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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十七話 炎の槍(1)
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◆◆◆
炎の槍
◆◆◆
翌日――
街は緊張に包まれていた。
が、そのぴりぴりとした空気の発生源は市民では無く兵士だった。
民家の中に人の気配は無い。住民達は街の奥に避難させられていた。
兵士達はその無人になった家の陰に身を隠しながら、眼前に広がるリーザの部隊を睨みつけていた。
その兵士達の中にはクラウスの姿があった。
クラウスは一兵士としてこの戦闘に駆り出されていた。
あの日からクラウスは一日たりとも休んでいない。数日前までは暴動の鎮圧に走り回り、ここ二日はリーザ迎撃のための準備を行っていた。
どこを振り返ってみても、ただの兵士として扱われているとしか思えない。
捕虜としてはかなりおおざっぱな扱いだ。逃げようと思えばいつでも逃げられる。
だがクラウスは当然そうしない。主人であるアランの身をおびやかすようなことはしない。
サイラスはそれを分かっている。だからこのように扱っているのだ。クラウスがいなくなってもどうでもいいと考えている節もある。
「……」
クラウスは黙ってリーザの部隊を見つめていた。
その傍に仲間らしき者の姿は無かった。周囲には数多くの兵士達がいるが、みな明らかにクラウスから距離を取っていた。
クラウスはこれまでほとんど単独行動のような扱いを受けていた。
それはこの戦いでもそうなのだろうと、クラウスが考えていたその時、
「おや? 貴殿は……」
背後から掛けられた声に、クラウスは振り返った。
するとそこには見知った顔があった。
クラウスはその名を思い出すことが出来なかったが、幸いにも相手の方が続けて口を開いてくれた。
「貴殿はもしや、クラウス殿では?」
相手は自分のことを知っているようであったが、やはり思い出すことが出来なかったクラウスは尋ねた。
「そうですが……貴方は?」
名を問われた男は胸に手を当てながら答えた。
「私はケビン。あなたが私のことを覚えていないのは無理も無い。戦場で数度共闘しただけですから。ですが、私は貴殿とアラン殿があの『救出作戦』に参加してくれたことについて今でも感謝している」
『救出作戦』、その言葉がかつて孤立したクリス達を救うために行われたものを指していることに気付いたクラウスは、すぐにそれを声に出した。
「思い出しました。確か、あの作戦では奇襲部隊の隊長を務めておられましたな」
これにケビンは頷きを返しながら口を開いた。
「ええ。あれから四年、またこうして共に戦うことになるとは、まことに奇妙なめぐり合わせですな」
これにはクラウスも頷きを返した。
そう、あれからもう四年経つ。
その間ケビンはどうしていたのか。
クラウスはその疑問を声に出した。
「しかし……あなたはどうしてここに?」
間を置きながらクラウスは慎重に尋ねた。なぜなら今のケビンは捕虜には見えないからだ。
ということは、我々を裏切って敵の軍門に下った可能性があるということ。
だから慎重になったのだ。
「……」
そしてケビンはクラウスの警戒心を察した。
が、ケビンはかまわず口を開いた。
「ええ、実は――」
ケビンはここに至った経緯を少し軽い調子で語り始めた。軽い気持ちで話せる内容では無いのだが、クラウスの警戒心を消すためにあえてそうした。
◆◆◆
一方――
リーザもまたクラウス達と同じように、正面を睨みつけるように見つめていた。
「……」
しかしその顔には迷いと疑惑の色が浮かんでいた。
なぜなら、
(聞いた話と状況が違いすぎるわね……)
からだ。
(情報ではヨハン様の部隊が抗戦しているはずだったんだけど……そんな気配は全く感じられない)
リーザは眉間に浅くしわを寄せながら思考を重ねた。
(精鋭に匹敵するといわれているヨハンの私兵部隊が負けるとは思えないのだけれど……)
しかし街はどう見ても占領されている。
その事実からリーザは状況を予想した。
(もし、街を守っていたヨハン様の部隊が負けたのだとすれば、反乱軍は相当に強力であるということになる。……もしくは、何らかの理由でヨハン様の部隊が街を離れ、その隙を突かれた? ……ありえそうだけれど、本当のところはわからないわね)
正解は後者なのだが、今のリーザにはその考えを選ぶ根拠となる情報が無い。
だからリーザは無難な選択肢を選んだ。
(……手持ちの兵糧も少なくなってきているから、この街で補給しないとすぐに厳しくなる。とりあえず、今はこの街を反乱軍から取り戻すことだけを考えたほうが良さそうね。軽く攻撃してみて、勝ち目が無さそうだったらすぐに離脱する、この作戦でいきましょう)
