Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十九話 懐かしき地獄(4)

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   ◆◆◆

 そして遠方からアランが見守る中、戦いはゆっくりと始まった。
 開始の合図の派手さとは対照的に、静かな始まり。
 クリス達は相手が近付いてくるのを待っている。射程に入るのを待っている。
 クリス達は溝の中に隠れているため、ガストン軍からは見えない。
 そしてガストン軍の兵士達はどこに潜んでいるか分からないクリス達を警戒していた。
 警戒心が兵士達の足を遅くしている。
 その牛歩のような歩みに対し、クリスは、

(……さっさと来い)

 そんなことを思った後、笑みを浮かべた。
 本当に可笑しかったからだ。
 子供の頃は戦いが嫌で仕方無かった。
 父を失い、覚悟が決まっても恐怖が消えることは無かった。
 なのに、今ではどうだ。
 自分はこの戦いを待ち望んでいた。そして今、楽しいと本気で感じている。

(どうしてこんなにも変わった?)

 ふと湧いたその疑問の答えは、すぐに浮かび上がった。
 自信があるからだ。
 以前は違った。勝てるかどうか分からない戦いばかりだった。地獄のような死線を何度もくぐらされた。
 だから敵を恐ろしいと感じていた。
 しかし今は違う。逆なのだ。
 今は自分が相手に恐怖を与える側なのだ。地獄を見せつける側なのだ。

「……ふふっ」

 その答えに、クリスはとうとう笑い声をこぼした。
 そしてその声がそばに控えるクラウスの耳に入ったのとほぼ同時に、敵の最前列が射程内に入った。
 だからクリスは笑みを顔に貼り付けたまま、

「攻撃開始!」

 叫び声を場に響かせた。
 クリスの兵士達が一斉に溝の中から顔を出し、敵部隊に向かって光弾を発射する。
 ガストン軍の兵士達はこれを大盾や防御魔法で受け止めた。
 数発の同時着弾を浴び、盾を破られた者達が倒れる。
 その苦痛の声を聞きながら兵士達が反撃を放つ。
 しかし既にクリス達の姿は無い。既に頭を引っ込めてしまっている。
 放たれた光弾が虚しく地面に着弾。
 その直後、クリス達は再び顔を出し、光弾を放った。
 ガストン軍の兵士達が再び倒れる。
 再び反撃を放つも結果は同じ。
 そしてガストン軍の総大将はこの二度の攻防で自軍の不利を悟った。
 総大将は気付いた。相手は地の利を作ったのだと。

 地の利とはすなわち、安全なところから一方的に攻撃出来る地形、または相手を強制的に不利な隊形にしてしまう地形のことである。
 前者は崖上などの高所や森、後者は狭い谷間の通路などが代表的である。

 クリスは前者の地形を作ったのだと、総大将は判断した。
 それは正解であった。
 だが、

(残念だが、)

 それだけでは無いことを、クリスは心の声で述べた。
 感知能力者特有の利点がこの戦術に発揮されていた。
 顔を出す時間が短いのだ。
 なぜなら、狙いが既に定まっているからだ。
 クリスが感知した情報が共有されているため、溝の中に身を隠している状態でも相手の位置を把握出来ている。
 兵士達は光弾を投げるためだけに顔を出しているのだ。肩に自信がある者は腕だけしか出していない。
 それ以外の時間は大地という強固な盾に守られることになる。
 どちらが不利なのかは馬鹿でも分かる。だからガストン軍の総大将はすぐに気付くことが出来た。
 しかし対応策まですぐに思いつくかは別だ。
 ゆえに、

「……っ」

 ガストン軍の総大将は暫しの間、兵士達の悲鳴を聞きながら歯をかみ締めることになった。
 そして耳に入る悲鳴が焦りを生む直前になってようやく、一つの手が浮かんだ。
 総大将は即座にそれを叫んだ。

