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第二話 戦いの始まり(2)
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◆◆◆
戦地に着いたアラン達はまず陣中にいる総大将のもとへ挨拶に向かった。
「カルロの息子、アランと申します」
「同じく娘のアンナと申します」
「おお、あのカルロ将軍のご子息殿か。私がこの陣の総大将を務めているレオンだ。遠路はるばるよく来てくれた。陣中なので大したもてなしはできないが、ゆっくりしていってくれ」
穏やかな笑顔を見せながらレオンと名乗ったその男は、どこか不思議な魅力を有していた。
優しい印象を受ける少し垂れ下がった目尻。しかしその上にある眉は力強く、その周囲にある苦労皺くろうじわは意志の強さを感じさせた。
「レオン将軍、我らは国からの命令を受けてまいりました。我らはどうすれば?」
「うむ。現在我が軍は眼前に布陣している敵とにらみ合いをしている状況だ。各地から魔法使い達が集まっているが、敵に撤退する気配は無い。」
「ということは戦闘になるかもしれないということですか」
アランにとってそれは予想外だった。てっきり自分達はにらみ合いの為の頭数として呼ばれたものと考えていたからだ。
「それはまだわからぬ。それよりも、長旅でお疲れであろう。粗末だが、寝所を用意してある。部下に案内させよう。今後の詳細については決まり次第、連絡する」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
アラン達は兵士の先導に従い、寝所へと向かった。
◆◆◆
アラン達が離れたのを確認したレオン将軍は、傍にいる部下に声をかけた。
「マルクス、あの二人どう見る?」
マルクスと呼ばれた男はレオン将軍の質問に答えた。
「アラン殿はカルロ将軍のご子息ですが、魔法力は大したことが無いという話を耳にしております。対して娘のアンナ様のほうはすばらしい力を持っていると聞いています」
ふむ、と相槌(あいづち)を打ってレオン将軍は話の続きを促した。
「アンナ様は優秀な戦力になるでしょうが、今回の戦いでは使わないほうがよろしいかと」
「それはなぜだ?」
「カルロ将軍がまだ生きているからです。初陣の二人に何かあっては後々まずいことになるかもしれませぬ。今回の戦闘では安全なところで適当に戦功を立ててもらって、媚(こび)を売っておいたほうがよろしいかと」
「それによって後でカルロ将軍と良いつながりができるかもしれぬと」
「左様でございます」
「わかった。その案でいこう。彼らが連れている兵数はどれくらいだ?」
「先の戦いでカルロ将軍は私兵のほとんどを失っております。アラン殿が連れている兵数は五百ほどのようです」
「弓が使える奴隷を二百ほど貸しておけ。後列から援護をしてもらおう。後の細事は任せる」
「かしこまりました。ではその様に」
指示を受けたマルクスは一礼し、仕事に取り掛かった。
◆◆◆
寝所へと案内されたアラン達は戦いに備えて休息をとっていた。
「遂に戦いが始まるんだな。腕が鳴るぜ」
そんな軽口を叩きつつも、ディーノの腕はわずかに震えていた。そしてそれはアランとアンナも同じだった。三人ともこれがはじめての戦闘なのである。無理もなかった。
陣中は静かで、どことなく緊張が張り詰めていた。雰囲気に呑まれたのか三人は座ったまま黙っていた。
そうしてそのまま日が沈み、陣の夜は更けていった。夜が明ければ戦いが始まる。結局三人は特に喋らないまま床についた。
◆◆◆
夜が明け、両軍は広い平地で対峙(たいじ)した。
自軍は総大将であるレオン将軍の騎馬隊を中心に、二列の陣形を組んでいた。アラン達は右翼の後列に配置されていた。
後列の部隊は国の徴兵で集まったばかりのいわば寄せ集めの部隊である。兵士の練度も低く、レオン将軍は後列の部隊をまともな戦力としては見ていなかった。
そして対する敵軍は一列に布陣していた。両軍を見比べると、こちらのほうが数で勝っているのは明らかだったが、総大将のレオン将軍は苦い顔をしていた。
(こちらは数で勝るが、兵士の練度と士気の差は歴然。守りの戦で勝てる見込みは薄いだろう)
レオン将軍は突撃による敵総大将撃破での早期決着を狙っていた。
