上 下
520 / 545
最終章 そして戦士達は人類の未来のための戦いに挑む

最終話 主が戻る 人よ思い出せ 古き恐れを(12)

しおりを挟む
 クトゥグアは納得いかない様子であったが、それでもナイアラの言う通りにすることにした。
 合図に従い、襲い掛かる。
 今度は簡単に決まった。
 戦士の背中にだきつき、その全身に炎の指を這わせる。

「ぐぉおあああっ!」

 戦士はもがくが、振りほどけない。
 そして戦士は赤い手に引き倒されたかのように地面の上を転がり始めた。
 だがやはり火は消えない。
 肉が焦げる匂いが他の戦士達の意識を揺らす。
 その瞬間、

「!? うあぁ!」

 動揺の隙を突かれた別の戦士が襲われた。

「っ!!」 

 さらに続けてもう一人。
 アルフレッドとベアトリスは敵の攻撃意識の移動を読めていたが、いずれにも手を出せなかった。
 遠い。明らかにアルフレッドを避けている。
 だからアルフレッドは声を上げた。

「大きく散開しろ! そうすれば相手も散らばって奇襲されにくくなる!」

 背後から不意を突かれなければ、ナイアラによる精神攻撃があったとしても回避は可能なはず。
 そしてさらに重要なことがあると、ベアトリスが言葉を繋げる形で叫んだ。

「わたし達の目的はこの二人を倒すことじゃ無い! 補給を断つこと! こいつらは無視して走って!」

 その二つの指示に戦士達は瞬時に従った。
 蜘蛛の子を散らすように離れ、目標に向かって突撃を開始する。
 クトゥグアの攻撃が始まった瞬間に大神官は再び逃げだしたが、距離はまだあまり離れていない。
 そして目の前の敵を無視して走り出した戦士達の背中に向かって、クトゥグアは声を上げた。

“そう簡単に行かせるとでも!”

 瞬間、クトゥグアはすべての水たまりの自我を目覚めさせた。
 追いかけ、手あたり次第に襲わせる。
 奇襲よりも手数を重視した攻め。
 ゆえに、攻撃の型も間も無く変化した。
 すべての水たまりが人型に変化し、走り出す。
 防御の困難な下からの攻めを捨て、突進力を重視した型。
 いや、走っているというような動きでは無かった。
 歩幅が異常に大きい。幅跳びを連続で繰り返しているように見える。
 しかしその動きも間も無く終わり、クトゥグアの見た目はさらに変わった。
 足が一本に融合し、魚の尾びれのように。
 まるで人魚のよう。
 もう地面を蹴る必要は無い。
 空気を蹴り、飛ぶように泳ぐ。
 速い。全力で走る戦士達に追いつけるほどに。
 ゆえに、戦士達はやむを得ず対処するために振り返ったが、

「!」

 繰り出された攻撃はこれまでのものとはまったく違っていた。
 しかし魚らしい攻撃であった。
 突進から繰り出された技、それは飛び込みであった。
 助走をつけて勢いよく水に飛び込む。まさにその動き。
 であったが、一つ違うのは、跳躍と同時に人の形を失ったことだ。
 液体のように溶け、網のように広がる。
 この網に捕まったら終わり。だから戦士は同じく面積の広い光の傘で、防御魔法でこれを受けた。
 熱湯をかけられたような熱気が伝わる。
 完全に防いだ、戦士はそう思った。
 が、

「っ!!?」

 直後、足首に走った熱い激痛に、戦士は下を向いた。
 戦士の足首は赤い手に掴まれていた。手は小さな水たまりから生えていた。
 小さいから接近を感知しそこねた? いいや、違う。
 これはできたばかりの水たまりなのだ。
 傘で受けて散らばった破片の一つなのだ。
 ゆえに手はさらに伸びてきた。
 周囲に散らばった小さな水たまりが、戦士に這いずり寄りながら一斉に手を伸ばす。
 全方向からの同時攻撃であり、戦士は対応できなかった。
 すべての手に捕まれ、足が這い寄ってきた水たまりの中に沈む。
 そして水たまりの中から先ほどの人魚が、クトゥグアが這い出してきた。
 足から腰へ、腰から肩へ、全身を舐め尽くすように這い登る。

「うぅ、ぐっ、がああぁっ!」

 足元から少しずつ上がってくる熱と痛みに、戦士は絶叫を上げた。
しおりを挟む

処理中です...