方針が決まったリーザは振り返り、兵士達に向かって声を上げた。
炎の槍
◆◆◆
翌日――
街は緊張に包まれていた。
が、そのぴりぴりとした空気の発生源は市民では無く兵士だった。
民家の中に人の気配は無い。住民達は街の奥に避難させられていた。
兵士達はその無人になった家の陰に身を隠しながら、眼前に広がるリーザの部隊を睨みつけていた。
その兵士達の中にはクラウスの姿があった。
クラウスは一兵士としてこの戦闘に駆り出されていた。
あの日からクラウスは一日たりとも休んでいない。数日前までは暴動の鎮圧に走り回り、ここ二日はリーザ迎撃のための準備を行っていた。
どこを振り返ってみても、ただの兵士として扱われているとしか思えない。
捕虜としてはかなりおおざっぱな扱いだ。逃げようと思えばいつでも逃げられる。
だがクラウスは当然そうしない。主人であるアランの身をおびやかすようなことはしない。
サイラスはそれを分かっている。だからこのように扱っているのだ。クラウスがいなくなってもどうでもいいと考えている節もある。
「……」
クラウスは黙ってリーザの部隊を見つめていた。
その傍に仲間らしき者の姿は無かった。周囲には数多くの兵士達がいるが、みな明らかにクラウスから距離を取っていた。
クラウスはこれまでほとんど単独行動のような扱いを受けていた。
それはこの戦いでもそうなのだろうと、クラウスが考えていたその時、
「おや? 貴殿は……」
背後から掛けられた声に、クラウスは振り返った。
するとそこには見知った顔があった。
クラウスはその名を思い出すことが出来なかったが、幸いにも相手の方が続けて口を開いてくれた。
「貴殿はもしや、クラウス殿では?」
相手は自分のことを知っているようであったが、やはり思い出すことが出来なかったクラウスは尋ねた。
「そうですが……貴方は?」
名を問われた男は胸に手を当てながら答えた。
「私はケビン。あなたが私のことを覚えていないのは無理も無い。戦場で数度共闘しただけですから。ですが、私は貴殿とアラン殿があの『救出作戦』に参加してくれたことについて今でも感謝している」
『救出作戦』、その言葉がかつて孤立したクリス達を救うために行われたものを指していることに気付いたクラウスは、すぐにそれを声に出した。
「思い出しました。確か、あの作戦では奇襲部隊の隊長を務めておられましたな」
これにケビンは頷きを返しながら口を開いた。
「ええ。あれから四年、またこうして共に戦うことになるとは、まことに奇妙なめぐり合わせですな」
これにはクラウスも頷きを返した。
そう、あれからもう四年経つ。
その間ケビンはどうしていたのか。
クラウスはその疑問を声に出した。
「しかし……あなたはどうしてここに?」
間を置きながらクラウスは慎重に尋ねた。なぜなら今のケビンは捕虜には見えないからだ。
ということは、我々を裏切って敵の軍門に下った可能性があるということ。
だから慎重になったのだ。
「……」
そしてケビンはクラウスの警戒心を察した。
が、ケビンはかまわず口を開いた。
「ええ、実は――」
ケビンはここに至った経緯を少し軽い調子で語り始めた。軽い気持ちで話せる内容では無いのだが、クラウスの警戒心を消すためにあえてそうした。
◆◆◆
一方――
リーザもまたクラウス達と同じように、正面を睨みつけるように見つめていた。
「……」
しかしその顔には迷いと疑惑の色が浮かんでいた。
なぜなら、
(聞いた話と状況が違いすぎるわね……)
からだ。
(情報ではヨハン様の部隊が抗戦しているはずだったんだけど……そんな気配は全く感じられない)
リーザは眉間に浅くしわを寄せながら思考を重ねた。
(精鋭に匹敵するといわれているヨハンの私兵部隊が負けるとは思えないのだけれど……)
しかし街はどう見ても占領されている。
その事実からリーザは状況を予想した。
(もし、街を守っていたヨハン様の部隊が負けたのだとすれば、反乱軍は相当に強力であるということになる。……もしくは、何らかの理由でヨハン様の部隊が街を離れ、その隙を突かれた? ……ありえそうだけれど、本当のところはわからないわね)
正解は後者なのだが、今のリーザにはその考えを選ぶ根拠となる情報が無い。
だからリーザは無難な選択肢を選んだ。
(……手持ちの兵糧も少なくなってきているから、この街で補給しないとすぐに厳しくなる。とりあえず、今はこの街を反乱軍から取り戻すことだけを考えたほうが良さそうね。軽く攻撃してみて、勝ち目が無さそうだったらすぐに離脱する、この作戦でいきましょう)
方針が決まったリーザは振り返り、兵士達に向かって声を上げた。
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