英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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47.空気は読まない

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「フィルさん……、その、来賓の方は大丈夫なんですか?」
「クレットと話が弾んでいたから、少し抜けてきた」
「え、大丈夫なんですか?」
「元々、研究者肌のクレットの方が、話が合うからな。――――ユーリは、俺に会えなくて寂しくなかったのか?」
「う……、それは、寂しかった、ですけど」

 仕事だから仕方ないと思ってました、と正直にユーリが告げると、何故かぎゅうっと強く抱きしめられる。あまつさえ、首の後ろに鼻を押しつけ匂いを嗅がれてしまい、何とかやめさせようと身体をよじるも、余計に強く抱きしめられるだけで抵抗は無駄に終わる。

「あー……、もう無理。ユーリとずっとこうしてたい」
「いやあのフィルさん、お仕事はちゃんとしましょう?」
「あの魔女の案内とかどう考えても人選ミスだろ」
「向き不向きはあるかもしれませんが、それでも一度引き受けた仕事ですし……」
「はぁ、ユーリの匂いは落ち着くな」

 もはや話を聞くこともなく、頭を撫でてくるフィルに、ユーリは助けを求めるようにチヤを見た。

「だめよ、完全に頭が沸いてるもの。お母様でもない限り、正気に戻せそうにないわ」

 処置なし、と肩をすくめたチヤは、控えていた侍女の一人を近くに呼ぶと、王妃に状況を伝えるようにと密やかに命令する。

「あの、フィルさん?」
「だいたい俺に節度ある振る舞いを、とか言ってたくせに完全に引き離すことないだろうが。確かにイングリッドがこの国に来るきっかけになったのは俺かもしれないが、そもそもあの魔女は放っておいたって竜人についての研究だとろくでもないこと口にしながら、いつかはこの国に来ただろうに。別に俺のせいでもないのにどうしてわざわざユーリとの時間を削ってまで対応しなきゃならない? だいたいクレットの方が同じ研究バカなんだから相性がいいのは分かってるだろう。そもそも人選ミスなんだ。もういっそのことユーリを攫ってどっか遠くの国そうだレーベ将軍の復興を手伝うという名目であっちに戻っていやシュルツが近いから面倒だなもういっそシュルツを早々に潰してついでに魔女もサランナータに引き取って貰えばユーリとの時間も」
「フィルさん! なんか黒いものがだだ漏れになってます!」

 ようやく体勢を少しだけ変えることに成功したユーリは、フィルの頬を両手で挟んだ。思いもしない行動だったのか、暗く淀んでいたフィルの瞳に輝きが戻る。

(不穏にも程があることばっかり言ってたけど、まるでアホみたいな残業続きの会社員みたいな目になってたわ……)

 ファンタジー世界でもこういうのは変わらないんだなぁ、という思いに蓋をし、とにかく目の前のフィルをどうにかしようと彼の目をじっと見つめた。

「あーっ、こんな所にいたんだ。それが噂の番ちゃん?」

 場違いに明るい声が響き、居合わせた全員の視線がそちらに向かう。
 声の主は中庭の入り口に立ってユーリとフィルを指差している。日焼けを知らない真っ白な肌、透き通るような白金の髪、そして儚げな容姿を裏切るように好奇心から爛々と輝く瞳をしていた。その後ろに立つクレットが苦虫を噛み潰したような表情をしているのが対照的に映る。

「いやー、番ちゃんと離れ離れになってるのが堪えらんなくなって行っちゃったって聞いたけど、やっぱ番に対する溺愛ってすごいよねー……って、どうして隠すのさ!」

 ユーリを自身の身体で隠すだけでなく、魔術耐性を付与した上着を頭からかけたフィルは、ふん、と鼻を鳴らした。

「お前に見られると減る」
「ひどいなー、レーベ将軍とこでも獣人同士の番を観察させてもらったけどさー、みーんな独占欲強いっていうか」
「俺はその獣人に同情する」

 国を文字通り一から立て直している最中だというのに、何を邪魔しているんだとフィルは頭痛を堪える。

(いや、逆か? 妙な邪魔をされるよりはとスケープゴートにしたのか)

 どちらにしてもその獣人カップルは大変だったことだろう。エルフには番という概念がないから、余計にイングリッドの興味を引いてしまったはずだ。

「どれだけの距離を離れたらお互いを感知できなくなるのか、どれだけの期間を合わせずにおいたら発狂しそうになるのか、とか色々付き合ってもらおうと思ったのに、レーベ将軍まで邪魔するし」
「お前本当にタチ悪いな、イングリッド」

 研究心を刺激するのは分かるが、人としてやってはいけないレベルだと、彼女を睨み付ける。だが、そんな剣呑な視線を向けられたぐらいで怯むなら、そもそも魔女などと言われてはいない。

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