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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(21)

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 隊長は反射的にその迫る光に向かって防御魔法を展開した。
 が、

「ぐっ!?」

 爆音と共に隊長の視界が大きく揺らいだ。
 その揺れと共に、受けに使った左手首が折れた感覚が隊長の脳に伝わった。
 ふらついた姿勢を立て直すために膝に力を入れ直すが、足裏が雪の上を滑る。
 そうこうしているうちに人形は再び目の前。
 そうだ。分かっていた。遠距離戦では勝ち目が無い事を。魔王から離れれば離れるほどに不利になることを。
 そして恐らく、引き撃ちに徹すれば魔王はこの遊びを終わらせようとするだろう。
 ならば取れる選択肢は一つ。

(奴の遊びに付き合った上で、奴の望む展開を覆すしか無い!)

 その隊長の心の叫びに、魔王は笑みを返した。
 そして魔王は隊長から視線を外し、

(さて、我は今のうちに狙撃主を排除しておくか)

 この娯楽に水を差す、うっとうしい邪魔者に向かって杖を向けた。
 その直後、魔王の杖が光ったのと同時に、

「シャァァッ!」

 隊長の雄叫びが場に響いた。
 その口が閉じるよりも速く、剣戟の音が鳴り始める。
 何度も何度も。絶え間無く。耳に痛いほどに。

「ラアアアアアああぁッ!」

 しかしそれに負けじと隊長は叫び続ける。
 剣戟の音が響く度に隊長と人形の間で光の粒子が散る。
 隊長が叫び声を上げる度に、人形の姿勢が崩れる。
 剣と剣のぶつけ合いでは今だ隊長に分がある。
 しかし押し切れない。人形がふらつく度に生ずるその隙を突くことが出来ない。
 分身がその隙を埋めるように手を、時に足を、増やし、時に伸ばし、反撃してくるからだ。
 そしてこの反撃方法は奇抜の一言。時に胸から手が伸びてきたりする。
 だが、鋭くなった隊長の感覚はそれら変幻自在の反撃を全て見切り、光の盾で受け止めていた。
 しかしその度に隊長の姿勢はわずかに崩されていた。
 手首が折れたせいで支えが効かなくなったからだ。偽者の軽い攻撃でも盾がふらつく。
 単純な力のぶつけ合いでは隊長に分があるが、手数では人形の方が勝る。
 そしてその天秤は完全な五分であった。
 時に少し傾くが、すぐに水平に戻る。
 完全な拮抗状態。
 先に体力が尽きた方が終わる、隊長はそう考えていたが、

「っ!?」

 その考えが甘いことを、隊長は左肩に走った衝撃とともに知った。
 再びの横槍、魔王が放った光弾であった。
 そしてその光弾には意思が込められていた。着弾と同時に、痛みとともに声が頭の中に響いた。
 それは「膠着状態などつまらん」という内容であった。
 体勢を崩した隊長に分身の重さ無き拳が、蹴りが襲い掛かる。
 次々と隊長の体に打ち込まれ、流れる紫電がその身を焦がす。
 受け止めることは出来なかった。そうしなかった。出来なかった。それよりも受けるべきものがあった。
 それは人形が放つ曲刀の一撃。
 電流に身を焼かれながらも、隊長はその光る刃を叩き払い、時に受け流し続けた。

「あぐっ!」

 そこへ魔王の光弾が再び着弾。
 よろめく体に分身の容赦無い追撃が次々と打ち込まれる。
 大きく崩れ、千鳥足になる隊長の足。
 それでも隊長は致命の一撃を避け続けた。人形が放つ斬撃をいなした。
 しかし状況は良くならない。魔王も手を止めない。
 さらなる追撃の光弾で隊長の視界が大きく傾く。
 魔王は楽しんでいる。隊長を少しずつ追い込んで遊んでいる。そしてこれを邪魔していた狙撃主はもう全滅した。光弾からそう伝わってくる。
 しかし隊長の意識は魔王の方には傾かない。
 ただ必死に、体勢を立て直すことを考えている。滑る足裏を止めようと、必死に膝に力を込めている。
 そして隊長の感情は一色に染まっている。

(まだだ、まだ……っ!)

 不屈の闘志が彼の心を埋め尽くし、燃えている。
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