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28.残念な三男坊
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「母上! ……ぐぅっ!」
王妃はノックもせずに執務室に飛び込んできた狼藉者に雷を落とした。もちろん、相手がフィルと分かっていて、である。
「フィル、ここは戦地ではないのよ? 礼儀をどこで落として来たのかしら?」
「すみませんでした。ですが、青の間に戻ってもユーリの姿がなかったので……」
「彼女なら、今はわたくしの用意した部屋で休んでいるわ」
「どうしてですか? ユーリは俺の部屋で……ふぎっ!」
番を得ると能力が安定する反面、番のことにだけひどく狭量になるというが、本当にその通りかもしれない。そう結論付けた王妃は言葉より先に雷を落としていた。
「まさか、あの子に無理矢理迫って契りを交わす気?」
「違います! 誰も知り合いのいない場所で不安な思いをさせるぐらいなら、と思っただけで、そのような不埒な思いは決して……!」
「あなただって、出会って数日でしょう?」
「しかし俺は彼女の番で――――」
「あなたにとってはそうかもしれないけれど、人間には番なんてないし、そもそも彼女は彷徨い人よ。それを忘れたのかしら?」
「しかし、ここに来る道中は、同じ部屋で寝泊まりしていたんですよ。それも嫌がられたようすではなかったし」
「おだまりなさい」
頭痛を覚えながら、ぴしゃり、と王妃は言い放った。
「宿で同じ部屋を取っていたことは、彼女は費用節約のためと勘違いしていたので不問にしますが、城内で同じことは許可できません」
「ひよう、せつやく……」
「呆れたこと。フィル、自分の思いばかり優先して、あのお嬢さんの話をあまり聞いていないでしょう」
「そんなことはありません! オレはちゃんと――――」
「ユーリさんのいた世界のことはどれぐらい知っているの?」
「それは……」
「彼女が元の世界で働いていたことぐらいは聞いたかしら?」
「確かに聞いていなかったかもしれませんが……」
「その様子では、お付き合いをしていた相手がいたことも聞いていないのね」
「……」
この部屋に乗り込んで来たときの勢いを失って、すっかり項垂れてしまった三男を見て、王妃は盛大に、聞こえよがしなため息をついて見せた。
「フィル、あなたのするべきことは、自分の気持ちを押しつけることではなく、彼女に寄り添うことよ。いきなり見知らぬ世界に来るということは、何もかも失っているということを理解なさい」
「だから俺は、途中寄り道をして服や雑貨類を用意して……っ」
「残酷なことを言うようだけれど、道中かかった費用も返済したいと言っていたわ」
「……」
撃沈して声も出ないようすのフィルは、それこそ魂が抜けたような顔になっていた。
(我が息子ながら、情けないこと)
三男だからと本人の好きな方向に進ませ過ぎたのか、と少しばかり後悔した王妃は、とりあえずフィルを正気に戻すために餌をチラつかせることにした。
「夕食は二人で一緒になさい。下手にわたくしたちと同席するよりは、そちらの方が彼女も気が楽でしょうし」
「ありがとうございます!」
即座に復活したフィルに、王妃はちゃんと釘を刺すことも忘れない。
「ただし! それ以降もユーリさんがあなたと食事をとるかどうかは、彼女の決めることよ」
「肝に銘じておきます」
それでは、と来たときとは打って変わって落ち着いた様子で退室する息子を見送った王妃は、誰もいないのをいいことに「心配だわ」と小さく呟いた。
・‥…━━━☆
「――――私、甘えすぎてないかしら」
与えられた部屋で1人、ユーリは呟いた。
元の世界でワンルームマンションで暮らしていた彼女にとっては、寝室と応接間で構成されているこの部屋は、あまりにも贅沢が過ぎた。ベッドはキングサイズだし、布団もふかふかで、クローゼットには見知らぬ衣類が「ご自由にどうぞ」と準備されている。不在の間に部屋の掃除もしてくれると言うし、食事は別室に用意されているし、豪華ホテル住まいのようだ、と思う。
「フィルさん、なんか、すごい慌てていたけど、大丈夫なのかしら」
さっき終えたばかりの食事の席で、今後も一緒に食事を取ってくれるか、と何度も確認されたことを思い出す。
「聞けば軍部の長官に戻るらしいし、忙しいなら無理に食事の時間を合わせてくれなくても大丈夫なんだけどなぁ」
ツガイ、ツガイ、とここに来るまでに何度も言われたし、ツガイとは何なのかと説明をされたけれど、ユーリはいまいち納得しきれていなかった。
いや、納得していない、というよりは、実感が薄い、というべきか。
「フィルさんには悪いけど、今は恋愛事よりも生活のことを考えないといけないし」
明日一日は身体を休めるようにと言われてしまったので、城の中で自分が行きそうな場所だけでも足を運んでおこうと考える。何しろ、広くてまったく道が覚えられないのだ。しばらくは人を付けてくれるということだが、1人で動けるように少しでも道を覚えておきたい。
