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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十四話 武技乱舞(6)

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 ヨハンの背を追うバージルの眼前には陣が広がっている。
 ヨハンはその中に逃げ込んだ。
 陣の門はまさに今閉じられつつある。
 門前には多くの兵士が詰め掛けている。締め出されまいと必死なのだ。
 しかし無情にも、その門は彼らを外に残したまま閉ざされてしまった。
 入り損ねた兵士達が門に張り付き、叩き、声を上げる。
 非難の声は重なり、山彦のように広がった。
 バージルは門前に出来たその黒山に対し、光る槍斧を振るった。
 地に水平に放たれた三日月が黒山の中に吸い込まれるように食い込む。
 非難の声が絶叫に変わり、黒山は赤く染まった。
 間を置かずにバージルが水平に振りぬいた槍斧を正面に構える。
 槍先から光る傘を展開し、突撃。
 これに先の一撃を生き残った兵士達が迎撃の光弾を放った。
 が、バージルの足は止まらない。
 光る傘が光弾を次々と弾き返し、先頭に立っていた兵士にその輝く先端が突き刺さった。
 そしてバージルは前と同じく、刺さった兵士の体を投げ捨てるように槍斧を真上に振り上げた。
 同時に放たれた縦の三日月が放り捨てられた兵士の体と、奥にいた二人を切断し、そのまま門に食い込んだ。
 木目に大きな縦の亀裂を作り、裏にかけられていたかんぬきまで切断。
 所詮急ごしらえの門。その木板は決して厚いとは言えず、構造も頑丈とは言えない。
 そしてその衝撃に門は僅かに開いた。
 バージルの眼に陣内の景色が縦細く映りこむ。
 バージルは覗き見えるその光景に向かって左手を突き出した。
 隙間から差し込まれる光を圧倒するかのように、バージルの左手が眩く輝く。
 生み出された光の壁は激しく叩き付けられ、細く開いていた門にとどめを刺した。
 戸板が砕け飛び、木屑が陣内に舞い散る。
 門の向こうには数多くの兵士が待ち受けていた。
 左右には防柵が立ち並んでおり、短いが直線通路になっている。
 侵入者を正面から迎え撃つための構造だ。
 浴びせられた木屑に対してのお返しとばかりに、敵魔法使い達の手から光弾が一斉に放たれる。
 これをバージルは光の壁で受けつつ突進。
 光の壁が敵集団の最前列に並ぶ大盾兵達とぶつかりあう。
 バージルの手に伝わる激しい衝撃。
 しかし構わず、バージルは足に力を込めた。
 これまでと同じように押し破ろうと考えたのだ。
 が、

(?! 止められた!?)

 バージルの足は前に進まなかった。
 それどころか押し返されつつある。
 兵士の密度がこれまでの比では無い。
 そして道幅があまり広くないことも問題だ。左右が障害物になっているため、力の逃げ道が奥にしかない。ゆえに兵士の列を左右に押し広げて破る、ということが出来ないのだ。これを押し通るには目の前にいる全員を奥へ将棋倒しにするしかない。
 背後からは門前にいた兵士達がなだれこんで来つつある。
 マズい。このままだと挟まれ、圧殺される。
 バージルの心に焦りが芽生え始める。
 直後、

「リック!」

 と、真後ろにいたクレアが声を上げた。
 呼ばれたリックが両腕を真上に振り上げる。
 クレアはその空に向けて広げられた息子の両手の平の上に飛び乗るように跳躍した。
 そしてクレアの足裏がリックの手の平に触れた瞬間、

「「はっ!」」

 二人は同時に気勢を発し、クレアは足裏を、リックは両手の平を輝かせた。
 リックの両手から生まれた防御魔法がクレアの体を舞い上げる。
 その跳躍は上に昇ることを重視した鋭利な軌道。
 狙いは、落下点は敵集団の後尾。
 それに気付いた後列の魔法使い達が対空攻撃を放つ。
 その下からの攻撃を、クレアは光る右足で淡々と蹴り払った。
 いとも簡単げに防御された事実から「これは撃ち落せない」と判断した一部の魔法使い達が逃げ始める。
 しかしそれが出来たのは最後尾の者達だけであった。隊列の密度は速やかに動くことが難しいほどに高くなってしまっていた。
 落下点にいる魔法使い達の瞳にあるクレアの像がみるみるうちに大きくなる。
 そしてその姿が彼らの瞳を埋め尽くすほどにまで大きくなった瞬間、

「砕っ!」

 クレアは輝く右足を振り下ろした。
 足裏から防御魔法が展開される。
 重力による加速の力を受けたその光の幕は真下にいるものだけでなく、隣接していた者の頭まで押さえ、そして潰した。
 着地と同時に、脇の下に構えておいた左貫手を三閃。
 傍にいた三人の兵士の体が裂け、血しぶきが舞う。
 その赤が降りかかるよりも早く、クレアは地を蹴り、防柵の上に飛び乗った。
 逃げた分を含めれば十分な人数を減らしたと判断したからだ。
 直後、

「うあぁぁ!」

 クレアの予想通り、バージルを食い止めていた壁は決壊した。
 倒された兵士達が次々と光の壁の下敷きになる。
 何名かはかろうじて轢死を避けたが、

「ぐぇっ!」

 その幸運な者達の命もリックの追い討ちによって消えていった。
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