Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い

第十四話 兄妹(1)

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   ◆◆◆

   兄妹

   ◆◆◆

 その頃、カルロが離れた平原の方はどうなっていたのかというと――

「か、勝った……」

 逃げる敵軍の背を前に、アンナは肩で息をしながらそう呟いた。
 剣を杖代わりにしたい衝動に駆られたが、他の者に弱った自分の姿を見せることを嫌ったアンナは、少しふらつきながらも剣を鞘(さや)に収めた。
 アンナは収めた剣の柄(つか)を握ったままその場に立ち尽くし、呼吸を整えた。そしてその息の乱れが静まる頃、自身に近づいてきた馬蹄(ばてい)の音にアンナは振り返った。

「さすがはカルロ将軍の御息女。『炎の剣士』の名にふさわしい見事な戦いぶりだったぞ」

 そこには騎馬隊を引き連れたレオン将軍の姿があった。

「レオン将軍……ありがとうございます」

 その額に汗を滲ませながら、アンナはレオン将軍に言葉を返した。

「だいぶお疲れの様子。早く陣に戻って休んだほうがいい」

 レオンは後ろに控えている兵士に向かって声を上げた。

「誰か馬を持て! アンナ様を陣にお連れするのだ!」

 この言葉にレオンのすぐ傍にいた兵士の一人が動いた。馬を下りた兵士はアンナの前に跪き、その馬を差し出した。
 疲弊(ひへい)しきっていたアンナはこの好意を素直に受けることにした。

「では御好意に甘えさせて頂きます」

 兵士に小さな礼を返しながら馬に跨ったアンナは、そのままレオンと共に帰陣した。

    ◆◆◆

 アンナ達が一息ついたのも束の間、一週間後には彼女達の姿は再び戦場にあった。
 このような連戦をアンナ達はここ一月ほど続けていた。カルロがアンナの元を離れて以来、敵の攻撃は激しさを増していた。
 そしてこの戦いもアンナ達の勝利に終わった。敵は数こそ多かったが、「精鋭」と呼べるような強者の姿はその中には無かった。
 陣への帰り道、アンナは疲弊しきった体を引きずりながらカルロが残した言葉を思い出していた。

 父はここを去る前、自分にこう言った。

「アンナ、お前は将来私と共にこの国を支える人間にならねばならぬ。かつて私の兄がそうであったようにな。
 これよりしばらくの間この平原はお前に任せる。私が去ればこの平原は間違い無く激戦区になるだろう。これは『試練』だと思え。この激戦を乗り越えられるかどうかがお前の人生にとって一つの『分岐点』となるはずだ」

 父が残した『試練』という言葉、これが今のアンナを支えていた。これを乗り越えれば何かを得られる、そんな根拠の無い希望がアンナの根底にあったからだ。
 父の兄――伯父上殿もまた今の自分と同じような激戦をくぐり抜けてきたのだろう。兄との訓練で体力を鍛えたのは正解だった。あれが無ければこの激戦に自分の体は耐えられなかっただろう。

 アンナは既に世を去った伯父に敬意を抱きつつ、陣へと足を進めていった。

   ◆◆◆

 一週間後――
 新たな敵の襲来に、アンナ達はまたも戦場に駆り出された。
 しかしその敵の陣容はこれまでとは違っていた。
 まず目についたのが先頭中央に配された騎馬隊であった。後ろには大きな軍旗を掲げた総大将と思われる部隊があり、その両翼には大盾兵を前面に配した部隊が並んでいた。
 それは騎馬隊を先頭に配した凸型の突撃陣形のように見えた。そう判断したレオンは全軍に指示を出した。

