英雄の番が名乗るまで

長野 雪

文字の大きさ
13 / 67

13.騎獣の背で

しおりを挟む
「であれば、鞄をくくりつけるから、貸してもらえるか?」
「はい」

 ユーリが背負っていた鞄をウィングタイガーの鞍にくくりつけ、自分の荷物も同様に固定したフィルは、ユーリを軽々と抱き上げ、ウィングタイガーにひょい、と飛び乗る。

「最初はちょっと歩こう。慣れて来たら飛ぶから」
「……やっぱり飛ぶんですね」

 ユーリの腰に太めのベルトを巻き、落下防止のカラビナをはめる。

「速過ぎたり、怖かったりしたら遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」

 ウィングタイガーの背を軽く叩いて合図をすると、ゆっくりと歩き出す。ウィングタイガーは賢い種で、竜人に怯えはしないが、強さをしっかりわきまえるので、反抗の素振りも見せない。騎獣としてはクセが強く、自分より弱いと見た相手には反抗する面もあるが、機動力・攻撃力ともに高いので、一定の需要がある。もちろん、竜人のように強過ぎて他の騎獣に怯えられる者にも人気だ。

「あの、騎獣って、みんな、こんなふうに従順なんですか?」
「種類によるな。気に入った相手以外は乗せない騎獣もいるし、逆に人に懐きやすい騎獣もいる」

 昨日は腕の中にいながらも強ばった表情のままだったユーリが、こうして会話をしてくれる。それだけでフィルの心が浮き立った。

(少しは、気を許してもらえた、ということだろうか)

 このまま、ゆっくりとでいいから距離を縮めていけるだろうか。そんなことを考えながら、フィルは手綱を操って街道を進んでいた。


・‥…━━━☆


 途中、主にユーリのための休憩を何度か挟みつつ、フィルはこの国で3番目に大きい交易都市を今夜の宿場に定めた。
 そこそこのランクの宿を見つけることができてホッとしたが、何故かユーリの表情は硬く、宿での食事中も考え込むように真剣な顔で動作を止めることが多かった。

「ユーリ?」
「あ、はい、なんでしょう?」

 まさか当然のように二人部屋を取ったことを問題視されているのだろうか、とフィルは不安に思う。だが、一人部屋でもし何かあったときに駆けつけるのが遅れたら困るのだ。これはフィルには絶対に譲れないラインだった。許されるならダブルベッドで抱きしめて寝たいぐらいなのに。

「疲れているのか? それとも何か不満が?」
「え? いえ、とんでもないです。不満とかではなくて、その……」

 言葉を探すように彷徨うユーリの視線は、ゆっくりと床の方に向けられていく。

「あの、フィルさんに、ちゃんとお話しないといけないことがあって、……聞いてもらえますか?」

 黒い瞳で上目遣いに見られ、フィルの心臓が打ち抜かれる。だが、それと同時に、ユーリの言う「お話」がとんでもなく悪いことなのかもという不安も去来した。

「構わないが、長い話になるなら、茶でも頼もう。先に部屋へ戻っていてくれ」
「はい。お気遣いありがとうございます」

 部屋に入るユーリを見送り、階下の食堂へ戻るフィルは心臓の辺りを手で押さえた。かつて感じたことのない恐怖に、臓腑が縮み上がっている気さえした。巨躯を持つ魔物と対峙したときでさえ、これほどの恐れは感じなかっただろう。
 リラックスできるというハーブティーの入ったポットを手に、フィルは断頭台に上がる死刑囚のような心持ちで階段を上がる。

(まさか、竜人だから生理的に受け入れられない、とかじゃないだろうな……)
(それとも、ユーリの目がこちらに向いていないときに、舐めるように見つめていたことに気付かれた、とか?)
(移動中に、好きな色や、好みの味付けとか、質問し過ぎたとかだろうか)

 どれもあり得そうで、フィルは背中に冷たい汗をかいていた。
 深呼吸をして、扉をノックし、できるだけ平静を取り繕ってユーリに話しかける。

「ハーブティーだが、嫌いではなかっただろうか?」
「はい、大丈夫です」

 ユーリが座っていた小さなテーブルの、向かいの席に座る。ポットを持ち上げた彼女がカップにお茶を注いでいるのを見つめながら、フィルは必死で壁に使われている木材の節の数を数えていた。そうでなければ、奇声を上げて逃げてしまいそうだったのだ。

「……それで、話というのは?」

 ハーブティーを一口飲んで、唇を湿らせた彼女が話し始めたのは、フィルがまったく予想もしないことだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

処理中です...