(こちらの両翼がどれだけ持ちこたえられるかが勝負だな)
両軍はゆっくりと前進し、その距離を徐々に詰めていった。もうすぐ弓が届く距離になろうという時、レオン将軍が自身の槍をかざし号令を下した。
「我が部隊は敵総大将に突撃する! 両翼は防御に専念して我らを援護しろ!」
突撃の号令がくだり、合図の太鼓の音が戦場に鳴り響いた。
「おいアラン始まったぞ! 俺らもいこうぜ!」
「よし、我が部隊も前進! 前列の部隊を弓で援護するんだ!」
アラン達は前列の部隊に追従し、後方から弓で援護した。部隊にはアンナを筆頭とした魔法使い部隊もいたが、いくらアンナといえども魔法が届く距離ではなかった。
両翼が敵を止めている間に中央のレオン将軍達は順調に敵を打ち払い、敵総大将に近づいていった。
「このまま押し切るぞ!」
順調かと思われた矢先、レオン将軍のもとへ伝令が届いた。
「伝令! 右翼の前列部隊が壊滅寸前です!」
「なに!? いくらなんでも早すぎる!」
右翼のほうへ目を向けたレオン将軍が見たのは、敵に隊列を寸断されそのまま飲み込まれていく味方兵士達の姿だった。
味方を蹂躙していく敵の中にひときわ目立つ大男がいた。その大男は先陣をきり、まるで無人の野を行くが如く猛進していた。この大男の活躍が敵全体に勢いを与えていた。
後列で援護を行っていたアラン達は、目の前でなすすべもなく味方達が倒されていく様を見て動揺していた。武器を構える姿に力強さが無くなり、うろたえているのが目に見えて明らかだった。
(撤退するべきか…?)
そんなアランの意を察したのか、傍にいたある兵士が声をあげた。
「ここを突破されれば大将であるレオン将軍が挟撃(きょうげき)されることになります! ここは我々で食い止めるしかありません!」
「……」
「アラン様、あなたは武家の嫡男(ちゃくなん)なのです! 武人としての気概(きがい)をお見せください!」
部下の叱咤激励を受け、アランはようやく覚悟を決めた。
「わかった……。全員聞け! 我々はここでやつらを食い止める! 弓兵はここに残って援護、それ以外は俺について来い! あの大男に向かって突撃するぞ!」
号令をかけたアラン自らが先陣を切って敵部隊に突撃した。ディーノもまた雄叫びをあげながらアランに追従した。
両軍は激しくぶつかり、あっという間に乱戦となった。そんな中、ディーノはある一点を目指して猛進した。
(狙うべきはあの大男のみ!)
立ちふさがる敵を一声とともに倒していく。
「雑兵に用はねえ、邪魔だ!」
敵には多くの魔法使いがいたが、ディーノは乱戦を活かして上手く立ち回っていた。
ディーノは魔法使いとは決して正面から戦おうとはせず、相手の側面や背後など、不意をついて各個撃破していった。
そして大男の元に辿り着いたディーノは声高らかに勝負を申し込んだ。
「おい、そこのお前! 雑魚の相手なんぞしていないでこの俺と勝負しろ!」
「吼えるな若造。だがその蛮勇、嫌いではない!」
向かい合う両雄を見比べてみると、体格はほぼ同じ。だが、ディーノは支給された剣と小盾で武装していたのに対し、相手のほうは体を覆えそうな大盾、そして長い大槍を装備していた。
しかしディーノは相手の武装に対し、さしたる恐怖心は抱いていなかった。
(長物が相手なら接近してしまえばこちらが有利!)
そう考えたディーノは相手に突撃した。そこへ当然のように迎撃の一撃が飛んでくる。
だがディーノは相手の射程ぎりぎりのところでわずかに減速し、その迎撃を空振らせた。
その隙に懐に飛び込む。助走の勢いを剣に乗せ、鋭い一撃を大男に向けて放つ。
だが、その一撃は大盾にあっさりと阻まれた。
ディーノの攻撃を受け止めた大男は、間合いを離そうとはせずに大盾を構えたままディーノに向かって踏み込んだ。
ぎしり、と音を立てて大盾とディーノが密着する。双方は押し相撲をする体勢になった。
(この若者、いい反応をしているな。体つきからも鍛錬のほどが伺える)
膠着状態になったにも拘らず、大男にはそんなことを考える余裕があった。
対するディーノは大盾のせいで相手の姿が全く見えなくなっていた。攻撃する手段が無いと判断したディーノは側面にまわりこもうとした。
(やはりそう動くか)
大盾の下からのぞくディーノの足の動きを見ていた大男は、盾の下から自身のつま先を潜らせ、ディーノの足に引っ掛けた。
(!?)
