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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(19)

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 ルイスはすぐにそれらしいものを見つけた。
 本能の近くに大量の虫のような「部品」が転がっている。
 これだ、とルイスは思った。
 専用の虫を送り込んで解析させる。
 すると答えはすぐに明らかになった。

(やはりな)

 当たりであった。混沌の部品では無い。こいつらが実行犯だ。
 一つ一つの部品に意味は無いが、上手く繋げるとシャロンの闘争本能に問題を起こす厄介な組織と化す。
 点検時には闘争本能の回路から離れ、ばらばらになってやり過ごしていたのだろう。
 その仕組みの精巧さは芸術に見えたが、ルイスは淡々と攻撃用の虫を送り込み、それらを破壊した。

(とりあえず破壊は完了、と)

 しかしこれで問題が解決したわけでは無いことをルイスは分かっていた。
 同じ攻撃をされれば、また同じ問題が再発してしまうからだ。防御を強化しなくてはならない。
 それはつまり、シャロンを「改造」するということ。本人の性格に影響が出る可能性が高い。
 ルイスがそれを伺うよりも早く、分かっていたシャロンは答えた。

「構わないわ。ただし、戦闘に関わる部分は慎重にお願い。弱くなるようなことはしないで」

 これにルイスは、

「……」

 分かったと、即答することが出来なかった。
 難しいからだ。
 そもそも、問題の根源は「第四の存在が戦うことを嫌がっている」ことである。
 これを完全に解決しようと思ったら、第四の存在からの攻撃が二度と起きないようにしようとするならば、シャロンを「元の彼女」に戻すしか無い。
 それは出来ない。それに、元の彼女がどうであったか、元の神経回路がどうなっていたか、実はもう覚えていない。
 ならば今後も攻撃を受け続けるのが前提となる。
 対処法は一応ある。だが、それはこれまでにも「調整」としてやってきたことだ。
 ゆえにルイスは肯定の返事では無く、警告を口に出した。

「シャロン、これまでに何度も言ったが、この体は私がちゃんと『厳選』したものじゃない。都合の良い身分や立場であったから、電撃魔法の素質も備えていたから、ただそれだけで君が選んだものだ」

 これにシャロンは、

「……」

 ただ、沈黙を返した。
 そしてその無言に感情が無い事を感じ取ったルイスは言葉を続けた。

「この体は気質に関しては全く戦闘に向いていない。このような問題が起き、それが徐々に深刻化していくことも最初に言ったはずだ。……シャロン、正直に言おう。この体と君の関係は、もう限界に近い」

 ルイスのこの警告は本心からのものであった。

「……」

 しかしシャロンは先と同じ沈黙を返した。
 そしてしばらくしてシャロンは口を開いた。

「……別に構わないわ。あと一回戦えればそれでいい」

 独り言のように漏れたその言葉に、ルイスが「あと一回?」と理由を尋ね返すと、シャロンは答えた。
 次の仕事は派手なものになるかもしれないことを。
 その仕事でアランを始末するつもりであることを。
 そしてそれがこの体での最後の仕事になる可能性が高いことを、奴らの味方のフリを続けることが限界に近いことを、自身の推測とともに答えた。
 シャロンが述べたそれらの言葉にルイスは、

「……」

 全て沈黙を返した。
 ルイスは考えていた。
 そのアランはいま自分の教会にいる。
 アランがまだ生きているということは、シャロンはまだアランの正確な位置を掴んでいないということ。つまり、ここに来たばかりであるということ。
 ならば教えてあげようか、とルイスは一瞬思ったが、

「……」

 やめておくことにした。
 アランは自分と何か話したいことがあるらしいから、それを済ませてからでもいいだろう、と思った。
 それに正直なところ、シャロンが身を置いている戦いは自分にとってはどうでもいいことだ。
 はっきりいって、この「調整」も長い付き合いから生じる義理感だけでやっていること。
 そしてこの作業は徹夜になるかもしれない。
 面倒くさい。明日はつらそうだ。

