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惰眠2.村一番の惰眠好き
8.惰眠第一人者≠怠惰・後編
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(―――そうか、そういうことだったのか!)
瑠璃は昨日の紅雪の言葉を思い出し、一人、頷いた。
「紅雪ちゃん、昨日、麦穂を立たせる術をしたとき、『しゅよほどけよ』って言ってたよね。『しゅ』は『呪』、呪いを解くってことだったんだね?」
「瑠璃、お前は妙なことを記憶しておるのぅ。じゃが、その通りじゃ」
「待ってください!」
大声を上げたのは、容疑者の妹、香琳だった。
「そんな、お兄ちゃんが、そんな恐ろしいことをするなんて、信じられません。証拠でもあるって言うんですか!」
睨みつけるような眼差しに、紅雪は肩を竦めた。隣の瑠璃にしか聞こえないほどの小さい声で「これも一因じゃな」と呟く。
「香琳。それでは、その兄の部屋へ行き、血を吐いて倒れた爺さまの名が書かれているものを探してみるがよい。そんなものが見つからなければ、わしは前言を撤回しよう」
「分かりました。私、探して来ます!」
くるり、と背を向けて走り出した香琳に、呆然としたままの父と兄の視線が向けられる。
「瑠璃、お前も行くがよい。ただし、邪魔にならぬよう後ろから見守るだけでよいぞ」
「あ、うん、分かった」
紅雪は再び茶をすする。ぬるくなってしまっているが、立ち尽くしたままの父子を見るよりは有意義な待ち方だ。
(さて、どうするか)
紅雪は横目で英修を窺った。瑠璃が急かすものだから、彼にどのような処罰を与えるべきか決めないままに、こうしてやって来てしまったのだ。
英修がひねくれたきっかけには興味はなかった。どうせ独創性もないような理由だろう。
(跡取り息子にふさわしく、鍛えなおすのが一番か)
自分に自信を持ち、よくできた妹への劣等感を軽減できれば大丈夫だろう。
あとはその手段だけだ。
◇ ◆ ◇
「で、それっぽいものを運んで来たんだけど、どれが呪いの道具なんだい?」
瑠璃が運んできたものは、怪しげな符で封をされた壷、大きく書かれた円にミミズののたくったような模様が書かれた紙、円と三角を奇妙に組み合わせた模様が描かれたトカゲの干物、人を模した薄っぺらい木の板、赤く謎の記号が塗られた銅鏡、その5つだった。共通点は、どれにも倒れた祖父の名が書いてあるということ。
「瑠璃はどれと予想する?」
「えー、紅雪ちゃん、そりゃないよ。……まぁ、素人目に見れば、この紙かな。円の中に五角形でしょ。稲が倒れたのも五箇所だって聞いてるし。ただねー、僕の勘は、これ以外がヤバいって言ってるんだよねー。っていうか、ホントは運んで来たくもなかったんだよ」
一緒に運んできた香琳はショックを隠せないようで、ぎゅっと自分の両腕を抱えるようにしている。
紅雪は、悪びれる様子のない英修に視線を向けた。
「これら全てが呪具。そうじゃな、英修?」
その言葉に、「全部が正解って、ありなの?」と瑠璃が反論する。
「正確には、瑠璃の言った紙は既に使用済じゃ。残りはいつ使う予定だったのか分からんが、全てに名前を書くとはよほど頭に血が上っておったようじゃのぅ」
「何を根拠に、これが呪いだって言うんですか!」
反論したのは、疑いをかけられている英修本人ではなく、その妹だった。
「確かに、見た目は怪しいかもしれませんけど、お兄ちゃんが呪いなんて、しかもおじいちゃんを呪うなんて、ありえません!」
香琳はぐっと拳を握り締め、紅雪を睨みつけた。
女子供には憎まれたくないがの、と紅雪は小さく口にする。
「それでは香琳。そこに書いてある名前、すべてお前の名前に書き換えても構わぬな?」
ヒィッと小さく悲鳴を洩らしたのは、父親の守永だ。
「そ、そんな恐ろしいこと……。香琳、やめなさい。赤雪姫様がおっしゃることに間違いはない」
「お父さんは、お兄ちゃんが言いがかりをつけられても何とも思わないの? 構いません、赤雪姫様。どうぞ、名前を書き換えてください」
意見を変える様子のない香琳に、瑠璃があちゃー、と額に手を当てた。僅か10才とは言え、怖いもの知らず過ぎる。
「……やめろよ」
ぽつり、と呟いたのは英修。
「よかろう香琳。だが、一度、呪いが発動すれば血を吐くだけでは済まぬかもしれぬぞ。それでもよいな?」
「呪いなんてありませんから、大丈夫です。私はお兄ちゃんを信じてるんだから」
紅雪は哀しげに微笑んだ。
(その行為こそが、兄を苦しめる一旦だと気付かぬものかのぅ)
