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最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む

第二十五話 愛を讃えよ(4)

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   ◆◆◆

(一体なにが……!?)

 突然のことにヘルハルトは理解が追いつかなかった。
 視点が高い。森が低く見える。
 そして突如、ある自覚が芽生えた。
 自分は巨人であるという感覚。
 それを確かめるために、ヘルハルトは顔を洗おうとするような姿勢で両手を見た。
 やはり巨大。
 そして少し透けている。
 光る血管が通っているかのように、キラキラと線を描いて流れ輝いている。
 しかし両足で立っているという感じはしない。
 腰から下が地面に埋まっている、そんな感じがする。
 これでどうすればいいんだ? そんな疑問は浮かべる暇すら無かった。
 この巨人の操縦に関する知識が次々と流れ込んできているからだ。
 ヘルハルトは早速その一つを試した。
 手の平を見つめながらイメージする。
 手の平から、指から糸のようなものが大量に伸び、からみあっていく。
 すると間も無く、両手の平の中に一匹のドラゴンが完成した。
 ドラゴンは紫色に輝いていた。
 その口からは同じ色の火の粉がちらついている。
 気付けば、自分の手の血管も同じ色に変わっていた。
 そしてドラゴンはヘルハルトに背を向け、遠くに向かって吼えた。
 体を震わせているが、実際に音は出ていない。
 しかし、耳には聞き取れないが、波は出ており、それが森の奥から近づいてくる軍隊に伝わったのがわかった。
 直後、

(この巨人はあの時の――魔王軍との戦いで出会ったやつと同じやつか?! しかしあの色は……大神官がいるのか!?)

 誰かの声が響いた。
 正確には転送された。
 森の中を満たすように展開されている小さな精霊達が、敵の心の声を傍受してくれているのだ。
 目を凝らせば、森が息づいているように見える。寒さに抗って白い息を吐き続けているように見える。
 その白いものがすべて虫や精霊の群れ。
 そしてその群れは声だけで無く、顔などの映像情報も転送してくれる。
 ゆえにヘルハルトの心には、味方に戦闘準備の指令を出すルイスの姿が映っていた。
 ルイスが指揮する軍はこれまでの相手よりも明らかに格上の集団に見えた。
 だから思った。

(アレに勝てるのだろうか? 俺一人で)

 すると直後、あの女の声が響いた。

(安心しろ。お前は一人ぼっちの人形使いじゃあ無い。お前には仲間がいる)

 その声と同時に、体の中に何かが流れこみ始めた。
 網を広げるように背中から伸びている糸から流れ込んでくる。
 最初に流れ込んできたのは知っている者達の魂だった。
 神の木の中で共に暮らしている仲間達の――戦士達の魂。
 次に流れ込んできたものは気持ちが悪いものだった。
 まるで砂を強制的に飲まされているような感覚。
 明らかに異物、そう思える。
 だが、魂に近いものであるとも感じられる。
 それが証拠に、その異物は戦士達の魂と混ざり始めた。
 いや、混ざるというよりは異物のほうが戦士達を取り込んでいるという感じだった。
 そしてそれが胎児のような形状になった瞬間、声が次々と響き始めた。 

(我も!)(我らも!)(共に戦おうぞ!)

 声と共に胎児は急速に成長し、そして腹部から次々と飛び出すように産み出された。
 戦士達の魂を宿した、人の形をした何か。
 そう、何かだ。
 あのドラゴンとは違う物質で構成されている、そう感じる。
 ヘルハルトがそう感じた直後、戦士達は光を放ち始めた。
 体内にある燃料の一部が酸素と結合。
 そして戦士達は体から炎を噴き出し始めた。
 その色は美しかった。
 まだらなのではっきりと言葉にするのが難しい。青と緑? いや、青緑?
 難しいが、美しいのは間違い無かった。
 そして直後、戦士達は燃え盛る炎で心が猛った(たけった)かのように叫び始めた。

(長よ! 我らにご指示を!)(我らに命令を!)

 指示? そう言われてもどうすれば――
 そんな疑問を浮かべる暇はやはり無かった。
 次々と知識が流れ込んできた。
 大人数を指揮するやり方。陣形の概念や地形の利用方法など、戦術に関するあらゆる知識が流れ込んできた。
 その情報量を飲み込むのんだヘルハルトが思念を響かせようとした頃には、ルイスも同じく号令を発しようとしていた。
 ゆえに両者の声は重なって響いた。

“「全軍前進!」”
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