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第一話 太陽に照らされて目覚めるエイジ(9)

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   ◆◆◆

 だが、その日から何かが変わった。

「なあ、アレやってきたか?」

 いつも通りのある休み時間、前の席の男友達がまるで何かの探りを入れるかのように話しかけてきた。
 いや、実際のところ探りをいれていたのだろう。自分と同じ仲間がいないか探しているのだ。
 しかし何のことを言っているのかわからなかった俺は素直に聞き返した。

「アレってなんのことだ?」

 これに、友達は少し嬉しそうな顔で答えた。

「数学の宿題のことだよ! 今日の五限目に提出だぞ!」

 しまった、俺はそう思った。そしてそれは顔に出てたと思う。
 だから俺は正直に白状した。

「ヤバい。完っ全に忘れてた」

 その期待していたであろう俺の答えに、友人はやはり嬉しそうな顔をした。
 しかし俺はそれどころでは無かった。

「昼休みにやるしかないか」

 憂鬱だ。俺は心の中でため息を吐いた。
 が、直後、

「影野くん」

 なんと、彼女が声をかけてきた。
 そして彼女はお見舞いの時と同じように、ノートを差し出しながら言った。

「これ使っていいわよ」

 それはつまり、宿題を写させてくれるということか? などと俺はまぬけな質問をしそうになったが、彼女はそんな俺のまぬけ顔を、違う意味で受け止めていた。
 だから彼女は言った。

「この前のお礼。だから気にしないで」

 何のお礼だ? 危うく俺は聞き返しそうになった。
 その言葉は彼女なりの自己防衛なのだ。
 周りから変な目で見られたくない、そのための予防線なのだ。
 それに気付いた俺は、ただ一言、

「おう、サンキュー」

 とだけ返した。

 このように彼女と話す機会が増えた。彼女から話しかけてくることが多くなった。
 いまのような宿題の写し合いや、先輩からもらった過去問の共有なんてことも自然にやるようになった。
 そしてただの雑談までするようになった。
 女子と雑談したことなんて無かったが、特に緊張はしなかった。

 そう、普通で自然だ。それが当時の俺にはとても素晴らしいことに感じられた。
 腐ってた自分が普通になれた、その実感が嬉しくてしょうがなかった。

 そして同時に知った。互いに敬意を払い合える、そんな関係を築くことが何よりも重要で素晴らしいことなのだと。
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