かがその言葉に抗った。
 それでも死にたくない、と。
 たとえ死ぬ運命であったとしても、最後の最後まであらがいたい、と。
 そして叶うならば、あの人達のように勇ましくありたい、と。
 隊長やデュラン、そしてサイラス様のように。
 さらに願わくば、サイラス様に知ってほしい。
 俺もいざとなったらけっこうやれるんですよってことを。
 その思いがどこからか沸いた直後、フレディの口は勝手に開いた。

“雄雄雄おおおっ!”

 叫べたかどうかはわからなかった。声を出せたかどうかはわからなかった。
 だが、フレディは心の底から気勢を響かせながら絶望に抗った。
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