英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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30.中庭の告白

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「わぁ……、綺麗ですね」

 中庭に設けられた東屋のベンチに座り、ユーリは色とりどりの花が咲き乱れる庭園を眺めていた。

「基本的に王族しか使わない一角だ。ユーリも俺の婚約者扱いになっているから、息抜きに来てくれて構わないぞ」

 フィルは侍女に運ばせたお茶とお菓子をテーブルに並べながら、当然のように告げる。

「そんなとんでもないです。その……婚約者なんて」
「……いや、だったか?」
「いや、というか、その……」

 はっきり拒絶してしまってもいいのかと、ユーリの心が不安に揺れる。

「まだ、会って数日ですし、私自身もあまりフィルさんのことを知らないので……」
「あぁ、そうか。俺は最初を間違えていたんだったな」

 言うなりフィルはユーリの前に膝をついた。

「ユーリ、俺の唯一。俺は君の傍にいたいし、君を幸せにするのが俺でありたい。どうか、俺を恋人として考えてくれないか」
「……っ」

 元彼にも言われたことのないド直球の告白に、ユーリの顔がじわじわと赤くなる。
 だが、失恋したばかりのユーリは素直に頷くことはできなかった。そもそも「番」というわけの分からない理由で惚れられても、納得がいかないのだ。

「私が、フィルさんのツガイ、だからですか」
「それは否定しない。否定できない。けれど、ここ数日でユーリの優しさと、思慮深さと、自立心の高さは理解したし、それを好ましくも思っている。……まぁ、もっと頼って欲しいとも思うが」

 その言葉を聞いて、ユーリはホッとした。少なくとも、自分の性格についても好意的に受け取られているらしい、と。

(でも、優しくしたことなんてあったっけ?)

 フィルの勢いに流されないことが『思慮深さ』と解釈され、仕事をして稼いだお金でフィルに返したいという希望が『自立心の高さ』という言葉に繋がっていることは理解できた。だが、優しさだけがどうしても分からない。
 頑健な竜人にとって、トライホーンベアごときとの戦闘で怪我をしていないかどうかを心配すること自体が優しさと受け取られることなど、ユーリには考えもつかなかった。

「あの、婚約者はまだ早いと思いますけど、恋人、なら」
「いいのか!」
「え、えぇ……」

 両手を握られ、ちょっと逃げ腰になってしまうユーリだったが、恋人になることを了承した手前、ここで逃げるわけにもいかない。

「その、フィルさんの女性の好みも伺っていいですか? 家庭的な人とか、朗らかな人とか、落ち着いた雰囲気の人とか、色々あると……あ、ツガイがどうこう、というのは抜きで、ですよ?」

 元彼に「もっと家庭的な子が~」と言われたことを思い出し、少しだけ胸が軋んだが、それでもツガイという謎設定に甘えて何もしない、というのはないだろう。
 そう思っただけなのだが、フィルはユーリの想像の上を行っていた。

「そうだな……、黒髪に黒い瞳というのは、なかなかに落ち着いた雰囲気が出るものだと思う。緩く編まれているのを見ると、触れてみたくなるものだと初めて知った」
「……えっと、外見はあまり努力しても変えきれないところもあるので、程々にお願いします」
「そうか? 自分の都合を押しつけず、相手の立場を慮ることのできる人は素晴らしいと思うし、多少頑固なところがあっても、それが自分を甘やかさない方向なら、好ましいと思う。……あぁ、強いて挙げるなら、高い所を飛ぶのが苦手なのは、決して欠点ではなく、むしろ美点だな、うん」
「……結局それ、私の現状じゃないですか」

 ユーリはがっくりと項垂れた。その後も、好みの料理や色などを尋ねてみたのだが、最終的にユーリの何かにこじつけられて終わる結果となる。収穫はゼロと言って良かった。

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