大男は体勢を崩したディーノを大盾で殴りつけた。ディーノは押し返され、両者の間合いはわずかに離れた。
さらなる追撃を恐れたディーノはすかさず防御の構えをとった。
(それで防御しているつもりか。やはりまだ若いな)
大男はディーノに接近し、大盾の縁でディーノの武具を引っ掛け、そのまま強引にディーノの防御をこじ開けた。
無防備になったディーノの目に映ったのは、今まさに自分に振り下ろされようとする大男の大槍だった。
死という言葉がディーノの脳裏によぎる。しかしその瞬間、聞きなれた心強い声がディーノの耳に入った。
「ディーノ!」
この危機に駆けつけたアランが大男の側面に突撃する。これを察した大男は標的を切り替え、アランに向かって大槍を振り下ろした。
攻撃が自分に向けられたことを瞬時に察知したアランは咄嗟に防御した。
武具がぶつかり合う。アランは大槍の一撃を受け流そうとしたが、アランの武具はそれに耐え切ることは出来なかった。
武具が砕ける音が場に響き渡る。その音に弾かれたかのように、アランの体は後方に吹き飛んだ。
(この男、魔法使いではない!? 腕力だけで前列を突破してきたのか!)
上半身を起こしながらアランはそう直感した。大きな盾と重量武器を構える大男の姿は、アランが想像した魔法使いに立ち向かう者によく似ていた。
「大丈夫か? アラン!」
寸でのところを救われたディーノは、武器を失ったアランをかばうように大男の前に立った。
そして、対峙する二つの巨躯は再びぶつかり合った。
激しく手を出し合う両雄。だが、先とは異なりディーノの戦い方には慎重さが見て取れた。互角、その戦いはそう見えた。
(援護を……!)
アランが手をかざし、魔力を込める。
だがその瞬間、腕に激痛が走った。
見ると腕には大きな打撲の痕ができていた。指も何本か折れているようだ。
痛みを無視して炎を放つ。しかし、それは見当違いの方向に飛んで行った。
狙いが定まらない。何かないか、と、思索したアランの脳裏に、魔法使いが使う「杖」が浮かんだ。自分がまだ幼く魔法の制御がまともにできなかったころ、杖に頼って狙いを定めていたのを思い出したのだ。
アランは杖の代わりに傍(そば)に転がっていた剣を使うことにした。適当な布で腕に固定し、大男に照準を合わせて炎を放った。
期待通り、炎は大男に向かって飛んでいった。しかしそれは大男のもとまで辿り着かなかった。
勢いが弱すぎたのだ。炎は剣から放たれた直後に消えてしまっていた。
熟練した魔法使いは杖に頼らない。なぜなら魔法が弱くなるからだ。威力を求めるなら素手で放つのが最も良い。杖に頼るのは魔法の制御ができない幼い子供か老人だけである。
(くそ、援護すらできないか)
アランは歯痒さをかみ締めたが、咄嗟(とっさ)に行ったこの剣から魔法を放つという行為に可能性を感じていた。
そして、ディーノが大男を抑えている間に敵の勢いは止まり、戦局は少しずつこちら側に傾いてきていた。
アラン隊の魔法使い達は順調に周囲の敵を撃破していた。初の実戦であったアンナだが、その活躍ぶりは凄まじく、事実、敵を最も倒していたのはアンナであった。
「お兄様! ご無事ですか!?」
アンナが場に駆けつける。アンナは負傷している兄をかばうように、ディーノとともに大男の前に立った。
(この女魔法使いは手強いな。ここは退こう)
大男は勝てないと判断したのか、後退を開始した。ディーノは追撃しようとしたが、大男が土煙の中に逃げ込んだため見失ってしまった。そして大男が退いたことで他の敵も後退を開始した。
「どうするアラン? 追いかけるか?」
「いや、俺達の役目はここを守ることだ。不用意な追撃はやめておこう。あとはレオン将軍達の武運を祈ろう」
アラン達が中央の戦況を見守りはじめてからほどなくして、レオン将軍の部隊から勝ち鬨(かちどき)が上がった。
「敵大将、このレオンが討ち取った!」
戦地に着いたアラン達はまず陣中にいる総大将のもとへ挨拶に向かった。
「カルロの息子、アランと申します」
「同じく娘のアンナと申します」