「……ふう」

 直後、その思いがため息となってルイスの口から漏れた。
 ルイスはシャロンに対して心を開いていない。脳波を抑え、虫に心を読まれないように監視している。
 対するシャロンもルイスの心を読もうとはしていない。「調整」を受ける側であるゆえに、失礼にあたる恐れのある行為を避けているだけだが。
 それでもそのため息に込められている思いは分かった。
 だからシャロンは口を開いた。

「……面倒くさいのは分かるけど、ちゃんとやってよ?」

 これにルイスは「分かってる。信じろ」と、少し怪しい返事を返しながら意識を再びシャロンの頭の中に向けた。
 ため息を吐いたせいか、幾分か気が楽になっていた。
 それにあと一回だけでいいのであればどうにでもなる、という気持ちも湧き上がっていた。
 普段は以前よりも大人しく、しかし戦闘時の気質は以前通りに、そうなるように条件付けしてみよう。効果があるかどうかは正直知らないが、もしかしたら上手くごまかせるかもしれない。

「……」

 そう決めたルイスは、淡々と作業を進めた。
 その手つきは慣れたものであった。勝手知ったる我が家のように、シャロンの頭の中の構造を理解しているからだ。
 だから他のことを考える余裕があった。

(そういえば……)

 あの時、シャロンが放った虫は私のそばにいたアランを認識出来ていなかった。
 本当にシャロンは焦っていたのだろう。だから虫に余分な機能を持たせられなかったのだ。
 そしてあの虫は本当にうるさかった。「早く、速く」と叫び続けていた。

(まったく、都合の良い時に呼ばれる方の身にもなってほしいものだ)

 シャロンが私のように自分で調整出来ればこんな煩わしい思いをせずに済むのだが。
 ならば、教えてみるか?

(……いや、それはそれでかなり面倒だな)

 ルイスは自分がこの技術を習得するのにどれだけの時間を要したかをすぐに思い出した。
 同時に、懐かしい記憶も奥底から浮き上がってきた。
 それは苦い記憶でもあった。

「……」

 ゆえに、ルイスの手は止まった。
 それは一瞬であったが、何かあったのかと心配になったシャロンは口を開いた。

「どうしたの? 何か、私の頭の中でマズいことでもあった?」

 これにルイスは首を振って答えた。

「いいや、そうじゃない。ちょっと昔を思い出しただけだ」

 これに興味を抱いたシャロンは尋ねた。

「……昔? そういえば私、会う前のあなたのことをあまり知らないわ。良ければ話してくれない?」

 その言葉に引っかかるものがあったルイスは尋ね返した。

「あまり? あまりってどういうことだ?」

 シャロンに昔のことを話したことはほとんど無い。だが、まるでそれ以上知っているかのような口ぶりだ。
 自分の心を、記憶を盗み見たのだろうか、ルイスはそう思ったが、シャロンは少し違う答えを述べた。

「『あいつ』から聞いたのよ。少しだけね」

 その確認のために、寝ているルイスの記憶をこっそり覗いたことはあるのだが、それは黙っておくことにした。
 そしてルイスは『それ』が蜘蛛の化け物のことを指していることを、聞き返さずとも理解した。
 ゆえにルイスは、「ああ、あいつか」と、何かをあきらめたかのような言葉を漏らした。
 そういえば『あいつ』はどこにいるんだろうか。シャロンを探していたはずだが。
 ルイスがそう思った瞬間、

「呼んだかい?」

 と、『あいつ』の声が魂に響いた。
 これに二人は、

「「!?」」

 同時に同じ表情を浮かべた。
 近くにいたことに全く気が付かなかったからだ。
 そしてその声の発生源は――

((下?!))

 ゆえにシャロンとルイスは同時に下を向いた。
 すると『あいつ』は地面の中から染み出すように、這い出るように、二人の目の前に姿を表した。
 人の形を成しながら。
 そしてその人の形をしたものは、シャロンに向かって口を開いた。

「久しぶりだねシャロン」
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