紅雪の白く細い指先が、並べられた壷に伸ばされる。
「やめろってんだろ!」
室内に、男の声が響き渡った。
瑠璃は昨日の紅雪の言葉を思い出し、一人、頷いた。
「紅雪ちゃん、昨日、麦穂を立たせる術をしたとき、『しゅよほどけよ』って言ってたよね。『しゅ』は『呪』、呪いを解くってことだったんだね?」
「瑠璃、お前は妙なことを記憶しておるのぅ。じゃが、その通りじゃ」
「待ってください!」
大声を上げたのは、容疑者の妹、香琳だった。
「そんな、お兄ちゃんが、そんな恐ろしいことをするなんて、信じられません。証拠でもあるって言うんですか!」
睨みつけるような眼差しに、紅雪は肩を竦めた。隣の瑠璃にしか聞こえないほどの小さい声で「これも一因じゃな」と呟く。
「香琳。それでは、その兄の部屋へ行き、血を吐いて倒れた爺さまの名が書かれているものを探してみるがよい。そんなものが見つからなければ、わしは前言を撤回しよう」
「分かりました。私、探して来ます!」
くるり、と背を向けて走り出した香琳に、呆然としたままの父と兄の視線が向けられる。
「瑠璃、お前も行くがよい。ただし、邪魔にならぬよう後ろから見守るだけでよいぞ」
「あ、うん、分かった」
紅雪は再び茶をすする。ぬるくなってしまっているが、立ち尽くしたままの父子を見るよりは有意義な待ち方だ。
(さて、どうするか)
紅雪は横目で英修を窺った。瑠璃が急かすものだから、彼にどのような処罰を与えるべきか決めないままに、こうしてやって来てしまったのだ。
英修がひねくれたきっかけには興味はなかった。どうせ独創性もないような理由だろう。
(跡取り息子にふさわしく、鍛えなおすのが一番か)
自分に自信を持ち、よくできた妹への劣等感を軽減できれば大丈夫だろう。
あとはその手段だけだ。
◇ ◆ ◇
「で、それっぽいものを運んで来たんだけど、どれが呪いの道具なんだい?」
瑠璃が運んできたものは、怪しげな符で封をされた壷、大きく書かれた円にミミズののたくったような模様が書かれた紙、円と三角を奇妙に組み合わせた模様が描かれたトカゲの干物、人を模した薄っぺらい木の板、赤く謎の記号が塗られた銅鏡、その5つだった。共通点は、どれにも倒れた祖父の名が書いてあるということ。
「瑠璃はどれと予想する?」
「えー、紅雪ちゃん、そりゃないよ。……まぁ、素人目に見れば、この紙かな。円の中に五角形でしょ。稲が倒れたのも五箇所だって聞いてるし。ただねー、僕の勘は、これ以外がヤバいって言ってるんだよねー。っていうか、ホントは運んで来たくもなかったんだよ」
一緒に運んできた香琳はショックを隠せないようで、ぎゅっと自分の両腕を抱えるようにしている。
紅雪は、悪びれる様子のない英修に視線を向けた。
「これら全てが呪具。そうじゃな、英修?」
その言葉に、「全部が正解って、ありなの?」と瑠璃が反論する。
「正確には、瑠璃の言った紙は既に使用済じゃ。残りはいつ使う予定だったのか分からんが、全てに名前を書くとはよほど頭に血が上っておったようじゃのぅ」
「何を根拠に、これが呪いだって言うんですか!」
反論したのは、疑いをかけられている英修本人ではなく、その妹だった。
「確かに、見た目は怪しいかもしれませんけど、お兄ちゃんが呪いなんて、しかもおじいちゃんを呪うなんて、ありえません!」
香琳はぐっと拳を握り締め、紅雪を睨みつけた。
女子供には憎まれたくないがの、と紅雪は小さく口にする。
「それでは香琳。そこに書いてある名前、すべてお前の名前に書き換えても構わぬな?」
ヒィッと小さく悲鳴を洩らしたのは、父親の守永だ。
「そ、そんな恐ろしいこと……。香琳、やめなさい。赤雪姫様がおっしゃることに間違いはない」
「お父さんは、お兄ちゃんが言いがかりをつけられても何とも思わないの? 構いません、赤雪姫様。どうぞ、名前を書き換えてください」
意見を変える様子のない香琳に、瑠璃があちゃー、と額に手を当てた。僅か10才とは言え、怖いもの知らず過ぎる。
「……やめろよ」
ぽつり、と呟いたのは英修。
「よかろう香琳。だが、一度、呪いが発動すれば血を吐くだけでは済まぬかもしれぬぞ。それでもよいな?」
「呪いなんてありませんから、大丈夫です。私はお兄ちゃんを信じてるんだから」
紅雪は哀しげに微笑んだ。
(その行為こそが、兄を苦しめる一旦だと気付かぬものかのぅ)
紅雪の白く細い指先が、並べられた壷に伸ばされる。
「やめろってんだろ!」
室内に、男の声が響き渡った。
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