「おお、あのカルロ将軍のご子息殿か。私がこの陣の総大将を務めているレオンだ。遠路はるばるよく来てくれた。陣中なので大したもてなしはできないが、ゆっくりしていってくれ」
穏やかな笑顔を見せながらレオンと名乗ったその男は、どこか不思議な魅力を有していた。
優しい印象を受ける少し垂れ下がった目尻。しかしその上にある眉は力強く、その周囲にある苦労皺くろうじわは意志の強さを感じさせた。
「レオン将軍、我らは国からの命令を受けてまいりました。我らはどうすれば?」
「うむ。現在我が軍は眼前に布陣している敵とにらみ合いをしている状況だ。各地から魔法使い達が集まっているが、敵に撤退する気配は無い。」
「ということは戦闘になるかもしれないということですか」
アランにとってそれは予想外だった。てっきり自分達はにらみ合いの為の頭数として呼ばれたものと考えていたからだ。
「それはまだわからぬ。それよりも、長旅でお疲れであろう。粗末だが、寝所を用意してある。部下に案内させよう。今後の詳細については決まり次第、連絡する」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
アラン達は兵士の先導に従い、寝所へと向かった。
◆◆◆
アラン達が離れたのを確認したレオン将軍は、傍にいる部下に声をかけた。
「マルクス、あの二人どう見る?」
マルクスと呼ばれた男はレオン将軍の質問に答えた。
「アラン殿はカルロ将軍のご子息ですが、魔法力は大したことが無いという話を耳にしております。対して娘のアンナ様のほうはすばらしい力を持っていると聞いています」
ふむ、と相槌(あいづち)を打ってレオン将軍は話の続きを促した。
「アンナ様は優秀な戦力になるでしょうが、今回の戦いでは使わないほうがよろしいかと」
「それはなぜだ?」
「カルロ将軍がまだ生きているからです。初陣の二人に何かあっては後々まずいことになるかもしれませぬ。今回の戦闘では安全なところで適当に戦功を立ててもらって、媚(こび)を売っておいたほうがよろしいかと」
「それによって後でカルロ将軍と良いつながりができるかもしれぬと」
「左様でございます」
「わかった。その案でいこう。彼らが連れている兵数はどれくらいだ?」
「先の戦いでカルロ将軍は私兵のほとんどを失っております。アラン殿が連れている兵数は五百ほどのようです」
「弓が使える奴隷を二百ほど貸しておけ。後列から援護をしてもらおう。後の細事は任せる」
「かしこまりました。ではその様に」
指示を受けたマルクスは一礼し、仕事に取り掛かった。
◆◆◆
寝所へと案内されたアラン達は戦いに備えて休息をとっていた。
「遂に戦いが始まるんだな。腕が鳴るぜ」
そんな軽口を叩きつつも、ディーノの腕はわずかに震えていた。そしてそれはアランとアンナも同じだった。三人ともこれがはじめての戦闘なのである。無理もなかった。
陣中は静かで、どことなく緊張が張り詰めていた。雰囲気に呑まれたのか三人は座ったまま黙っていた。
そうしてそのまま日が沈み、陣の夜は更けていった。夜が明ければ戦いが始まる。結局三人は特に喋らないまま床についた。
◆◆◆
夜が明け、両軍は広い平地で対峙(たいじ)した。
自軍は総大将であるレオン将軍の騎馬隊を中心に、二列の陣形を組んでいた。アラン達は右翼の後列に配置されていた。
後列の部隊は国の徴兵で集まったばかりのいわば寄せ集めの部隊である。兵士の練度も低く、レオン将軍は後列の部隊をまともな戦力としては見ていなかった。
そして対する敵軍は一列に布陣していた。両軍を見比べると、こちらのほうが数で勝っているのは明らかだったが、総大将のレオン将軍は苦い顔をしていた。
(こちらは数で勝るが、兵士の練度と士気の差は歴然。守りの戦で勝てる見込みは薄いだろう)
レオン将軍は突撃による敵総大将撃破での早期決着を狙っていた。
(こちらの両翼がどれだけ持ちこたえられるかが勝負だな)
両軍はゆっくりと前進し、その距離を徐々に詰めていった。もうすぐ弓が届く距離になろうという時、レオン将軍が自身の槍をかざし号令を下した。
