Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十二話 武人の性(1)

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   ◆◆◆

  武人の性

   ◆◆◆

 ラルフがカルロを倒してから二週間後、その情報を偵察兵から聞いたサイラスは、顎に手を当てながらじっと考え込んでいた。
 その視線の先には偉大なる大魔道士の聖地がある。
 つい先ほど、リックと思われる部隊がそこへ駆けていった。
 故郷がヨハンに襲撃されているのを耳にして急いで戻って来たのだろう。

(リックがヨハンを倒してくれるのであればそれで良し。駄目ならば……)

 サイラスはもしもの時の事を、自身で手を下さねばならなくなった場合の事を想像した。
 どうやってやるべきか、様々な状況を思い浮かべながら、それぞれに対して最適な選択肢を頭の中に用意する。
 考えながら、サイラスの手は自然と動いていた。
 空気をこねるかのように、手を滑らかに、そして何度も開閉させる。
 サイラスの想像は佳境の場面を迎えていた。
 サイラスの脳裏には命乞いをするヨハンの姿が描かれていた。
 さて、これをどうするか? どうしたいのか?
 サイラスの手が強張る。
 瞬間、

「っつ!」

 手の平に走った熱く鋭い痛みに、サイラスは目を細めた。
 見ると、手の平には小さな火傷が出来ている。
 興奮のあまり電撃魔法を暴発させてしまったようだ。
 サイラスは傍目にはわからないほどにゆっくりと深呼吸をしながら手を握り、火傷の跡を隠した。
 爪が火傷に食い込む。
 疼くような痛みが生まれ、手から腕に伝わる。
 その鈍い痛みが、サイラスにはなぜかとても甘美なものに感じられた。

   ◆◆◆

 同時刻、偉大なる聖地のほぼ真南に位置する町の宿屋に、一人の女が泊まっていた。
 借りた部屋の窓際に腰を下ろし、外を眺めている。



 その雰囲気は妖美。
 しかしその眼差しはどこか暗く、重く、そして鋭い。
 どうやら、女は何も見ていないようであった。
 往来に人が通っても、瞳が全く動いていないからだ。
 まるでどこか遠くを見ているかのようであった。
 しばらくして、部屋の中にノックの音が響いた。
 女が「どうぞ」と答える。
 眼差しの重さとは違い、その声は透き通っていた。

「失礼します」

 女の美しい声に合わせるかのように、はっきりとした声を出しながら一人の男が入室する。
 男は女の前で跪き、口を開いた。

「ラルフがカルロを倒しました」

 女が視線を外から男に向けながら口を開く。

「死んだの?」

 男は首を振った。

「いえ、片足を失っただけのようです」

 答えながら、男は怯えていた。
 男は女の視線を恐れていた。
 瞳から感情が全く読めない。まるで人形のようであるが、無垢とは違う。その眼は確かに相手の心を覗いており、そして何か得体の知れない感情を奥深くに湛えている。
 まさに恐ろしいの一言。心を一方的に読まれているような感じがする。
 男は頭を深く垂れながら、女の言葉を待った。
 しばらくして――

「そう」

 と、女はやけにあっさりとした返事を返した後、視線を窓の外に戻した。
 終わったのだろうか、そんな事を考えながら男が胸をなでおろすと、女は外を見ながら再び口を開いた。

「彼は……サイラスはどうしてる?」

 男は身を強張らせながら答えた。

「偉大なる者の聖地の前から動いていないようです」

 予想通りだったらしく、女は表情をまったく変えずに口を開いた。

「そう。やっぱりここで仕掛ける気のようね。ラルフがカルロを倒したことは彼の耳にも入ったでしょうし」

 女は一呼吸分の間を置いてから、男を横目で一瞥し、口を開いた。

「下がっていいわ。監視に戻ってちょうだい」

 待ちかねていた開放の宣言に男は一礼を返した後、部屋から出て行った。

「……」

 男がいなくなった後、女は髪をいじり始めた。
 その様は遊んでいるようにも、考え事をしているようにも見えた。
 しばらくして女の手が止まった。
 どうやら枝毛を見つけたようだ。
 直後――パチリ、という音が髪を持つ女の指から鳴った。
 はらりと、切断された枝毛が床の上に落ちる。
 切られた箇所が丸みを帯びていることから、焼き切れているようであった。

 一瞬であったが、それは見えた。
 音が鳴った瞬間、小さいが確かに、そして間違いなく、女の指から紫電が生まれていたことを。
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