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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十五話 伝説との邂逅(19)

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   ◆◆◆

「う……」

 そして最初に声を上げたのはある兵士だった。

「ぐ、……あ」

 痛みをこらえながら体を動かし、もがく。
 だが下半身が動かない。瓦礫がかぶさっている。
 視界は黒一色。
 あれからどれくらい経ったのか。時間の感覚が無い。
 自分は意識を長く失っていたのか、それとも僅かな時間朦朧としていただけなのか、それすらも曖昧。
 自由の利く両手を使い、重く硬い布団を除去していく。
 しばらくして、下半身に自由が戻る。
 自分の両足は潰れていなかった、その事実は勇気となり、声となった。

「……誰か?! 返事をしてくれ!」

 その響きは闇に吸い込まれるかのように思えたが、

「ここだ! ここにいる! 手を貸してくれ!」

 返ってきた言葉に、兵士は飛び跳ねるように立ち上がった。
 それは瓦礫の屋根に頭をぶつけかねない軽率な動きであったが、幸いなことに、今の天井はそこまで低いわけでは無いようであった。
 助けを求める者の位置はすぐに分かった。
 駆け寄り、手を差し伸べる。
 その時、兵士は気付いた。
 なぜこの暗黒の中で、自分は迷わずに駆けつけられたのかを。
 感知が機能し始めている。
 だが弱い。
 それはつまり、

(アラン様が?!)

 共感の発信源が、アランの意識がどこかで覚醒し始めているということであった。

   ◆◆◆

 ――アラン。

「……っ」

 誰かに呼ばれたような感覚と共に、アランの目は開いた。
 が、その意識はうつろ。
 体の自由は無い。少し動かしただけで障害物にぶつかる。
 挟まれている右腕はびくともしない。
 しかし痛みは少ない。
 そしてその痛みは軽くなってきている。
 兵士達が瓦礫を除去してくれている。
 その事実と感覚に安堵を覚えながら、アランは感知を強め、周囲を探った。

(他のみんなは?)

 仲間を探す。
 最初に見つかったのはアンナとクラウスだった。
 二人は小さな隙間の中で寄り添っていた。
 そしてその空間を作り出してしたのは、柱となっていたのはアンナの長剣。
 中ほどで曲がってしまったその剣が二人の命を支え続けていた。
 次に見つかったのはクリス。
 自身の後方、壁際に埋まっている。
 掘り出してやらねばいつか酸欠死する状態。
 位置も良くない。瓦礫の除去の順番を誤ればたちまち崩落してしまう繊細な場所。
 そして、そのクリスから壁沿いに右、岩によって支えられた空間の中にリックがいた。
 母の死体の傍に寄り添うように倒れている。

(他の者達は?)

 思っていたよりも被害は少ないように見えた。
 下に柱となる瓦礫が多くある状態で、玉座の間の天井が比較的原型を留めたまま落ちてきたからだろう。
 そして部屋の状況を、形状をさらに詳しく調べようと感知を広げた瞬間、

「「「!」」」

 瓦礫の除去作業を行う兵士達の手が同時に止まった。
 兵士達の心の奥底から冷たい感情が湧きあがる。
 それは瞬時に共有され、膨れ上がった。
 背筋が凍るほどに。
 間違いであってくれ、あいつは瓦礫の下敷きになって死んだ、そう言ってくれと、誰かが願った。
 しかしその願いは届かなかった。
 広間の入り口側、そこにある闇の中に、女は立っていた。
 どうする? と誰かが問う。

「「「……」」」

 しかし誰も答えられない。
 しばらくして、その無音に、

(マズい……!)

 アランの悲痛な叫びが虚しく響いた。
 このままでは、誰かが何とかしなくては、成す術もなく全滅することは明らか。
 しかしなぜ全滅するのかを、アランはより具体的に理解していた。
 アランは見抜いていた。女がすぐには動けないことを。動けたとしても精彩を欠くことを。
 だが、「誰か」が何かをやらなければ、時間がいたずらに流れるのみ。
 そして、女に時間を与え続けることは、それすなわち自殺行為。
 破滅の未来を変える手はただ一つ。
 アランはそれを、

(『誰か』――!)

 願うように叫んだ。
 すると直後、

「!?」

 アランの心にまたしてもあの感覚が、喪失感が湧きあがった。
 そして、今度ははっきりと分かった。
 自分の体の中から「何か」が抜け出していったのを。

(いや――)

 即座にアランは自身の言葉を訂正した。

(「何か」じゃ無い、これは――)

 間違い無く『誰か』だ、人格の存在を感じる、アランがそう心の中で言葉にした直後、

「!」

 その誰かは、カルロの親衛隊の一人の中に、最初に声を上げた兵士の中に入った。
 そしてその誰かは、兵士の中で眩しく輝いた。アランにはそのように感じられた。
 その輝きは炎となり、

「……復唱しろ!」

 兵士の口を開かせた。
 突然の言葉に全員が戸惑う。
 だが、全員が耳を傾けた。
 その声には炎が、勇気が含まれていた。
 その熱き感覚は次々と伝播し、皆の心に火を灯していった。
 そして、兵士はさらに声を響かせた。

「我々炎の近衛兵は一族の長の剣であり、そして――」

 それがアランのことを指しているのは明らかであった。
 そして、その言葉の続きは言われずとも皆よく知っていた。
 それは、今自分達がやるべきことであった。
 それを自覚した瞬間、火は炎となり、全員の口を開かせた。

「「「盾である!」」」

 声が響いたと同時に、除去作業をしていた者の何人かが、自発的にアランの元に駆け寄り、庇うように立ち並んだ。
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