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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十一話 頂上決戦(2)

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   ◆◆◆

 しばらくして、双方はほぼ同時に前進を開始した。
 先頭を行くのは最大戦力であるカルロとラルフ。
 それに引きずられるように部隊が前へ進む。
 だがその中に、独特の動きをする部隊が一つあった。
 それはレオン将軍率いる騎馬隊であった。
 右翼に配置されたレオンはカルロから離れるように、敵の側面に回りこむように部隊を移動させ始めた。
 この時、レオンはどう戦うべきかまだ迷っていた。

(報告内容が真実であるならば、あの若者の前に我々が立つことは難しい)

 レオンは既にラルフの力を耳で知っていた。
 ここに至るまでにラルフは何度か戦闘を行っていた。カルロに早く会いたかったからか、ラルフは一切の手加減をしなかった。
 その凄まじさはすぐに各地に伝えられた。
 それはラルフの望みどおりカルロを引っ張り出す結果に至ったが、同時に迎撃の準備を整える機会を与えることにもなってしまった。
 カルロは大部隊を率いて待ち受けていた。が、ラルフ達もほぼ同等の規模の軍を率いていた。敵を蹂躙しながら前進するうちに、他の部隊が合流していたからだ。
 結果、二人の戦いは大軍勢のぶつかり合いという形になった。

 レオンは思考を重ねた。

(だが、倒すことが不可能なわけではない。あくまで、正面に立つことは難しいというだけだ。側面や背後から突撃すれば圧殺することは出来るだろう。正面から戦えるのはカルロ将軍だけ。だが、確実に勝てる保障は無い)

 レオンはちらりと、カルロの方を見た。

(我々が出来ることは二つ。カルロ将軍の援護に徹するか、あの若者への突撃を狙うか)

 どちらが正解なのか――レオンは迷った末、ひとつの考えを閃いた。

(いや、片方に絞る必要は無いのでは? 両方という手もある)

 これが正解なのではないか、そう思ったレオンは考えを詰めた。

(だが我々の突撃が成功する確率よりも、カルロ将軍が勝利する可能性の方が高いのは事実。重きを置くべきは援護のほうで、突撃は意識する程度にとどめておくべきか)

 やる事が決まったレオンは後続する騎兵達に手で指示を送った後、馬に活を入れた。

   ◆◆◆

 レオン率いる騎馬隊が敵の真横についた頃、中央で戦いが始まった。
 先に仕掛けたのはカルロ。
 炎の大魔道士の手から放たれた光弾を、ラルフは防御魔法で受け止めた。
 炸裂音が場に響き渡り、光の粒子が散る。
 が、ラルフの防御魔法はびくともしていなかった。

(軽い。様子見の牽制?)

 ラルフが抱いた牽制という感想は正解であったが、先の光弾には並の魔法使いくらいなら殺せる威力が備わっていた。しかし、それでもラルフにとっては「ただの牽制」でしかないのだ。
 そして、この一撃だけでカルロはラルフとの差を大まかに把握していた。

(……今ので防御魔法が全く揺らがなかったか。ということは、光魔法の力に関してはあの若造の方が数段上、と考えていいだろう)

 カルロは自分がこの光弾を受けたらどうなるか、を想像しながら撃っていた。自分ならわずかに防御魔法が揺れる、それくらいの威力に調節した光弾であった。
 しかし、ラルフの防御魔法は「全く」揺るがなかった。

(単純な撃ち合いでは不利、か)

 ならばやるべきことは――頼るべきものは決まっている。経験と技だ。
 すかさずカルロは手に魔力を込め、光弾を発射した。
 それは単発では無かった。カルロは先と同じ威力の光弾を連射した。
 ラルフが展開する防御魔法にカルロの光弾が次々と着弾する。
 ラルフの視界が曇るほどの数であったが、結果はやはり同じであった。
 ここでカルロは一度手を止め、ラルフからの攻撃を待った。
 そして、ラルフはカルロが期待した通りの反撃を行った。
 それは同じ連射。しかもその光弾のいずれもがカルロが放ったものよりも高い威力を有していた。
 これをカルロは防御魔法で受け止めた。
 この時、カルロの防御魔法は少し揺らいだが、突破される気配は感じられなかった。
 しばらくして、ラルフは手を止めた。
 直後、待っていたかのようにカルロは即座の反撃に出た。
 直前にラルフが放ったのと同じ威力の光弾の連射。
 結果はやはり変わらず。が、ラルフの反応が違っていた。
 ラルフは即座に反撃した。カルロがそうしたように。
 防御魔法で受けて反撃する、二人はこの応酬をしばらく続けた。
 その繰り返しは徐々に強く、そして速くなり、防御と反撃の境界線はあいまいになっていった。
 二人の間を光弾が乱れ飛び、土煙と閃光が二人の影をぼかす。
 そんな激しい撃ち合いの中で、カルロは思考を巡らせていた。

(ここまでは良し)

 瞬間、顔面に向かって飛んできた光弾をカルロは防御魔法で受け止めた。
 防御魔法がびりびりと揺れ、その振動が手と周囲の空気に伝わる。
 その威力を、カルロはかつての強敵と比べた。

(全盛期のヨハンより強いな。しかもまだ全力では無いように見える)

 対峙する若者はかつて恐怖を抱いたあの男を凌ぐ力を持っている。
 その事実をはっきりと認識したにもかかわらず、カルロは何事も無く思考を重ねた。

(しかしやはり経験不足か。こちらの誘いに簡単に乗ってくれる)

 カルロは手を出しながら、理想の展開を頭に描いた。

(さて、このまま持久戦で自滅してくれれば助かるのだが)

 このやり取りをカルロは「持久戦」と表現した。
 その認識はラルフも同じであった。
 違うのは、カルロには自分が有利になるように事を運べている自覚があったこと。
 ラルフは手を出していた。それはもう懸命に。カルロを追い詰めようと必死であった。
 激しい応酬をしていると、互いの魔力と体力を比べる持久戦をしていると、ラルフはそう思っていた。
 しかしそれは間違いであった。
 傍目には二人のやり取りの変化は明らかであった。
 はっきりと分かるものから挙げると、カルロは防御魔法をあまり使わなくなっていた。
 カルロは目で反応出来た攻撃に対しては防御魔法を使わず、体捌きだけで避けていた。
 そして次に見て取れる変化は、カルロの攻撃が甘くなったこと。
 頻度が少なくなっており、時折明らかに威力の弱い攻撃が混ぜられていた。
 以上から、カルロが魔力の消耗を抑えるように立ち回っていることは明らかであった。
 だがラルフはそれに気がついていない。土煙と閃光のせいで正面からでは見えにくいというのもあるが、気づけない主な原因はラルフの心に余裕が無いせいである。
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