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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十八話 凶獣協奏曲(3)

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 その期待に応えようとするかのようにアルフレッドとベアトリスは踏み込んだ。
 突進しながら二刀を二閃。
 いや、四閃。
 止まらない。八閃。
 凄まじい速度で描かれた四つの十字が重なり、混ざって乱れて嵐と化す。
 重ね十文字四連、その心の声と共に放たれた光の濁流が敵を飲み込む。
 しかし敵も然る者(さるもの)。
 その光の嵐に塗りつぶされず、突破してくる影がいる。
 しかも少なくない。
 だが、そのことに驚きは無い。アルフレッドの表情に変化は無い。
 そしてそれは真横に並んでいるベアトリスも同じであった。
 こいつらはきっと突破してくる、そう思っていた。
 だからベアトリスは防御魔法を展開し、待機していた。
 突破してきた連中めがけて槍を突き出し、光の盾を串刺して嵐と変える。
 あの女とまったく同じく、槍はぶれない。鏡写しのような神業。
 その精度ゆえに狙いは完璧。
 突破してきた全員だけを飲み込むように威力が収束された嵐。
 だが、やはり敵も然る者であった。
 影達はアルフレッドの技を突破しつつ、お互いを援護できるように寄り添っていた。
 なんのためか、直後に影達はそれを響かせた。

“剛破・狂獣烈波!”

 その心の声と共に影達は魔力を込めた爪を繰り出した。
 まるで数人で一枚の織物を描くかのように、輝く爪の軌跡が折り重なる。
 爪と爪が互いの隙を補い合う。
 気付けば、それもまた嵐であった。
 爪の嵐と蛇の嵐が互いを削りあい、生じた閃光が全てを白く染め続ける。
 その鮮烈なぶつかり合いの中に、より鮮烈な赤が滲んだが、影達は一切ひるまなかった。

「「「―――ッ!」」」

 そのまま声無き影達の気迫が嵐を打ち破る、かに見えた。
 が、直後、

“白夜絢爛!(びゃくやけんらん)”

 その気迫よりも強い調子で、アルフレッドの心の声が響いた。
 アルフレッドも同じであった。ベアトリスと同じように突破される可能性を読んでいた。次の構えに移っていた。
 それは、二刀を握る両手を腰の高さに置き、そのまま後ろに両腕を引きしぼった形。
 まるで自身の体を二刀を前に突き出すための弓としたかのよう。
 そしてその弓を守るように、横に並んでいるベアトリスは輝く左手を添えていた。
 その手から防御魔法が生まれ始める。
 直後にアルフレッドはその形から繰り出される技の名を響かせた。

“白中白・白露!(はくちゅうはく・しらつゆ)”

 同時に突き出された二刀が防御魔法を貫く。
 いや、違う、刃は届いていない。
 伸びるように刃の先端から放たれた閃光が、開いたばかりのベアトリスの防御魔法を貫いていた。
 ベアトリスの手はまだ添えられている。
 一歩間違えればベアトリスの手に取り返しのつかないことが起きる行為。
 だが、ベアトリスはその心配はしていなかった。信頼ゆえに成せる連携であった。
 光の傘に二つの穴が開き、その穴が螺旋を描くようにねじれ、閃光に収束していく。
 しかしそれで終わりでは無かった。

「―――ッ!」

 同じ声無き気迫と共に、アルフレッドは両腕を何度も繰り出した。
 閃光の連打が傘を穴だらけにしていく。
 それは、対面にいる影達からみれば白い円のようであった。
 影達の視界は既に白に染まっている。しかしその白よりも眩く目立つ。
 眩く輝く閃光が白い傘を突きやぶってくるがゆえに、白の中に白い円ができたように見える。
 秋に冷えて生じる白露のように。冷たい白がその露のような円を生み出したかのように。
 ゆえに白中白。ゆえに白露。
 名付け親はやはりアリス。「和の国」と呼ばれる国の言葉を使ったもの。
 しかしこの技は型までアリスが提案したものであった。戦闘がさらに激化することを考慮したゆえであった。
 そして本来は防御魔法では無く、嵐そのものを追いかけながら貫いて変化と手数を加える技。嵐からの追撃技。
 であったが、ベアトリスが機転を利かせてこの応用技をアルフレッドに提案したのだ。
 自分の嵐もきっと突破される、だから、と。
 一発本番であったが、この二人にとっては何の問題も無かった。
 そして傘がその形を完全に失ったのと同時に、ベアトリスは手を離した。
 それを合図としたかのように、螺旋の収束は極限を向かえ、開放に転じた。
 全ての螺旋が弾けるように広がり、白い旋風と化す。
 針のような閃光の連打と旋風の二段攻撃。
 閃光が猛獣のような影達の爪を打ち砕き、旋風がその身を削る。
 そして間も無く一面の白は過ぎ去り、目の前には赤い惨状が残った。
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