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55.強いけれど臆病な
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「いっそのこと、俺がユーリをこの世界に召喚したのなら良かったのに、とさえ思う。そうすれば、ユーリがいくら元の世界に帰る方法を探しても無駄だって言えるし、万が一にでも帰ってしまっても、また呼び戻せるから」
と、そこまでありえない仮定の話を一方的にまくしたてていたフィルの口が止まる。そして、何を思ったのか、ユーリを囲い込むように抱きしめた。
「まずい。ユーリが帰ったら、って思っただけでもどうしようもなく怖くなる。なんか、ユーリに格好いいところだけを見せたいのに、本当に俺はダメだな」
小さく震えるフィルの腕を、ユーリはぽんぽん、と軽く叩いた。
「ダメなんかじゃないですよ」
ワンピースのポケットから、フィルのために刺繍したハンカチを取り出すと、そっと彼の目元に当てる。
「そうやって想いを伝えて貰えるのは嬉しいです。でも、あんまり『唯一』って繰り返さないでくださいね。そうやって何度も言われてしまうと、増長して散財を繰り返す悪女になっちゃいますよ?」
フィルの目に涙が滲んでいたことをごまかすために、冗談めかして口にしたセリフは、「そんなユーリも見てみたいな」というまさかの肯定をされてしまった。
「ダメですよ。番だからって、甘やかし過ぎないでください。全肯定じゃなくて、ちゃんと叱ってもらわないと困ります」
「善処はする。だが、欲しいものは言ってくれ。俺は多分、察することはできないから」
「分かりました」
確かに、この人に『察して欲しい』は酷ね、とひどい事を思いながら、ユーリはぐっと腹に力を込めた。今朝から言おう言おうと思ってたことを、とうとう言ってやるぞ、と。
「番の誓約については、まだ決心がつかないので考えさせてください」
「あぁ、ユーリが頷いてくれるように俺も頑張って成長する。だから、決心がついたらそのときは、……ユーリの本当の名前を教えてくれないか」
「別にもう教えてもいいと思うんですけど」
「だめだ。うっかり暴走して勝手に番の誓約を結んでしまいそうになる」
「それは困りますね。じゃぁ、それまではお預けで」
刺繍入りのハンカチをフィルの胸ポケットに押しつけ、ついでに腕の中から逃れたユーリは、湖面に触れる自分の足を見ながら、歩いてみる。湖面に波紋が広がり、足の裏にはひんやりと冷たく、けれど硬くない感触が伝わるのが不思議で面白い。
「そういえば、フィルさん。私、水と光の加護があるって言われたんですけど、それって訓練とかしたら魔術が使えるようになるんですか?」
「おそらくは使えないだろう。体内の魔力が少ないから、使えたとしてもちょっと光ったり、ちょっと水を動かせたりする程度で終わる。――あぁ、番の誓約をすれば、その加護を使ってユーリを守れるし、訓練次第で実用レベルの魔術が使えるようになるかもな」
「ぐ、……それは、惹かれちゃいますね」
ファンタジーな世界で魔法が使える。ファンタジー小説をいくつも読んだユーリが、その誘惑に心が揺れるのは仕方のないことだった。
「焦らずゆっくり考えて欲しい、と言いたいが、魔術を行使したいという目的でも構わないから、番の誓約をしてくれると嬉しいな」
「身も蓋もないですね!?」
「それだけ必死なんだ。今だって、ユーリがまた俺の腕の中に戻って来ないか、って思ってる」
「そういうことを正直に話してくれるところは、嫌いじゃないです」
照れくさそうに微笑んだユーリは、フィルの腕の中に戻ると、歩み寄った勢いそのままに、つんと背伸びをしてギリギリ届いたあごの先にチュッとキスをする。
「ゆ、ゆゆゆゆユーリ!?」
