Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十九話 奴隷の意地(8)

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   ◆◆◆

「やっ……た?」

 それを見たアンナは思わず口を開いていた。
 とどめを刺される寸前であったディーノが放った一撃。横薙ぎに振るわれた槍斧はリックの体を捕らえ、なぎ倒すように地面に叩きつけた。
 凄まじい一撃だった。とにかく速い。アンナの目には結果しか見えなかった。
 そして、同じように口を開けた状態で固まっている人物が傍にいた。

「……」

 それはクラウス。しかし彼の表情はアンナとは少し違う。その顔に浮かんでいるのは驚きだけでは無かった。
 何かがクラウスの中で繋がりかけていた。
 今の一撃、あれは明らかに人間の限界を超えたものだった。
 クラウスの脳裏にある記憶が映し出される。
 それは剣を構える師の姿。
 記憶の中の師が突きを繰り出す。
 速い。剣先が霞んで見える。三度の踏み込みが、三度の剣戟が一つの音に聞こえる。
 その映像に、リックの人間離れした動きと、先のディーノが放った一撃が重なる。



 何故だ。全く違う動きなのに同じものに見える。何かを見落としている。遠いようで近くにある何かを。
 師の姿を、あの剣筋をもう一度思い出す。
 かつて自分はこの剣を求め、追いかけていた。鍛錬を重ねれば、体を鍛え続ければいつかは辿り着ける境地なのだと信じていた時期があった。
 だがその夢はただの夢に終わった。いくら体を鍛えても光明も何も見出せなかった。
 しかし、あれは、あの剣速は筋肉の力だけで成せる技なのだろうか?
 ディーノにしたって同じだ。よく考えれば槍斧を、あんな重量武器を片手で軽々と振り回すなんてことが、筋肉の力だけで可能なのだろうか?

 否。無理だ。

 何故こんな当たり前のことに気がつかなかった。三度の剣戟が一つの音に聞こえるほどの速度を筋肉の力だけで出せるわけが無い。あんな重たい武器を筋肉の力だけで振り回せるはずが無い。あまりにも当然のように、出来て当たり前のように振舞われていたからその異常性に気がつけなかった。

……

 何かを掴めそうな感覚。何かが分かりかけている。
 クラウスの意識はその何かに手を伸ばしたが、その思考はあるものに中断された。

(! 今、リックが動いたような……)

 いや、気のせいでは無い。確かに動いた。
 よく考えれば、先の一撃には人間を容易に分断する威力があったはずだ。なのにリックの体はそうならず、地に倒れただけだ。
 その事実が示すこと、それは――

(受け流された?!)

 あの一撃を? 理性が示す答えが信じられない。
 だがそうとしか考えられない。おそらく、リックは地に倒されたのでは無く、槍斧の力を受け流すために自ら勢いよく地に倒れたのだ。
 なんということだ。あの男は、あの怪物は、ディーノが放った神秘、いや、奇跡的と言っていい一撃すら凌いでしまった。
 これが伝説の、偉大なる者の血が成せる業(わざ)なのか。

「ディーノ殿!」

 無意識のうちに声を上げていた。
 しかしディーノは動かない。棒立ちのままだ。
 もしかして、意識を失っているのでは?
 クラウスは思わず足を一歩前に出した。今から駆け寄っても間に合わないことは分かっている。しかし、じっとしていられないのだ。
 直後、ディーノは動いた。
 しかし、それはクラウスが期待した動きでは無かった。
 糸が切れた人形のようにディーノの体から力が抜け、膝が崩れる。
 ディーノの体が地に沈む。入れ替わるように、傍で倒れていたリックが立ち上がった。
 リックは地に伏したディーノを見下ろしながら、赤く染まった左肩に手を当てた。
 槍斧による傷の重度を確認する。
 えぐるように深く斬られている。この出血は簡単には止まらないだろう。
 リックは適当な布をその傷口に巻きつけながら、自身の状態を確認した。
 両足首と膝が痛む。特に足首の痛みが強い。先の一撃を受け流すために奥義を使ったせいだろう。
 だが、戦闘の続行は可能だ。
 傍で倒れているディーノに視線を戻す。
 動く気配が無い。完全に気を失っているようだ。
 最後の一撃には本当に驚かされた。一体どういうことなのか。まさかこの男も自分と同じ技を、奥義を使えるのか?
 だが、この男は無能力者。そのはずだ。

(……いや、ひょっとして、この奥義は誰にでも使えるものなのでは?)

 リックの中に、ある仮説が浮かび上がる。

(もしや、魔法使いと無能力者の差とは――)

 その時、思考に浸りかけた意識は急遽現実に引き戻された。倒れているディーノが動いたように見えたからだ。
 しかしそれは気のせいのようであった。今のディーノは瀕死の状態。動けるとは思えない。放って置けばいずれ死ぬだろう。

(……)

 今は出来るだけ体を動かしたくない。奥義を使いすぎた。あちこちが痛む。
 この戦いは決した。アンナも倒しているのだから、後は何もせずとも仲間たちが終わらせてくれるだろう。

「……ふう」

 リックは深く息を吐き、緊張を解こうとした。
 しかし次の瞬間、リックの本能はその行為に警鐘を鳴らした。気を抜くのはまだ早い、と。

「!」

 直後、リックの瞳に一筋の閃光が映りこんだ。
 光る拳で叩き払う。
 手の甲に走る鋭い痛み。
 瞬間、リックは懐かしさを感じた。
 この痛みを、この細くか弱くも冷徹な鋭さを持つ太刀筋を、自分はよく知っている。
 地を蹴り、距離を取りながら相手を睨み付ける。

「アラン……!」

 リックは思わず、その懐かしい名を口にしていた。

   第三十話 武技交錯 に続く
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