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惰眠4.惰眠仙女の引継書
4.伝達のお役目・後編
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日頃の彼女を知るものが見れば、思わず目をこすって二度見したくなるような形相で、星瑛がやってきた。
「まぁ、星瑛! ここから様子を窺わせていただきましたが、凛とされていてすばらしい立ち居振る舞いでしたわ!」
「ありがとうございます、桜莉様。ですが、今はこの猫娘と話をさせてください」
指名を受けた猫娘は、小さく首を傾げた。
「のぅ、星瑛。気になっておったのだが、その『猫娘』とはわしのことかえ?」
「もちろんですよ。あなたの所業は年のいった猫に似ていますから。特に飼いならされてしまって、エサが出てくるのを待っているだけの老猫なんてそっくりです」
「……ふむ、睡眠時間については、当たらずとも遠からずだのぅ。星瑛もなかなか粋な例えをするものよ」
皮肉を皮肉と受け取られないもどかしさに、老婦人は拳を握り締めてぷるぷると震わせた。
「星瑛。わしは桜莉を神祇伯の後継に推すが、異論はあるまいな?」
いきなり真面目な話を振られた星瑛だったが、取り乱すようなことはなかった。彼女の緩急激しい話題の転換には、もはや慣れてしまっているのだ。それに、最初に紅雪の口から名前が挙がった時から、察しはついていた。
「異論はございません。桜莉様とも意気投合されたようですし、皇妹のお立場があれば、多少なりとも案件を押し通しやすいでしょうし」
今回のようなゴリ押しも、高貴な血筋があるとなしでは大違いだろう。残念ながら、星瑛自身、それほど血筋が良いわけでもない。今でこそ重ねた実績で仕事もやりやすくなっているが、昔は本当に大変だった。
「ふむ。では、わしは仙女として託宣をして回るとしよう。星瑛は、あちらの軍隊編成や費用試算が終わるまでは、それほど忙しくもないのであろう? 桜莉に仕事の段取りを教えてやるといい」
それだけ言うと、紅雪はパタリ、と卓に突っ伏した。
その行動に、危うく星瑛の血管がぶちっと切れそうになる。
「……桜莉様、最初のお仕事です。この猫娘を隣の仮眠室に運んでくださいな」
この室にたった1つしかない卓を占領されては、事務仕事や引継ぎもままならない。
そういえば自分の初仕事も同じだったと過去の記憶が呼び覚まされ、星瑛は頭痛を感じて低く呻いた。
◇ ◆ ◇
『―――桜莉様を神祇官にいただけないでしょうか』
光り輝く仙女様が出現したのは、摂政、関白、太政大臣や左右大臣など、政治を行うトップ中のトップが集まった房である。もちろん、御簾の向こう側には皇帝陛下も同席していた。
「せ、仙女様でいらっしゃいますか?」
最初に声を上げたのは、太政大臣だ。本来、下に左右大臣を抱える地位ではあるが、彼は左右大臣のどちらか片方をその地位に上げるわけにいかないが故の、間に合わせの人材だった。正直、日々を胃の痛みとの格闘に費やす不幸な人物である。
『大事な会議にお邪魔をしてしまい、大変申し訳ありません』
慈愛に満ちた仙女の声に、太政大臣が「と、とんでもございません」と恐縮の体を見せる。
「桜莉を、神祇官に?」
『えぇ、当代陛下。妹君をゆくゆくは神祇伯とさせていただきたいのです』
皇帝陛下の言葉に頷いた仙女の言葉に、居並ぶ高官が視線で会話をした。さすがと言うべきか、ざわざわこそこそと耳打ちや小声での相談はない。
「陛下。わたくしどもには、仙女様のご意見に反対する理由はございません」
摂政・玄羽が代表して奏上するが、皇帝からの即答はない。
「―――神祇伯となれば、夫を持つことは許されないのだろうな」
しばらくして、ぽつり、と御簾の向こう側から苦悩を含む声がした。
『いいえ、それは違います。代々の神祇伯は妻や夫を持たない選択をしたまでのこと。そこに戒めはございません』
居並ぶ大臣達は、そういうものなのか、と納得しつつ、桜莉もおそらく結婚はしないだろうな、と何となく思う。破天荒な桜莉の直接の被害には遭っていないが、嘆願書等は目を通している身分だ。とても彼女を御せる男はいないだろう。皇妹という高い身分に生まれながら、今だどこにも嫁していないのが何よりの証拠だ。今後もおそらくそんな希有な男は現れまい。
「なれば、余に拒む理由はない。本人が良しとするなら、な」
光輝に満ちた仙女が、深々と御簾に向かって頭を下げた。
仙女は人の地位に膝を屈するものではないが、この灯華国において、皇帝だけは別である。実際の力関係はともかくとして、仙女は皇帝の傍らに寄り添う対等な者なのだ。
『ありがとうございます。当代陛下。どうか今後も良き選択を』
仙女は感謝の意を述べると、その場から天井をすり抜けるように空へ昇り、視界から消えた。
「……あれが、仙女、ですか」
太政大臣が畏怖と感動を含め、震えた声で呟いた。
最後に口にした「良き選択を」という言葉が、如実に彼女の立ち位置を表していた。要は「悪政を敷くようならとっとと代替わりさせるぞ、タコ」ということだ。建国の頃より、そのスタンスが変わらないことに、ぞっとさせられる。
「話を戻しましょう。避難先の選定と食料配給量についてでしたな」
