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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(8)

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 その手の平を目標に向けながら発光させる。
 すると間も無く、光の球の中で新たな光の弾が生まれた。
 しかしその成長は緩慢。
 全方位防御のほうに多くの魔力を割いているからだ。
 だが急ぐ必要は無い。
 相手は変わらず動こうとしていないのだから――

「む?」

 直後、魔王は自身の心に浮かんだ「急ぐ必要は無い」という思いを消した。
 目標が走り始めたのだ。
 走り出したといっても、その速度は徒歩とあまり変わらないが。

「合流するつもりか」

 そして、目標の考えを読み取った魔王はそれを言葉にした。
 事実、少し離れたところにいた味方が駆け出している。
 しかしどちらも遅い。
 これならば合流前に散弾を撃ち込めるだろう。

「……」

 が、魔王はわざと待った。
 笑みを浮かべながら走る二人を眺めた。
 そのほうが面白いと思ったからだ。
 そして、合流した二人は魔王が感じ取った通り、協力して防御魔法を展開した。
 一般人からすれば強力な光の壁。
 しかしそれは、あくまで「一般人」にとっての評価。
 魔王にとっては違う。
 だから魔王はそれを言葉にした。

「良い考えだが、無駄だ」

 同時に防御魔法を一瞬解除し、散弾を発射。
 放たれた暴力は、身を寄せ合う二つの目標をまるで紙くずのようになぎ払った。
 その予想通りの結果に、魔王は満足した様子で口を開いた。

「やはり、二枚抜きになってしまったな」

 そしてそれを見てからようやく、敵は前進を開始した。
 接近しなければ数を減らされ続けるだけであることに気付いたのだ。

「ようやく来るか」

 魔王は待ちくたびれたかのような口調でそう言った。
 喋りながら、魔王は敵の前進速度を計った。

(『速い』やつが五人いるな)

 魔王は「たったの五人か」という思いを抱きながら、丘の方に視線を移した。
 その方向から一際速いやつが来ているからだ。
 共感を使って全員に指示を出しているので隊長格だと思われる。
 そんな重要な人物が最前を走っているのだ。
 味方を鼓舞するためだろうか?
 何にしても我相手にその行動は愚かだ。
 だが、

「……気に入った」

 その勇気は賞賛しよう、魔王は本当にそう思った。
 だから顔をちゃんと見ておこうと思ったのだ。
 すると間も無く、その者は丘の向こう側から姿を現した。
 いや、飛び出した。
 舞い上がる雪煙と共に。
 太陽を背負いながら。

「っ!」

 その後光の眩さに魔王は目を細めた。
 そして、ゆえに魔王は即座に撃てなかった。
 狙いを狂わされたからだ。
 太陽光を利用した『外し』である。
 しかし魔王はそのずれを瞬時に修正し、

(おっと)

 右に跳ぶように『雪を蹴った』。
 いや、それは雪では無かった。
 同時に鳴り響いた、重く硬いものが割れたような音がその証拠。
 それは氷であった。氷に『成って』いた。
 ゆえに、魔王の影は地を蹴った時とさほど変わらぬ勢いで右に流れ始めた。
 直後、直前まで魔王がいた場所に光弾が着弾。
 そして舞い上がった雪柱の高さは、魔王が放った散弾によるそれと同じほどであった。
 魔力が高いからでは無い。射手の速度が乗っているからだ。
 そしてこの光弾は通常の射撃。
 ゆえに、魔王の散弾とは異なり連射が利く。
 右に流れる魔王を追う様に、次々と光弾が飛来。
 しかし当たらない。影に触れるだけ。掠めるだけ。
 傍目には「惜しい」ように見えた。
 残念ながらその考えは間違いであった。
 魔王には相手が放つ攻撃の内容が、威力と速度、その数が分かっていた。
 だから速く、大きく動く必要が無かった。魔王は最小限の回避行動を選べたのだ。
 そして数が分かっているがゆえに、反撃も最速で行える。

「返すぞ!」

 最後の一発が真横を通り過ぎたと同時に、魔王は散弾で反撃した。
 これで終わってくれるなよ、という思いを込めて。
 が、放たれた散弾はその魔王の思いを裏切るかのように、良いものであった。
 集弾性が高く、数も申し分無い。
 だから魔王はすぐに敵の生存に対する期待感を失った。
 しかし直後、

「シャァァッ!」

 独特の雄叫びが空に響いた。
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