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第三章 荒れる聖域。しかしその聖なるは誰がためのものか

第十八話 凶獣協奏曲(16)

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 さきほどよりも毒霧が濃くなっている。
 接近戦は危険、そう判断したアルフレッドは距離を取ろうとしたが、

「!」

 向かってきている人数が一人であることに気付いたアルフレッドは、その足を瞬時に止めた。
 残りの二人は? その答えは直後に蝶の精霊から報告された。
 ベアトリスを挟撃しようとしている。
 その報告を聞くと同時にアルフレッドは動いた。
 眼前に迫った凶人に向かって十字を描く。
 間に合うか? そんな焦りがアルフレッドの表情に滲んでいた。
 襲い掛かってくる異形の腕達を十字が切り裂く。
 十字の交差点が歪み、ねじれ、旋風に転じ始める。
 しかしそれは間に合わなかった。
 十字では切り落とせなかった異形の腕達が、アルフレッドの肩に、腕に、わき腹に、あちこちに食らいつく。

「っ!」

 神経を侵される激痛に、アルフレッドの表情が歪む。
 直後にようやく、十字は交差点から弾け、旋風に転じた。
 アルフレッドは痛みを振り払うかのように、広がり始めたその旋風に心の叫びを乗せた。

“濁流剣・纏い鎌鼬!”

 旋風を身に纏いながら踏み込む。
 凶人も食らいついている腕達もすべてカマイタチで切り刻みながら強引に押し通る。
 返り血すら旋風で斬り飛ばす。
 だが、切り落としても腕達はまだ動いていた。
 もっと深くにもぐりこもうとするかのように、または嚙み千切ろうとするかのように、ちぎれたその身を激しくくねらせていた。
 アルフレッドはそれらを全て無視した。ベアトリスの援護を優先した。
 銀色のカマイタチを身に纏ったまま、腕達を体に食らいつかせたまま、ベアトリスに襲い掛かろうとしている二人の背に向かって突進。
 狙うべきは、

(心臓!)

 そこを潰せば動作停止が期待できる。少なくとも、動きは鈍くなるはずだ。
 次点で魔力を生み出している器官。魔力は動作の補助にも使われている。潰せば確実に戦闘力を減らせる。
 アルフレッドは心臓を優先しつつ、両方を狙うことにした。
 使う技は白露。濁流で敵の動きを止め、狙って突く。身に纏っているカマイタチから連携できるゆえにこれが最速、かつ強力な選択肢。
 アルフレッドはそう考えたのだが、

「!?」

 それは実行できなかった。

(左手が?!)

 上手く動かせないのだ。
 なぜか、それは考えるまでも無かった。左腕には太腕が一匹食らいついているからだ。
 だが、それでもアルフレッドの意識は揺らがなかった。
 アルフレッドの視線はぶれなかった。
 左手が使えないのであれば右腕一本で! アルフレッドはその硬い意思を、

「破ッ!」

 気勢と共に示した。
 右の一刀で瞬迅二閃。
 人外の速度で描かれた十字が旋風となり、カマイタチと混ざって白い濁流となる。
 そして視界が白く染まると同時にアルフレッドは心の声を響かせた。

“白中白――”

 しかしそこでアルフレッドは気付いた。
 敵二体と自分の立ち位置が一本の線で結べることに。
 ならば白露では無い。アルフレッドがそう思った直後に彼の中にいるアリスは提案した。
 それはやはり知らない言葉であったが、アルフレッドはアリスを信じ、それを響かせた。

“白中白・穿破一閃!(はくちゅうはく・せんぱいっせん)”
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