「弓兵部隊、前進! 上から狙え!」

 横からの攻撃はほぼ有効打にならない、ならば上から雨のように攻撃を降らせることが出来る弓兵ならば、総大将はそう思い、指示を出した。

「大盾兵と魔法使いは壁を作って援護しろ!」

 そしてその指示は悪く無いように思えた。
 だから兵士達は即座に反応した。
 弓兵達が空を仰ぐように弓を上に向ける。
 大盾兵と魔法使い達が最前に並ぶ。
 そして盾と防御魔法が隙間の無い壁を形成した直後、弓兵達は引き絞った力を解放した。
 一斉に放たれた矢が弧を描き、雨のように塹壕に降り注ぐ。

(どうだ?)

 総大将は願うようにその成果を期待した。
 が、

「っ!」

 直後放たれたクリス達の反撃に、総大将は顔をしかめた。
 反撃がまったく弱まっていない。
 それはつまり、相手の数が減っていないということ。矢が当たっていないということ。
 だが、今の総大将にはこの手しか無かった。
 ゆえに、

「ひるむな、撃ち続けろ!」

 そう叫ぶことしか出来なかった。
 言われるまでも無く、弓兵達が矢を放ち続ける。
 されど反撃は緩まない。緩む気配が無い。
 何度撃ち合っても、被害が増すのは自軍ばかり。
 なので総大将はその原因を考えざるを得なかった。

(思っていたよりも深い? そのせいで矢が当たってない?)

 それは至極普通な考え方であり正解であったのだが、一つ、総大将は大事なことに気付けなかった。
 クリス達が矢に対して光の盾をかざすなどの防御行動を一切取っていないことだ。
 これも感知によるものである。矢の軌道が分かっているからだ。当たる心配がまったく無いと分かっているからなのだ。
 しかし総大将は気付けない。感知のことを知らない。
 だから、総大将は自身の常識に基づいて思考を積み重ねることしか出来なかった。
 ゆえに、総大将が直後に発した新たな指示は至極普通のものであった。

「全軍前進! もっと接近しろ!」

 矢の雨の角度をもっと急勾配にするためと思われる指示。
 それはこの状況を変えるにはあまりにも弱すぎる手であるのだが、兵士達にもその判断がつかないため、従うしか無かった。
 弓兵達の足が、彼らを守る壁が前に進み始める。
 当然、距離が詰まれば光弾の集弾率が増し、被害が加速する。
 だが、直後、

(良し!)

 総大将が待ち望んでいた変化が遂に表れた。
 クリス達が遂に防御魔法を展開したのだ。
 しかし、

「!?」

 同時に反撃も受けた。
 されど、その反撃は直前までのものと比べると火力が落ちているように見えた。
 その理由はすぐに分かった。
 クリスが部隊を二列に分けたのだ。
 前列が矢を受ける囮となり、後列がひたすらに反撃を行う形。
 それを見た瞬間、総大将は「もしや」と思った。
 総大将は即座にその思いを指示に変えた。

「全軍、さらに前進!」

 すると、総大将の予想は的中した。
 前進に対しクリス達が後退したのだ。
 陣地を死守する意思が感じられない、総大将はそう思った。
 ゆえに、総大将は即座に続けて声を上げた。

「全軍、突撃しろ!」

 これに、兵士達は戸惑う様子を見せた。
「なぜ?」という疑問がその足に、目に表れていた。
 だから、総大将は目を合わせながらその理由を叫んだ。

「乗り込むのだ! あの強力な陣地を奪い取れ!」

 そしてその叫びは、この現状を打破するのに最も有効な手であるように思えた。
 兵士達の目から疑問の色が消える。
 そしてその顔に希望と勇気の色が滲に始めると同時に、総大将は再び声を上げた。

「隊列は気にしなくていい! 走れ!」
「「「雄応ッ!」」」

 戦場に勇敢なる者の気勢が響き、その爪先が前に飛び出す。
 それから数瞬遅れて、各部隊長が発した「「前進ーーッ!」」という叫び声が、兵士達の足音と混じって戦場を揺らした。
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