フィルの必死さがほとんど伝わっていない暢気な状態で、ユーリは眠りについた。
王妃はノックもせずに執務室に飛び込んできた狼藉者に雷を落とした。もちろん、相手がフィルと分かっていて、である。
「フィル、ここは戦地ではないのよ? 礼儀をどこで落として来たのかしら?」
「すみませんでした。ですが、青の間に戻ってもユーリの姿がなかったので……」
「彼女なら、今はわたくしの用意した部屋で休んでいるわ」
「どうしてですか? ユーリは俺の部屋で……ふぎっ!」
番を得ると能力が安定する反面、番のことにだけひどく狭量になるというが、本当にその通りかもしれない。そう結論付けた王妃は言葉より先に雷を落としていた。
「まさか、あの子に無理矢理迫って契りを交わす気?」
「違います! 誰も知り合いのいない場所で不安な思いをさせるぐらいなら、と思っただけで、そのような不埒な思いは決して……!」
「あなただって、出会って数日でしょう?」
「しかし俺は彼女の番で――――」
「あなたにとってはそうかもしれないけれど、人間には番なんてないし、そもそも彼女は彷徨い人よ。それを忘れたのかしら?」
「しかし、ここに来る道中は、同じ部屋で寝泊まりしていたんですよ。それも嫌がられたようすではなかったし」
「おだまりなさい」
頭痛を覚えながら、ぴしゃり、と王妃は言い放った。
「宿で同じ部屋を取っていたことは、彼女は費用節約のためと勘違いしていたので不問にしますが、城内で同じことは許可できません」
「ひよう、せつやく……」
「呆れたこと。フィル、自分の思いばかり優先して、あのお嬢さんの話をあまり聞いていないでしょう」
「そんなことはありません! オレはちゃんと――――」
「ユーリさんのいた世界のことはどれぐらい知っているの?」
「それは……」
「彼女が元の世界で働いていたことぐらいは聞いたかしら?」
「確かに聞いていなかったかもしれませんが……」
「その様子では、お付き合いをしていた相手がいたことも聞いていないのね」
「……」
この部屋に乗り込んで来たときの勢いを失って、すっかり項垂れてしまった三男を見て、王妃は盛大に、聞こえよがしなため息をついて見せた。
「フィル、あなたのするべきことは、自分の気持ちを押しつけることではなく、彼女に寄り添うことよ。いきなり見知らぬ世界に来るということは、何もかも失っているということを理解なさい」
「だから俺は、途中寄り道をして服や雑貨類を用意して……っ」
「残酷なことを言うようだけれど、道中かかった費用も返済したいと言っていたわ」
「……」
撃沈して声も出ないようすのフィルは、それこそ魂が抜けたような顔になっていた。
(我が息子ながら、情けないこと)
三男だからと本人の好きな方向に進ませ過ぎたのか、と少しばかり後悔した王妃は、とりあえずフィルを正気に戻すために餌をチラつかせることにした。
「夕食は二人で一緒になさい。下手にわたくしたちと同席するよりは、そちらの方が彼女も気が楽でしょうし」
「ありがとうございます!」
即座に復活したフィルに、王妃はちゃんと釘を刺すことも忘れない。
「ただし! それ以降もユーリさんがあなたと食事をとるかどうかは、彼女の決めることよ」
「肝に銘じておきます」
それでは、と来たときとは打って変わって落ち着いた様子で退室する息子を見送った王妃は、誰もいないのをいいことに「心配だわ」と小さく呟いた。
・‥…━━━☆
「――――私、甘えすぎてないかしら」
与えられた部屋で1人、ユーリは呟いた。
元の世界でワンルームマンションで暮らしていた彼女にとっては、寝室と応接間で構成されているこの部屋は、あまりにも贅沢が過ぎた。ベッドはキングサイズだし、布団もふかふかで、クローゼットには見知らぬ衣類が「ご自由にどうぞ」と準備されている。不在の間に部屋の掃除もしてくれると言うし、食事は別室に用意されているし、豪華ホテル住まいのようだ、と思う。
「フィルさん、なんか、すごい慌てていたけど、大丈夫なのかしら」
さっき終えたばかりの食事の席で、今後も一緒に食事を取ってくれるか、と何度も確認されたことを思い出す。
「聞けば軍部の長官に戻るらしいし、忙しいなら無理に食事の時間を合わせてくれなくても大丈夫なんだけどなぁ」
ツガイ、ツガイ、とここに来るまでに何度も言われたし、ツガイとは何なのかと説明をされたけれど、ユーリはいまいち納得しきれていなかった。
いや、納得していない、というよりは、実感が薄い、というべきか。
「フィルさんには悪いけど、今は恋愛事よりも生活のことを考えないといけないし」
明日一日は身体を休めるようにと言われてしまったので、城の中で自分が行きそうな場所だけでも足を運んでおこうと考える。何しろ、広くてまったく道が覚えられないのだ。しばらくは人を付けてくれるということだが、1人で動けるように少しでも道を覚えておきたい。
フィルの必死さがほとんど伝わっていない暢気な状態で、ユーリは眠りについた。
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