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34.青の間、再び
「――――それで? 何か弁解はあるのかしら?」
「弁解もなにも、やましいことは一切していません」
ユーリと共に、少し慌ただしく、けれど少し距離の近付いた気がする夕食を終えた後、フィルは青の間に呼び出されていた。呼び出したのは王妃、そしてストッパーのつもりなのか王太子であるレータも同席している。
「たとえ、やましいことが何もなくとも、事前の許可を得ずにグリフォン単騎で城外に連れ出すなんて、もってのほかだと思わないの?」
「それは、……その、彼女が落ち込んでいたので、やむをえず」
「……ですって、どう思う?」
話を振られた王太子は、首を横に振った。
「慰めるだけなら、城の外に出る必要はありませんね」
「そうよねぇ。中庭で十分でしょうに。それに、あのお嬢さんは空を飛ぶのを怖がっていたという話なのでしょう? それなのにわざわざグリフォンで連れ出す、なんて、不埒な思惑でもあったのかと勘繰られるのは仕方のないことよ」
フィルはぐうの音も出ない。確かに城の外へ連れ出すのは早計だったかもしれない。だが、彼女のあの表情を変えるには、発散させるのが一番だと思ったのだ。まだ城の中の生活に慣れていないし、城内よりは外の方が耳目もなく、思い切り発散できるだろうという配慮をしたのだが……。
「フィル、そもそもあなたのせいで、あのお嬢さんの存在が広まってしまったという自覚はあるのよね?」
「それは……仕方のなかったことだと」
「あなたの弱点だと狙われているのに?」
「違うんです、母上。あのときは、番の誓約をすれば、彼女に危機が及ぶこともないと――――」
「でも、現実には誓約できていない、そうでしょう?」
がっくりと項垂れたフィルを横目に、王妃は王太子レータに話を振る。
「いっそのこと、代役でも立てる? 番だと他の子を表舞台に出してみれば、そちらに注目も刺客も集まるわ」
「それも手段の一つとして考えておきましょう。人間の女性、あぁ、黒髪であることぐらいは広まってしまっているかもしれませんから、人選を――――」
「待ってくれ! いや、待ってください、母上」
そんなことを進められては困る、とフィルは大声を上げた。
「婚約者とまではいかなくとも、恋人にはなっているんです! それなのに、他の女性の存在が彼女の耳に入ったら……!」
「そうよねぇ、ただでさえ前の恋人から二股掛けられてふられているという話だし、とっとと見切りを付けられるわね」
「それが分かっているのなら、なぜ!」
「フィルが不甲斐なくもあのお嬢さんを口説けていないし、そもそも、あのお嬢さんの方が大事だからよ」
王妃は「彷徨い人が国にもたらす利益を考えたら当然でしょう?」と理由を告げる。冷たいようだが、国を運営する立場として当然の取捨選択だった。
「もちろん、あなたが彼女と番の誓約を結ぶのが最善よ。でも、それが無理そうなら、彼女の方が国にとって重要人物なのだから、優先するのは当然でしょう?」
「……」
「厳しいことを言っているのは分かっているわ。でも、そう言わざるをえないの」
「フィル、母上も家族の情との板挟みになっていることぐらい、お前にも分かるだろう?」
項垂れるフィルに同情したのか、レータが王妃さらなる追撃を防ぐように口を挟む。
「母上も、番を持つ竜人がどれだけ一途になるか、記録を読んで分かっているでしょう。あまり追い詰めないでやってください」
竜人に限らず、番を持った者というのは総じて『一途』になる。ただ、この『一途』という言葉が便利に使われているのは少々問題だった。
ある者は他種族を番としてしまったために、相手の理解を得られず、思い悩んだ挙げ句に無理心中を図った。
ある者は番を守るために一騎当千の活躍を見せた。
ある者は番を失い、発狂して付近一帯を荒れ地に変えた。
ある者は番を得てからは温厚になり、かつての乱暴者の片鱗すら感じさせなくなった。
どれも典型的な例だが、あまりにもプラスとマイナスの振れ幅が激しいのだ。フィルも英傑と謳われるに足りる武力の持ち主だ。マイナスの方向に事態が転がってしまった場合の被害を考えると、恐ろしいものがある。
「フィル、オレはお前と彼女が上手くいけばいいと思っている。今は彼女を守るためにお前と距離を置かせてしまっているが、アドバイスぐらいはしてやれる」
「アドバイス……?」
「彼女は一方的に庇護しなければならないほど弱くもなければ、自立心も強い。もちろん、彼女を守るのは当然だが、彼女の自立心も守ってやるといい。あの手の性格は、一方的に囲って守ろうとしても逃げられるだけだよ」
「あら、レータ。随分を知ったようなことを言うのね? どなたか懇意にしている方と性格が似ているの?」
「母上、そういう詮索はナシにしてください。――――クレットも彼女の真面目な仕事ぶりに喜んでいるし、少なくともこのまま翻訳の仕事は続けられるだろう。彼女はまだ世界を違えたショックから立ち直れていないようだし、とにかく寄り添って、支えて、彼女にとっての第一のポジションを維持するんだよ」
とても的確に聞こえる長兄のアドバイスを、フィルはまっすぐに受け止めた。ただ、どうしても疑念は残る。
(フィル兄上は、どうしてそこまで彼女の心を推し測れるのだろう。……そこまで女遊びは激しかっただろうか?)