「敵の狙いはおそらく騎馬による突撃だ! これは我が騎馬隊で迎え撃つ! 他の部隊は我が隊の両翼に就き、突撃してきた敵騎馬隊を挟みこめ!」

 レオンは自身が率いる騎馬隊に向かって声を上げ、活を入れた。

「久しぶりの騎馬戦だ! 皆の者、気合を入れよ!」

 これに騎兵達は気勢を上げ、その闘志の高さを示した。部隊の士気の高さを確認したレオンは再び声を上げた。

「これより前進を開始する! だが慌てるな、ぎりぎりまで馬の足を温存しろ!」

 ゆっくりと前進するレオン達に対し、敵は動く気配を見せなかった。
 彼らは待っていた。レオン達が近づいてくるのを。
 もっと正確に言えば彼らは動かなかったのでは無い、動けなかったのだ。

   ◆◆◆

 敵軍の後列中央にある大きな軍旗を掲げた部隊、その中心に、車椅子に座る一人の少女の姿があった。
 その車椅子の少女は戦場には似つかわしくない長いスカートを履いていた。
 よく見ると、少女のスカートの裾からは本来覗いて見えるべきものが無かった。
 少女には足が無かった。しかしこの少女こそ、この軍を率いる総大将であった。
 少女は気丈な顔つきをしていたが、迫るレオンの軍を前にその肩は震えていた。

(怖い……)

 そんな少女の心を察したのか、横に立っていた青年は少女の肩に手を置きながら声を掛けた。

「エレン、そんなに心配しなくても大丈夫。練習通りにやるだけでいいんだから」

 親しき者の言葉に勇気づけられた少女エレンは、小さな笑みを返した。

「はい……ありがとう、お兄様」

 その青年はエレンの兄であった。彼は不自由なエレンを支えるため、彼女の傍についていた。

「自信を持ってエレン。君は強い子なのだから。作戦通りにやれば必ず勝てる」

 兄の言葉に根拠は無い。だがこの場はそれでいいのだろう。根拠の無い自信でも戦えないよりはマシである。
 そしてこの兄の言葉は彼が期待した通りの効果を生んだ。エレンの心を少しだけ強くし、その体の震えを止めたのだ。
 エレンは力強い眼差しを兄に返した後、その目を再びレオン達の方に向けた。

   ◆◆◆

 対峙する両軍の距離は少しずつ縮まっていった。そして先に仕掛けたのはレオンの方であった。
 
「全軍突撃!」

 号令と共にレオンの騎馬隊が突撃を開始した直後、敵の騎馬隊も同様に走り始めた。両騎馬隊は気勢を上げながら手綱を振るい、馬を加速させていった。
 双方の距離は一気に縮まっていった。レオンは敵が自身の射程に入る頃、声を上げた。

「最高速に達したと同時に左に旋回しつつ攻撃!」

 言いながら、レオンは馬の勢いを乗せた光弾を敵騎馬隊の「足元」に向けて放った。後続の騎兵達もこれに続いた。
 これに対し敵騎馬隊は光弾で反撃しつつ回避行動を取った。敵はレオン達から見て反対方向である右に進路を変えたためお互いの距離は再び離れた。
 この攻防は双方の騎兵を数体転ばせただけで、大した成果は上がらなかった。

 この世界における騎馬戦は度胸試しのような駆け引きがあった。
 馬の加速を乗せた光魔法の威力は驚異的である。並みの魔法使いが放った光弾であっても、至近距離であれば大盾兵を軽々と吹き飛ばせるほどだ。
 しかも馬の勢いに応じて射程も伸びる。こう聞くと利点しか無いように思えるが、実は大きな欠点も抱えている。
 それは防御が困難であるということだ。よほどの使い手でなければ、馬の足先まで覆うほどの防御魔法を展開することはできない。
 ゆえに「馬の足元」を狙われれば簡単に倒される。前の馬が倒されれば後続も巻き込まれて転倒する可能性が高いため、たった一撃で部隊が壊滅することもあった。
 そんな欠点を抱えているためか、この世界での騎馬隊の戦い方は射程を生かした遠距離からの狙撃が一般的であり、敵に突っ込むのは速攻を狙うときくらいであった。
 では射程という優位性が消える騎馬隊同士の戦い、いわゆる騎馬戦はどうなるのかというと、先のレオンが見せたような射程ぎりぎりからの撃ち合いになるのがほとんどであった。よって騎馬戦は意外にも派手なぶつかり合いになることは滅多に無く、消耗戦になるのがほとんどであった。
 そんな騎馬戦において射程が長い魔法使いというのは、味方にいればとても心強く、敵にいればとてつもない脅威となる存在であった。実際、この世界で騎兵に最も求められていた素養は馬術では無く魔法の射程であった。
 ゆえに光弾の射程が長く馬術にも秀でるレオンが騎馬隊の長を務めるのは至極道理に適っており、彼の天職であると言えた。