摂政が声をかけると、どこかふわふわとしていた空気が一気に引き締まった。
仙女の前で、下手な手を打つわけにはいかないのだから。
「まぁ、星瑛! ここから様子を窺わせていただきましたが、凛とされていてすばらしい立ち居振る舞いでしたわ!」
「ありがとうございます、桜莉様。ですが、今はこの猫娘と話をさせてください」
指名を受けた猫娘は、小さく首を傾げた。
「のぅ、星瑛。気になっておったのだが、その『猫娘』とはわしのことかえ?」
「もちろんですよ。あなたの所業は年のいった猫に似ていますから。特に飼いならされてしまって、エサが出てくるのを待っているだけの老猫なんてそっくりです」
「……ふむ、睡眠時間については、当たらずとも遠からずだのぅ。星瑛もなかなか粋な例えをするものよ」
皮肉を皮肉と受け取られないもどかしさに、老婦人は拳を握り締めてぷるぷると震わせた。
「星瑛。わしは桜莉を神祇伯の後継に推すが、異論はあるまいな?」
いきなり真面目な話を振られた星瑛だったが、取り乱すようなことはなかった。彼女の緩急激しい話題の転換には、もはや慣れてしまっているのだ。それに、最初に紅雪の口から名前が挙がった時から、察しはついていた。
「異論はございません。桜莉様とも意気投合されたようですし、皇妹のお立場があれば、多少なりとも案件を押し通しやすいでしょうし」
今回のようなゴリ押しも、高貴な血筋があるとなしでは大違いだろう。残念ながら、星瑛自身、それほど血筋が良いわけでもない。今でこそ重ねた実績で仕事もやりやすくなっているが、昔は本当に大変だった。
「ふむ。では、わしは仙女として託宣をして回るとしよう。星瑛は、あちらの軍隊編成や費用試算が終わるまでは、それほど忙しくもないのであろう? 桜莉に仕事の段取りを教えてやるといい」
それだけ言うと、紅雪はパタリ、と卓に突っ伏した。
その行動に、危うく星瑛の血管がぶちっと切れそうになる。
「……桜莉様、最初のお仕事です。この猫娘を隣の仮眠室に運んでくださいな」
この室にたった1つしかない卓を占領されては、事務仕事や引継ぎもままならない。
そういえば自分の初仕事も同じだったと過去の記憶が呼び覚まされ、星瑛は頭痛を感じて低く呻いた。
◇ ◆ ◇
『―――桜莉様を神祇官にいただけないでしょうか』
光り輝く仙女様が出現したのは、摂政、関白、太政大臣や左右大臣など、政治を行うトップ中のトップが集まった房である。もちろん、御簾の向こう側には皇帝陛下も同席していた。
「せ、仙女様でいらっしゃいますか?」
最初に声を上げたのは、太政大臣だ。本来、下に左右大臣を抱える地位ではあるが、彼は左右大臣のどちらか片方をその地位に上げるわけにいかないが故の、間に合わせの人材だった。正直、日々を胃の痛みとの格闘に費やす不幸な人物である。
『大事な会議にお邪魔をしてしまい、大変申し訳ありません』
慈愛に満ちた仙女の声に、太政大臣が「と、とんでもございません」と恐縮の体を見せる。
「桜莉を、神祇官に?」
『えぇ、当代陛下。妹君をゆくゆくは神祇伯とさせていただきたいのです』
皇帝陛下の言葉に頷いた仙女の言葉に、居並ぶ高官が視線で会話をした。さすがと言うべきか、ざわざわこそこそと耳打ちや小声での相談はない。
「陛下。わたくしどもには、仙女様のご意見に反対する理由はございません」
摂政・玄羽が代表して奏上するが、皇帝からの即答はない。
「―――神祇伯となれば、夫を持つことは許されないのだろうな」
しばらくして、ぽつり、と御簾の向こう側から苦悩を含む声がした。
『いいえ、それは違います。代々の神祇伯は妻や夫を持たない選択をしたまでのこと。そこに戒めはございません』
居並ぶ大臣達は、そういうものなのか、と納得しつつ、桜莉もおそらく結婚はしないだろうな、と何となく思う。破天荒な桜莉の直接の被害には遭っていないが、嘆願書等は目を通している身分だ。とても彼女を御せる男はいないだろう。皇妹という高い身分に生まれながら、今だどこにも嫁していないのが何よりの証拠だ。今後もおそらくそんな希有な男は現れまい。
「なれば、余に拒む理由はない。本人が良しとするなら、な」
光輝に満ちた仙女が、深々と御簾に向かって頭を下げた。
仙女は人の地位に膝を屈するものではないが、この灯華国において、皇帝だけは別である。実際の力関係はともかくとして、仙女は皇帝の傍らに寄り添う対等な者なのだ。
『ありがとうございます。当代陛下。どうか今後も良き選択を』
仙女は感謝の意を述べると、その場から天井をすり抜けるように空へ昇り、視界から消えた。
「……あれが、仙女、ですか」
太政大臣が畏怖と感動を含め、震えた声で呟いた。
最後に口にした「良き選択を」という言葉が、如実に彼女の立ち位置を表していた。要は「悪政を敷くようならとっとと代替わりさせるぞ、タコ」ということだ。建国の頃より、そのスタンスが変わらないことに、ぞっとさせられる。
「話を戻しましょう。避難先の選定と食料配給量についてでしたな」
摂政が声をかけると、どこかふわふわとしていた空気が一気に引き締まった。
仙女の前で、下手な手を打つわけにはいかないのだから。
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