「この先はどうあれ、今は恋人なんだから、このぐらいはいいじゃないですか」
「ダメだ! 俺の理性が保たない!」
顔を真っ赤にして反論するフィルに、ユーリは「はーい」と真剣さの欠片もない返事をした。
と、そこまでありえない仮定の話を一方的にまくしたてていたフィルの口が止まる。そして、何を思ったのか、ユーリを囲い込むように抱きしめた。
「まずい。ユーリが帰ったら、って思っただけでもどうしようもなく怖くなる。なんか、ユーリに格好いいところだけを見せたいのに、本当に俺はダメだな」
小さく震えるフィルの腕を、ユーリはぽんぽん、と軽く叩いた。
「ダメなんかじゃないですよ」
ワンピースのポケットから、フィルのために刺繍したハンカチを取り出すと、そっと彼の目元に当てる。
「そうやって想いを伝えて貰えるのは嬉しいです。でも、あんまり『唯一』って繰り返さないでくださいね。そうやって何度も言われてしまうと、増長して散財を繰り返す悪女になっちゃいますよ?」
フィルの目に涙が滲んでいたことをごまかすために、冗談めかして口にしたセリフは、「そんなユーリも見てみたいな」というまさかの肯定をされてしまった。
「ダメですよ。番だからって、甘やかし過ぎないでください。全肯定じゃなくて、ちゃんと叱ってもらわないと困ります」
「善処はする。だが、欲しいものは言ってくれ。俺は多分、察することはできないから」
「分かりました」
確かに、この人に『察して欲しい』は酷ね、とひどい事を思いながら、ユーリはぐっと腹に力を込めた。今朝から言おう言おうと思ってたことを、とうとう言ってやるぞ、と。
「番の誓約については、まだ決心がつかないので考えさせてください」
「あぁ、ユーリが頷いてくれるように俺も頑張って成長する。だから、決心がついたらそのときは、……ユーリの本当の名前を教えてくれないか」
「別にもう教えてもいいと思うんですけど」
「だめだ。うっかり暴走して勝手に番の誓約を結んでしまいそうになる」
「それは困りますね。じゃぁ、それまではお預けで」
刺繍入りのハンカチをフィルの胸ポケットに押しつけ、ついでに腕の中から逃れたユーリは、湖面に触れる自分の足を見ながら、歩いてみる。湖面に波紋が広がり、足の裏にはひんやりと冷たく、けれど硬くない感触が伝わるのが不思議で面白い。
「そういえば、フィルさん。私、水と光の加護があるって言われたんですけど、それって訓練とかしたら魔術が使えるようになるんですか?」
「おそらくは使えないだろう。体内の魔力が少ないから、使えたとしてもちょっと光ったり、ちょっと水を動かせたりする程度で終わる。――あぁ、番の誓約をすれば、その加護を使ってユーリを守れるし、訓練次第で実用レベルの魔術が使えるようになるかもな」
「ぐ、……それは、惹かれちゃいますね」
ファンタジーな世界で魔法が使える。ファンタジー小説をいくつも読んだユーリが、その誘惑に心が揺れるのは仕方のないことだった。
「焦らずゆっくり考えて欲しい、と言いたいが、魔術を行使したいという目的でも構わないから、番の誓約をしてくれると嬉しいな」
「身も蓋もないですね!?」
「それだけ必死なんだ。今だって、ユーリがまた俺の腕の中に戻って来ないか、って思ってる」
「そういうことを正直に話してくれるところは、嫌いじゃないです」
照れくさそうに微笑んだユーリは、フィルの腕の中に戻ると、歩み寄った勢いそのままに、つんと背伸びをしてギリギリ届いたあごの先にチュッとキスをする。
「ゆ、ゆゆゆゆユーリ!?」
「この先はどうあれ、今は恋人なんだから、このぐらいはいいじゃないですか」
「ダメだ! 俺の理性が保たない!」
顔を真っ赤にして反論するフィルに、ユーリは「はーい」と真剣さの欠片もない返事をした。
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