「我が部隊は敵総大将に突撃する! 両翼は防御に専念して我らを援護しろ!」
突撃の号令がくだり、合図の太鼓の音が戦場に鳴り響いた。
「おいアラン始まったぞ! 俺らもいこうぜ!」
「よし、我が部隊も前進! 前列の部隊を弓で援護するんだ!」
アラン達は前列の部隊に追従し、後方から弓で援護した。部隊にはアンナを筆頭とした魔法使い部隊もいたが、いくらアンナといえども魔法が届く距離ではなかった。
両翼が敵を止めている間に中央のレオン将軍達は順調に敵を打ち払い、敵総大将に近づいていった。
「このまま押し切るぞ!」
順調かと思われた矢先、レオン将軍のもとへ伝令が届いた。
「伝令! 右翼の前列部隊が壊滅寸前です!」
「なに!? いくらなんでも早すぎる!」
右翼のほうへ目を向けたレオン将軍が見たのは、敵に隊列を寸断されそのまま飲み込まれていく味方兵士達の姿だった。
味方を蹂躙していく敵の中にひときわ目立つ大男がいた。その大男は先陣をきり、まるで無人の野を行くが如く猛進していた。この大男の活躍が敵全体に勢いを与えていた。
後列で援護を行っていたアラン達は、目の前でなすすべもなく味方達が倒されていく様を見て動揺していた。武器を構える姿に力強さが無くなり、うろたえているのが目に見えて明らかだった。
(撤退するべきか…?)
そんなアランの意を察したのか、傍にいたある兵士が声をあげた。
「ここを突破されれば大将であるレオン将軍が挟撃(きょうげき)されることになります! ここは我々で食い止めるしかありません!」
「……」
「アラン様、あなたは武家の嫡男(ちゃくなん)なのです! 武人としての気概(きがい)をお見せください!」
部下の叱咤激励を受け、アランはようやく覚悟を決めた。
「わかった……。全員聞け! 我々はここでやつらを食い止める! 弓兵はここに残って援護、それ以外は俺について来い! あの大男に向かって突撃するぞ!」
号令をかけたアラン自らが先陣を切って敵部隊に突撃した。ディーノもまた雄叫びをあげながらアランに追従した。
両軍は激しくぶつかり、あっという間に乱戦となった。そんな中、ディーノはある一点を目指して猛進した。
(狙うべきはあの大男のみ!)
立ちふさがる敵を一声とともに倒していく。
「雑兵に用はねえ、邪魔だ!」
敵には多くの魔法使いがいたが、ディーノは乱戦を活かして上手く立ち回っていた。
ディーノは魔法使いとは決して正面から戦おうとはせず、相手の側面や背後など、不意をついて各個撃破していった。
そして大男の元に辿り着いたディーノは声高らかに勝負を申し込んだ。
「おい、そこのお前! 雑魚の相手なんぞしていないでこの俺と勝負しろ!」
「吼えるな若造。だがその蛮勇、嫌いではない!」
向かい合う両雄を見比べてみると、体格はほぼ同じ。だが、ディーノは支給された剣と小盾で武装していたのに対し、相手のほうは体を覆えそうな大盾、そして長い大槍を装備していた。
しかしディーノは相手の武装に対し、さしたる恐怖心は抱いていなかった。
(長物が相手なら接近してしまえばこちらが有利!)
そう考えたディーノは相手に突撃した。そこへ当然のように迎撃の一撃が飛んでくる。
だがディーノは相手の射程ぎりぎりのところでわずかに減速し、その迎撃を空振らせた。
その隙に懐に飛び込む。助走の勢いを剣に乗せ、鋭い一撃を大男に向けて放つ。
だが、その一撃は大盾にあっさりと阻まれた。
ディーノの攻撃を受け止めた大男は、間合いを離そうとはせずに大盾を構えたままディーノに向かって踏み込んだ。
ぎしり、と音を立てて大盾とディーノが密着する。双方は押し相撲をする体勢になった。
(この若者、いい反応をしているな。体つきからも鍛錬のほどが伺える)
膠着状態になったにも拘らず、大男にはそんなことを考える余裕があった。
対するディーノは大盾のせいで相手の姿が全く見えなくなっていた。攻撃する手段が無いと判断したディーノは側面にまわりこもうとした。
(やはりそう動くか)
大盾の下からのぞくディーノの足の動きを見ていた大男は、盾の下から自身のつま先を潜らせ、ディーノの足に引っ掛けた。
(!?)
