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最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む

第二十五話 愛を讃えよ(11)

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 やった! そんな歓喜の声がベアトリスの口から漏れかけたが、

「……っ!」

 焼けるような熱風に、ベアトリスは逆に口を固く閉じた。
 大きく息を吸い込めば肺が焼けかねない熱量。
 炎の戦士が体を燃やしたまま走り回っているため、そこら中で火事が起きている。
 そして先の派手な攻撃によって、ベアトリスは敵の注目を集めてしまっていた。
 熱波に足を止めたベアトリスに対し、新たな敵意が迫る。

(もう次が来る! しかも二体同時!)

 その二つの敵意は明らかに連携を取っていた。
 同時に攻撃を仕掛けるために、速度と距離感を調整している。
 ゆえに、その二体は同時にベアトリスの視界に入った。
 一方が速度を上げ、もう一体が後ろに追従する形を取り始める。
 そして前を滑空する炎の戦士はさらに加速し、ベアトリスに体当たりを仕掛けた。
 これをベアトリスは先と同じように防御魔法で受け流した。
 瞬間、

「!」

 ベアトリスの背中に寒気が走った。
 寒気の原因はもう一体が急停止し、妙な構えを取ったこと。
 まるで格闘戦を仕掛けようとしているような構え。
 だが遠い。拳が届く距離では無い。
 が、ベアトリスは本能に従って回避行動を取った。
 直後、

「っ!」

 後方に跳び下がり始めたベアトリスの眼前を、燃える拳が通過していった。
 直撃で無いにもかかわらず、熱で頬が焼け、閉じたまぶたにも痛みが走る。
 炎の戦士の立ち位置はさほど変わっていない。
 腕が伸びたのだ。
 いや、伸びたというよりは蛇に転じた、というような軌道であった。
 蛇のようにくねりながら、ムチのように鋭くしなりながら拳が元の位置に帰っていく。
 それを見ている暇は無かった。
 急反転して戻ってきたもう一体が、二度目の体当たりを仕掛けてきていた。
 そしてその二度目の体当たりは一度目とは違っていた。
 あまり速くない。当てることだけを意識している動き。
 
(左右に跳んでも――)

 追従されて組み付かれる。
 だったら、と、ベアトリスはもう一つの選択肢を選んだ。
 それは上。
 地を軽く蹴ると同時に下向きに防御魔法を展開。
 突っ込んできた炎の戦士の体を防御魔法で上から押さえつけながら、馬跳びの要領で飛び越える。
 いや、ただ飛び越えるだけでは終わらなかった。
 ベアトリスは上半身を勢いよく前に倒し、炎の戦士の上で逆立ちする要領で腕を伸ばした。
 展開されたままの光の傘と地面に、炎の戦士の体が挟まれて拘束される。
 あとはこのまま体重をかけるだけで終わる。
 が、もう一体の炎の戦士が拳を繰り出していた。
 前に踏み込みながら腕を伸ばす、速度を重視した一撃。
 狙いはベアトリスの背中。
 振り返って叩き払う時間は無い。
 だからベアトリスは両方に対処できる手を打った。
 槍を振り下ろし、防御魔法ごと炎の戦士をくし刺しにする。
 直後に光の傘は歪み、濁流に転じた。
 地面で跳ね返り、ベアトリスを包み込むように高く波打つ。
 その光の刃の壁に、炎の戦士の拳は弾きとばされた。
 だが、炎の戦士は踏み込みを止めることは無かった。
 ベアトリスの両足はまだ地についていない。逆立ちから上体を戻し始めたばかり。地面に槍が突き立っているのみであり、ゆえに大きな回避行動をすぐには取れない。
 光の刃の壁を強引に突破すれば組み付ける。
 それはベアトリスもわかっていた。
 だから、

(やるしか無い!)

 ベアトリスは覚悟を決めた。
 槍を引き抜き、光の刃の壁をかきわけてくる敵のほうに向き直る。
 そしてベアトリスは槍先を向けながら狙いを絞り始めた。
 周囲に展開済みの蝶の精霊を使って弱点を、脳に該当する個所を探る。
 その個所はすぐに見つかった。
 が、その急所は動いていた。
 狙いを絞らせないように、炎の戦士の体内を移動していた。

(……!)

 激しく振動するように速く揺れ動くその目標に対し、焦りが滲む。
 いや、やれる! この距離なら私の槍は一瞬で届く! その程度の動きは捕まえられる!
 その思いをベアトリスは響かせた。

(そこっ!)

 気勢のような叫びと共に、槍は閃光となって走り、

「――っ!」

 炎の戦士の急所を貫いた。
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