上 下
334 / 586
第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十三話 試練の時、来たる(25)

しおりを挟む

   ◆◆◆

 眠れぬルイスに対し、当のアランはベッドの中に入っていた。

「……」

 アランは夢を見ていた。
 その舞台は、アランが目指す理想をそのまま描いたかのような世界であった。
 無能力者と魔法使いが穏やかに暮らしている。
 アランは仲間達と共に、その甘い世界を眺めていた。

「……」

 特に話すことは無かった。見ているだけで満足だった。
 のだが、

「素晴らしいですね。ですが、」

 直後、隣にいたクラウスが声を上げた。

「これは所詮一時のもの、砂の城かもしれませぬな」

 これにアランが「なぜ?」と尋ねると、クラウスの形を取っている何かは答えた。

「また悪い奴が滅茶苦茶にしてしまうかもしれません」

 これにアランは反論した。簡単にそうならないようにこうするつもりだと。
 しかしその答えにクラウスの形をした何かは表情を変えず、再び口を開いた。

「そうですね。ですがアラン様、摂理というものは意外なところから平和というものに亀裂を入れてくるのです」

 それは何だ、とアランが尋ねると、何かは答えた。
 人間の社会に深く関わっている摂理は、強弱関係だけでは無いと。
 全てが有限である、食べなければ生きていけない、このような自然のルールはどこにでも付き纏ってくると。
 平和は死を遠ざけ、人口を増やし、生産と消費を増やす。
 しかしその中には必要では無いものも含まれる。人の欲がそうさせる。平和から生ずる退屈がそれを掻き立てる。
 悪人もすぐにそこに気付く。そして必ずその隙に付け入ってくる。
 隙の無い強さを備えるのは、本当に難しいことである。
 何かはそう言った上で、次のような言葉で締めくくった。

「所詮、平和というものは次の戦いまでの準備期間に過ぎないのかもしれませぬ」と。

 その言葉が響き渡った直後、夢の世界は一変した。
 そして新たに広がった舞台、それは戦場であった。
 何かはその過酷で苛烈な舞台に向かって声を響かせた。

「欲に振り回され、準備を怠ったものは……」

 何かはそこで言葉を止めた。
 言う必要が無かった。
 そして、アランはこれに対しても自分の意見を述べようとした。
 が、その瞬間、

「自分の体とばかり話していないで、僕とも話してみないかい?」

 聞いたことの無い声が、夢の中に響いた。

   ◆◆◆

「あいつ……」

 直後、教会にいるルイスが声を漏らした。
 ナチャがアランと接触したのを虫で察知したのだ。
 ナチャの返事は快諾では無かった。「考えておく」というはっきりしないものであった。
 しかし言われた通りにやるつもりであることをルイスは感じ取っていた。
 なのに曖昧な返事をした理由、それに気付いたルイスはそれを言葉にした。

「使い走りに行く前に、品定めをするつもりだな……?」

 ナチャには収集癖があった。魂を集めることを趣味にしているのだ。
 しかし魂ならば何でもいいわけでは無い。価値に上下が存在する。
 普通では無い人生を歩んだものは価値が高くなる傾向にある。
 しかしその価値観は、判断基準はやはり曖昧だ。
 だから観察する。記憶を覗く。時に話しかける。
 それはどういうことか。ルイスはそれも言葉にした。

「アランはこれからあいつに付きまとわれることになるかもな」

 人はいつか死ぬ。ナチャはそれを待つ。
 一生監視されるようなものだ。
 はっきりいって非常にうっとうしい。苦痛と言えるほどに。
『自分もそうだったから』よく分かる。

「……」

 それを思い出したルイスは表情を重いものに変えながら、二人のやり取りに意識を研ぎ澄ませた。
しおりを挟む

処理中です...