女たらし、浮気者、そんな言葉が頭をよぎったが、証拠もないこと、とフィルは不穏な言葉を振り払った。
「弁解もなにも、やましいことは一切していません」
ユーリと共に、少し慌ただしく、けれど少し距離の近付いた気がする夕食を終えた後、フィルは青の間に呼び出されていた。呼び出したのは王妃、そしてストッパーのつもりなのか王太子であるレータも同席している。
「たとえ、やましいことが何もなくとも、事前の許可を得ずにグリフォン単騎で城外に連れ出すなんて、もってのほかだと思わないの?」
「それは、……その、彼女が落ち込んでいたので、やむをえず」
「……ですって、どう思う?」
話を振られた王太子は、首を横に振った。
「慰めるだけなら、城の外に出る必要はありませんね」
「そうよねぇ。中庭で十分でしょうに。それに、あのお嬢さんは空を飛ぶのを怖がっていたという話なのでしょう? それなのにわざわざグリフォンで連れ出す、なんて、不埒な思惑でもあったのかと勘繰られるのは仕方のないことよ」
フィルはぐうの音も出ない。確かに城の外へ連れ出すのは早計だったかもしれない。だが、彼女のあの表情を変えるには、発散させるのが一番だと思ったのだ。まだ城の中の生活に慣れていないし、城内よりは外の方が耳目もなく、思い切り発散できるだろうという配慮をしたのだが……。
「フィル、そもそもあなたのせいで、あのお嬢さんの存在が広まってしまったという自覚はあるのよね?」
「それは……仕方のなかったことだと」
「あなたの弱点だと狙われているのに?」
「違うんです、母上。あのときは、番の誓約をすれば、彼女に危機が及ぶこともないと――――」
「でも、現実には誓約できていない、そうでしょう?」
がっくりと項垂れたフィルを横目に、王妃は王太子レータに話を振る。
「いっそのこと、代役でも立てる? 番だと他の子を表舞台に出してみれば、そちらに注目も刺客も集まるわ」
「それも手段の一つとして考えておきましょう。人間の女性、あぁ、黒髪であることぐらいは広まってしまっているかもしれませんから、人選を――――」
「待ってくれ! いや、待ってください、母上」
そんなことを進められては困る、とフィルは大声を上げた。
「婚約者とまではいかなくとも、恋人にはなっているんです! それなのに、他の女性の存在が彼女の耳に入ったら……!」
「そうよねぇ、ただでさえ前の恋人から二股掛けられてふられているという話だし、とっとと見切りを付けられるわね」
「それが分かっているのなら、なぜ!」
「フィルが不甲斐なくもあのお嬢さんを口説けていないし、そもそも、あのお嬢さんの方が大事だからよ」
王妃は「彷徨い人が国にもたらす利益を考えたら当然でしょう?」と理由を告げる。冷たいようだが、国を運営する立場として当然の取捨選択だった。
「もちろん、あなたが彼女と番の誓約を結ぶのが最善よ。でも、それが無理そうなら、彼女の方が国にとって重要人物なのだから、優先するのは当然でしょう?」
「……」
「厳しいことを言っているのは分かっているわ。でも、そう言わざるをえないの」
「フィル、母上も家族の情との板挟みになっていることぐらい、お前にも分かるだろう?」
項垂れるフィルに同情したのか、レータが王妃さらなる追撃を防ぐように口を挟む。
「母上も、番を持つ竜人がどれだけ一途になるか、記録を読んで分かっているでしょう。あまり追い詰めないでやってください」
竜人に限らず、番を持った者というのは総じて『一途』になる。ただ、この『一途』という言葉が便利に使われているのは少々問題だった。
ある者は他種族を番としてしまったために、相手の理解を得られず、思い悩んだ挙げ句に無理心中を図った。
ある者は番を守るために一騎当千の活躍を見せた。
ある者は番を失い、発狂して付近一帯を荒れ地に変えた。
ある者は番を得てからは温厚になり、かつての乱暴者の片鱗すら感じさせなくなった。
どれも典型的な例だが、あまりにもプラスとマイナスの振れ幅が激しいのだ。フィルも英傑と謳われるに足りる武力の持ち主だ。マイナスの方向に事態が転がってしまった場合の被害を考えると、恐ろしいものがある。
「フィル、オレはお前と彼女が上手くいけばいいと思っている。今は彼女を守るためにお前と距離を置かせてしまっているが、アドバイスぐらいはしてやれる」
「アドバイス……?」
「彼女は一方的に庇護しなければならないほど弱くもなければ、自立心も強い。もちろん、彼女を守るのは当然だが、彼女の自立心も守ってやるといい。あの手の性格は、一方的に囲って守ろうとしても逃げられるだけだよ」
「あら、レータ。随分を知ったようなことを言うのね? どなたか懇意にしている方と性格が似ているの?」
「母上、そういう詮索はナシにしてください。――――クレットも彼女の真面目な仕事ぶりに喜んでいるし、少なくともこのまま翻訳の仕事は続けられるだろう。彼女はまだ世界を違えたショックから立ち直れていないようだし、とにかく寄り添って、支えて、彼女にとっての第一のポジションを維持するんだよ」
とても的確に聞こえる長兄のアドバイスを、フィルはまっすぐに受け止めた。ただ、どうしても疑念は残る。
(フィル兄上は、どうしてそこまで彼女の心を推し測れるのだろう。……そこまで女遊びは激しかっただろうか?)
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