17 / 67
17.不意の遭遇
しおりを挟む
「うぅ……、ここまでありがとうございました」
ユーリがウィングタイガーの耳の辺りを強く撫でながら感謝の言葉を告げるのを、フィルは一歩離れたところから眺めていた。
初日こそ自分の何倍もある巨体に怯えの色を見せていたユーリだったが、どうやら知性ある者なら騎獣とも言葉を交わすことができるようで、ウィングタイガーとも打ち解けてしまったのだ。どちらかというと、その毛並みに癒されていたようだったが。
「ユーリ、そろそろいいだろうか」
「あ、はい、フィルさん」
フィルが王子だと知られた直後は、「フィル殿下」「フィル様」と呼んで、せっかく少しは縮まった気がした距離が余計に開いてしまって泣きたくなったが、何度も頼みこんだ結果、再び「さん」付けに戻してもらえた。ユーリは畏れ多いと何度も言ったが、懇願するフィルに押し負けた形だ。
店を出て少し歩けば国境の町を出る。そこからはすぐにフィルの国――シドレンへ入ることができるのだ。シドレン側の国境の町は丘を一つ越えた先だが、国境線まで彼の相棒は迎えに来ているはずだ。
「国境の町から歩くのって、なんだか不思議です」
「そうか?」
「だって、商売している人の行き来とかを考えたら、国としては出入りする人のチェックとか、通行税で稼いだりとか、そういう人を置くことで大きな街に発展していったりしませんか?」
「ユーリの言う通りに発展している街もあるが、ここは滅多に往来がない上に、そもそも国同士の関係も微妙だからな。摩擦を避けるために物理的な距離を置いているんだ」
なるほど、と素直に頷くユーリと手を繋ぎながら、フィルは馬車が一台通れるかという狭い道をゆっくりと歩く。ユーリを疲れさせたくはないフィルにしてみれば、国境線になっている丘の頂きまで彼女を抱き上げて運びたいところなのだが、そういった好意を「申し訳ないから」の一言で拒絶するユーリの自主性を尊重している。もちろん、疲れた素振りを見せればいつだって運ぶ気満々である。
「ユーリ」
「はい」
「ちょっと厄介な魔物がいる。ここで待っていてくれるか」
「え!? 魔物がいるんですか!」
「俺がいるから襲っては来ないだろうが、ここまで街道近くをうろつかれると、今後被害が出る可能性がある。早めに駆除しておきたい」
往来が少ないといっても、ゼロというわけではない。魔物の大侵攻が収束し、各国がどう動いていくのか分からない以上、国境のしかも相手国側であっても、危険な魔物は駆除しておくべきだろう。
「わ……かりました。でも、大丈夫ですよね? 怪我とか気をつけてくださいね」
「その言葉だけで十分だ。ここに簡単な防壁を張っておくから、待っていてくれ」
彼女が心配してくれるだけで、問題の魔物が潜んでいる林全てを焼き尽くせそうな程に力が漲ってきたが、あまり荒事に慣れていなさそうなユーリを不安にさせるわけにはいかないと思いとどまる。たぶん、こういう気持ちの働きをさせるのが番なのだろう。
「――トライホーンベアか。もう少し山奥にいる種のはずだが……同族との縄張り争いに負けた個体か?」
藪の中に潜むベアに向けて、フィルは足下から拾った小石を投げつける。小石をはたき落としたベアは、格上であるはずのフィルに対して、後ろ足で立ち上がり、威嚇をしてきた。
「ベア種は本当に好戦的だな」
大侵攻の折りにも、ベア種を挑発して同士討ちにしていくらか負担を減らしたことを思い出し、フィルは苦笑いする。後回しにせず、ここで狩っておく判断は妥当なものだ、と。
「さて、ユーリに心配をかけないように、とっとと終わらせるとしよう」
ユーリがウィングタイガーの耳の辺りを強く撫でながら感謝の言葉を告げるのを、フィルは一歩離れたところから眺めていた。
初日こそ自分の何倍もある巨体に怯えの色を見せていたユーリだったが、どうやら知性ある者なら騎獣とも言葉を交わすことができるようで、ウィングタイガーとも打ち解けてしまったのだ。どちらかというと、その毛並みに癒されていたようだったが。
「ユーリ、そろそろいいだろうか」
「あ、はい、フィルさん」