大男は体勢を崩したディーノを大盾で殴りつけた。ディーノは押し返され、両者の間合いはわずかに離れた。
さらなる追撃を恐れたディーノはすかさず防御の構えをとった。
(それで防御しているつもりか。やはりまだ若いな)
大男はディーノに接近し、大盾の縁でディーノの武具を引っ掛け、そのまま強引にディーノの防御をこじ開けた。
無防備になったディーノの目に映ったのは、今まさに自分に振り下ろされようとする大男の大槍だった。
死という言葉がディーノの脳裏によぎる。しかしその瞬間、聞きなれた心強い声がディーノの耳に入った。
「ディーノ!」
この危機に駆けつけたアランが大男の側面に突撃する。これを察した大男は標的を切り替え、アランに向かって大槍を振り下ろした。
攻撃が自分に向けられたことを瞬時に察知したアランは咄嗟に防御した。
武具がぶつかり合う。アランは大槍の一撃を受け流そうとしたが、アランの武具はそれに耐え切ることは出来なかった。
武具が砕ける音が場に響き渡る。その音に弾かれたかのように、アランの体は後方に吹き飛んだ。
(この男、魔法使いではない!? 腕力だけで前列を突破してきたのか!)
上半身を起こしながらアランはそう直感した。大きな盾と重量武器を構える大男の姿は、アランが想像した魔法使いに立ち向かう者によく似ていた。
「大丈夫か? アラン!」
寸でのところを救われたディーノは、武器を失ったアランをかばうように大男の前に立った。
そして、対峙する二つの巨躯は再びぶつかり合った。
激しく手を出し合う両雄。だが、先とは異なりディーノの戦い方には慎重さが見て取れた。互角、その戦いはそう見えた。
(援護を……!)
アランが手をかざし、魔力を込める。
だがその瞬間、腕に激痛が走った。
見ると腕には大きな打撲の痕ができていた。指も何本か折れているようだ。
痛みを無視して炎を放つ。しかし、それは見当違いの方向に飛んで行った。
狙いが定まらない。何かないか、と、思索したアランの脳裏に、魔法使いが使う「杖」が浮かんだ。自分がまだ幼く魔法の制御がまともにできなかったころ、杖に頼って狙いを定めていたのを思い出したのだ。
アランは杖の代わりに傍(そば)に転がっていた剣を使うことにした。適当な布で腕に固定し、大男に照準を合わせて炎を放った。
期待通り、炎は大男に向かって飛んでいった。しかしそれは大男のもとまで辿り着かなかった。
勢いが弱すぎたのだ。炎は剣から放たれた直後に消えてしまっていた。
熟練した魔法使いは杖に頼らない。なぜなら魔法が弱くなるからだ。威力を求めるなら素手で放つのが最も良い。杖に頼るのは魔法の制御ができない幼い子供か老人だけである。
(くそ、援護すらできないか)
アランは歯痒さをかみ締めたが、咄嗟(とっさ)に行ったこの剣から魔法を放つという行為に可能性を感じていた。
そして、ディーノが大男を抑えている間に敵の勢いは止まり、戦局は少しずつこちら側に傾いてきていた。
アラン隊の魔法使い達は順調に周囲の敵を撃破していた。初の実戦であったアンナだが、その活躍ぶりは凄まじく、事実、敵を最も倒していたのはアンナであった。
「お兄様! ご無事ですか!?」
アンナが場に駆けつける。アンナは負傷している兄をかばうように、ディーノとともに大男の前に立った。
(この女魔法使いは手強いな。ここは退こう)
大男は勝てないと判断したのか、後退を開始した。ディーノは追撃しようとしたが、大男が土煙の中に逃げ込んだため見失ってしまった。そして大男が退いたことで他の敵も後退を開始した。
「どうするアラン? 追いかけるか?」
「いや、俺達の役目はここを守ることだ。不用意な追撃はやめておこう。あとはレオン将軍達の武運を祈ろう」
アラン達が中央の戦況を見守りはじめてからほどなくして、レオン将軍の部隊から勝ち鬨(かちどき)が上がった。
「敵大将、このレオンが討ち取った!」
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