 レオンは騎馬隊を旋回させながら声を上げた。

「もう一度同じ攻撃を仕掛ける! ただし今度はもう少し引き付けるぞ!」

 だがその時、レオンを驚愕させる事が起こった。

「!」

 あまりに急な出来事にレオンは声を上げることができなかった。
 それは前方から飛んできた光弾であった。高速で飛来したその光弾は部隊の脇腹に突き刺さった。
 直後、馬の悲鳴と大きなものが派手に転倒する音が部隊に響き渡った。レオンは咄嗟に振り向き被害のほどを確認した。
 幸いにも倒された騎兵は数体ほどであった。これにレオンは安堵したが、その心には恐怖が沸き出しつつあった。

(今の光弾はどこから撃たれたものだ!?)

 レオンはその光弾の発射地点を咄嗟に判断できなかった。敵の騎馬隊から放たれたものでは断じて無い。今の光弾はもっと遠方から撃たれたものだ。
 その光弾はまたすぐに襲い掛かってきた。先と同様に後続の騎兵達がなぎ倒されたが、レオンはその発射地点を見つけ出すことに成功していた。

(あそこか!)

 その発射地点、それは敵騎馬隊の後方に控える敵総大将の部隊であった。

   ◆◆◆

 レオンが睨み付けるその部隊の中央、そこには車椅子の上で両手を前に突き出したまま固まっているエレンの姿があった。
 エレンの顔には緊張が色濃く表れていたが、少女は自身の放った光弾がちゃんと命中したことに若干の安堵を覚えていた。

「その調子」

 傍にいるエレンの兄はそう言いながらぼろぼろになった皮手袋を脱ぎ捨てた。
 その手の平は皮が裂け、血が滲んでいた。しかしエレンの兄はそんなこと気にしていないかのように新しい皮手袋をその手にかぶせた。

「さあ、休み無く次の攻撃を」

 兄はエレンの傍に跪き、突き出された彼女の両手の前に自身の両手を添えた。そしてエレンの後ろに控えていた数名の兵士が彼女の肩と車椅子を押さえた。
 間も無くエレンの両手が激しく発光し始めた。その光の眩さは彼女の魔力が強大であることを示していた。
 続いてエレンの兄も同様にその両手に魔力を込めた。エレンの輝きに比べれば遠く及ばないが、皮手袋をはめたその両手は確かに発光していた。
 そしてなんと兄はその両手でエレンの手から放出されている光を「押さえつけた」。
 兄の両手はエレンの光を完全に包み隠したが、こんなことをしてただで済むはずが無かった。エレンの光は兄の両手を押し破らんと激しく抵抗し、その両手を削っていった。
 しかし兄は自身の手に激痛を覚えながらもその拘束を解こうとはせず、何かを待つかのようにじっと耐えていた。
 そしてその表情に苦悶の色が浮かび始めた時、兄は突然声を上げた。

「今だエレン、魔力を爆発させて!」

 兄の声に従い、エレンはその両手に力を込めた。エレンの光がさらに強くなった瞬間、兄はその両手の拘束を解いた。
 直後、解き放たれたエレンの光魔法は大きな発射音と共にレオンの騎馬隊に向かって飛んでいった。

 エレン、彼女は精鋭魔道士級の魔力を有していたが多くの欠点も抱えていた。
 足が不自由なだけでは無い。彼女は自力で光弾を形成することもできなかった。
 他人の手を借りなければ満足に移動することも、光弾を発射することもできない。ゆえに彼女は精鋭魔道士として認められていなかった。
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