フィルが王子だと知られた直後は、「フィル殿下」「フィル様」と呼んで、せっかく少しは縮まった気がした距離が余計に開いてしまって泣きたくなったが、何度も頼みこんだ結果、再び「さん」付けに戻してもらえた。ユーリは畏れ多いと何度も言ったが、懇願するフィルに押し負けた形だ。
店を出て少し歩けば国境の町を出る。そこからはすぐにフィルの国――シドレンへ入ることができるのだ。シドレン側の国境の町は丘を一つ越えた先だが、国境線まで彼の相棒は迎えに来ているはずだ。
「国境の町から歩くのって、なんだか不思議です」
「そうか?」
「だって、商売している人の行き来とかを考えたら、国としては出入りする人のチェックとか、通行税で稼いだりとか、そういう人を置くことで大きな街に発展していったりしませんか?」
「ユーリの言う通りに発展している街もあるが、ここは滅多に往来がない上に、そもそも国同士の関係も微妙だからな。摩擦を避けるために物理的な距離を置いているんだ」
なるほど、と素直に頷くユーリと手を繋ぎながら、フィルは馬車が一台通れるかという狭い道をゆっくりと歩く。ユーリを疲れさせたくはないフィルにしてみれば、国境線になっている丘の頂きまで彼女を抱き上げて運びたいところなのだが、そういった好意を「申し訳ないから」の一言で拒絶するユーリの自主性を尊重している。もちろん、疲れた素振りを見せればいつだって運ぶ気満々である。
「ユーリ」
「はい」
「ちょっと厄介な魔物がいる。ここで待っていてくれるか」
「え!? 魔物がいるんですか!」
「俺がいるから襲っては来ないだろうが、ここまで街道近くをうろつかれると、今後被害が出る可能性がある。早めに駆除しておきたい」
往来が少ないといっても、ゼロというわけではない。魔物の大侵攻が収束し、各国がどう動いていくのか分からない以上、国境のしかも相手国側であっても、危険な魔物は駆除しておくべきだろう。
「わ……かりました。でも、大丈夫ですよね? 怪我とか気をつけてくださいね」
「その言葉だけで十分だ。ここに簡単な防壁を張っておくから、待っていてくれ」
彼女が心配してくれるだけで、問題の魔物が潜んでいる林全てを焼き尽くせそうな程に力が漲ってきたが、あまり荒事に慣れていなさそうなユーリを不安にさせるわけにはいかないと思いとどまる。たぶん、こういう気持ちの働きをさせるのが番なのだろう。
「――トライホーンベアか。もう少し山奥にいる種のはずだが……同族との縄張り争いに負けた個体か?」
藪の中に潜むベアに向けて、フィルは足下から拾った小石を投げつける。小石をはたき落としたベアは、格上であるはずのフィルに対して、後ろ足で立ち上がり、威嚇をしてきた。
「ベア種は本当に好戦的だな」
大侵攻の折りにも、ベア種を挑発して同士討ちにしていくらか負担を減らしたことを思い出し、フィルは苦笑いする。後回しにせず、ここで狩っておく判断は妥当なものだ、と。
「さて、ユーリに心配をかけないように、とっとと終わらせるとしよう」
24
あなたにおすすめの小説
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
異世界から来た華と守護する者
桜
恋愛
空襲から逃げ惑い、気がつくと屍の山がみえる荒れた荒野だった。
魔力の暴走を利用して戦地にいた美丈夫との出会いで人生変わりました。
ps:異世界の穴シリーズです。
死にかけ令嬢の逆転
ぽんぽこ狸
恋愛
難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。
部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。
しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。
だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。
けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。
彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。
こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる