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4章:出逢える場所
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夕暮れ時の昏い町中。一人の幼い少女が、半袖のシャツに梅雨にもかかわらず赤いマフラーを巻いている灰色の髪の少年の手を引くように歩いていた。螢はそれをぼんやりと他人事の様に遠巻きに見ている。
──これは夢なのだろうか。
少し二人の近くに寄り、少女の手を掴もうとしたがその手は空を切った。であればここは夢の中だろう、と螢は一応結論付けた。
「ねえ、今日は何して遊ぶ?」
「君の好きなことをして遊ぼう」
「もう! いつもそればっかり……あなたはそれでいいの?」
「ふふ、うん。君といるだけで楽しいからね」
グイグイと少年の手を引っ張りながら少女は自分のしたいことを言わない少年に対し頬を膨らます。しかし少年は穏やかに笑うだけだった。何度目かの問答だ。それに飽きたのか少女は直ぐに話題を変えた。
少女は少年に色々話していた。少年はうんうんと楽しそうに、愛おしそうに相槌を打っている。少女はそれに気づかず終始笑顔で話していたが、急にピタリと足を止め、俯いた。少年も同じく足を止め静かに少女を見下ろした。少女の瞳はみるみるうちに潤んで涙が零れる。少年はしゃがみ込み少女と同じ目線になると、少女の涙をハンカチで優しく拭いた。堪えきれなくなった少女は少年に飛びついて、わんわん声を上げて泣いた。少年は優しく頭を撫でどうかしたのかたずねる。
「あのね、わ、わたし……遠くに行くの」
「そっか、悲しいね……。もう会えないのかい?」
「わかんないぃ~……」
しゃくり上げ言う。少女はこの地を離れ別の場所へ引っ越すとのこと。気軽に遊びに来れる距離ではない。子供ではなおさらだ。前から決まっていたが、どうしても言えなかった、と。三日後の土曜日にはもう向こうへ行くと言う。
「そっか。うーん……あ!」
そんな少女に少年は何か思いついたらしく耳打ちする。すると少女はパッと顔を輝かせた。その一方で、少年がどこか苦しそうに笑っていたことを少女は知らない。
場面は切り替わり、今度は夜になるか、ならないかの境、夕闇の中にいた。別の場所らしく、どこかの草むらに螢は立っている。
リーン、リーン
ゲコゲコ
虫や蛙の鳴き声が、そこかしこから喧しいほどに聞こえる。
草むらをながめていると、先ほどの少女が懐中電灯片手に走って来くるのが見えた。少女はあの少年を探しているようでキョロキョロ忙しなく見回している。首を傾げる少女が一本の木の前にさしかかると、上から少年が降ってきた。驚いた少女が少年の姿を確認すると、嬉しそうに少年に駆け寄る。
「ねぇねぇ! 何がはじまるの?」
少年は少女の手を取るとニコリと笑い、空いている片手で空をさす。
「まあ見てて。ほら!」
「え、あ、うわあぁ!」
少年が指差した草むらの方へ視線を向けると、儚い黄緑色の小さな光が無数に舞っていた。
少女は「すごい、すごいっ!」と瞳を輝かせて喜んだ。少年はそんな少女を優しく見守る。螢も自分の周りに舞っているホタルを楽しそうに見ていた。夕闇に無数に舞うホタルはとても美しかったが、何より喜んで笑顔でいる少女に少年は胸が一杯になった。
もう会えない寂しさを埋めるように……そして、少年は静かに告げる。
「聞いてくれ。君はきっと僕のことを忘れてしまうだろう……」
「え……どうして? わたしは忘れないよ!」
「……ありがとう」
しかし少年は「でも無理なんだ」と少女に聞こえないように言った。そして仕切り直すように明るく少女に声をかけた。
「君が遠くに行ってしまうことは、とても悲しいけれど、僕はとても楽しかったよ」
「わたしも楽しかった! ねえ、また会える?」
少年はうつむいてしまい、螢からは顔色が分からなかったが、なんとなく寂しそうに見えた。
「うん、きっと会えるよ。僕たちは一度出会ったことで『縁』が生まれた。その縁できっとまた僕たちは会える」
少年は自分に言い聞かせるように繰り返す。
「本当……? 絶対会える?」
「うん、絶対会おう」
少年は少女の両目を片手で優しく塞いだ。すると少女の身体が淡い光に包まれる。少女はどうしたの?と聞こうとしたが、それよりも先に意識が遠のいていった。持っていた懐中電灯がスルリと抜け落ちる。
「絶対会おう『螢』」
夢の中の様な場所なのに少年は、スッとこちらへ…螢へ視線を向けた。
瞬間、螢はハッと気付く。少年は静かに微笑んだ。
螢の足下が急に崩れる様に歪み出す。驚いて別の場所へ移ろうにもまるで、底なし沼にいるようで、抜け出すことは出来ない。
「どうして……!どうして記憶を消したのっ!?私は、忘れたくなかったのに……!!」
彼の声を、彼の姿を、彼の、名を──。
「昊!!」
全て思い出したのだ──。
沈みゆく中、螢は叫ぶ。だが少年、昊は少女──幼い螢を抱きかかえると、背を向けどこかに歩き始めてしまう。
追いかけようとするが、周りの風景、果ては少年達の姿も歪み始める。螢は必死に呼びかけるが、歪みはとまることなく、螢は暗い底に堕ちていった。
その一瞬、彼の足下に『何かが絡みついていた』様な気がした。
深く、深く堕ちていく中螢は、淡く青い光がこちらに来ているに気づく。その光は蝶になり、螢が伸ばした指先に触れると光が溢れ視界が真っ白に塗りつぶされた。
──これは夢なのだろうか。
少し二人の近くに寄り、少女の手を掴もうとしたがその手は空を切った。であればここは夢の中だろう、と螢は一応結論付けた。
「ねえ、今日は何して遊ぶ?」
「君の好きなことをして遊ぼう」
「もう! いつもそればっかり……あなたはそれでいいの?」
「ふふ、うん。君といるだけで楽しいからね」
グイグイと少年の手を引っ張りながら少女は自分のしたいことを言わない少年に対し頬を膨らます。しかし少年は穏やかに笑うだけだった。何度目かの問答だ。それに飽きたのか少女は直ぐに話題を変えた。
少女は少年に色々話していた。少年はうんうんと楽しそうに、愛おしそうに相槌を打っている。少女はそれに気づかず終始笑顔で話していたが、急にピタリと足を止め、俯いた。少年も同じく足を止め静かに少女を見下ろした。少女の瞳はみるみるうちに潤んで涙が零れる。少年はしゃがみ込み少女と同じ目線になると、少女の涙をハンカチで優しく拭いた。堪えきれなくなった少女は少年に飛びついて、わんわん声を上げて泣いた。少年は優しく頭を撫でどうかしたのかたずねる。
「あのね、わ、わたし……遠くに行くの」
「そっか、悲しいね……。もう会えないのかい?」
「わかんないぃ~……」
しゃくり上げ言う。少女はこの地を離れ別の場所へ引っ越すとのこと。気軽に遊びに来れる距離ではない。子供ではなおさらだ。前から決まっていたが、どうしても言えなかった、と。三日後の土曜日にはもう向こうへ行くと言う。
「そっか。うーん……あ!」
そんな少女に少年は何か思いついたらしく耳打ちする。すると少女はパッと顔を輝かせた。その一方で、少年がどこか苦しそうに笑っていたことを少女は知らない。
場面は切り替わり、今度は夜になるか、ならないかの境、夕闇の中にいた。別の場所らしく、どこかの草むらに螢は立っている。
リーン、リーン
ゲコゲコ
虫や蛙の鳴き声が、そこかしこから喧しいほどに聞こえる。
草むらをながめていると、先ほどの少女が懐中電灯片手に走って来くるのが見えた。少女はあの少年を探しているようでキョロキョロ忙しなく見回している。首を傾げる少女が一本の木の前にさしかかると、上から少年が降ってきた。驚いた少女が少年の姿を確認すると、嬉しそうに少年に駆け寄る。
「ねぇねぇ! 何がはじまるの?」
少年は少女の手を取るとニコリと笑い、空いている片手で空をさす。
「まあ見てて。ほら!」
「え、あ、うわあぁ!」
少年が指差した草むらの方へ視線を向けると、儚い黄緑色の小さな光が無数に舞っていた。
少女は「すごい、すごいっ!」と瞳を輝かせて喜んだ。少年はそんな少女を優しく見守る。螢も自分の周りに舞っているホタルを楽しそうに見ていた。夕闇に無数に舞うホタルはとても美しかったが、何より喜んで笑顔でいる少女に少年は胸が一杯になった。
もう会えない寂しさを埋めるように……そして、少年は静かに告げる。
「聞いてくれ。君はきっと僕のことを忘れてしまうだろう……」
「え……どうして? わたしは忘れないよ!」
「……ありがとう」
しかし少年は「でも無理なんだ」と少女に聞こえないように言った。そして仕切り直すように明るく少女に声をかけた。
「君が遠くに行ってしまうことは、とても悲しいけれど、僕はとても楽しかったよ」
「わたしも楽しかった! ねえ、また会える?」
少年はうつむいてしまい、螢からは顔色が分からなかったが、なんとなく寂しそうに見えた。
「うん、きっと会えるよ。僕たちは一度出会ったことで『縁』が生まれた。その縁できっとまた僕たちは会える」
少年は自分に言い聞かせるように繰り返す。
「本当……? 絶対会える?」
「うん、絶対会おう」
少年は少女の両目を片手で優しく塞いだ。すると少女の身体が淡い光に包まれる。少女はどうしたの?と聞こうとしたが、それよりも先に意識が遠のいていった。持っていた懐中電灯がスルリと抜け落ちる。
「絶対会おう『螢』」
夢の中の様な場所なのに少年は、スッとこちらへ…螢へ視線を向けた。
瞬間、螢はハッと気付く。少年は静かに微笑んだ。
螢の足下が急に崩れる様に歪み出す。驚いて別の場所へ移ろうにもまるで、底なし沼にいるようで、抜け出すことは出来ない。
「どうして……!どうして記憶を消したのっ!?私は、忘れたくなかったのに……!!」
彼の声を、彼の姿を、彼の、名を──。
「昊!!」
全て思い出したのだ──。
沈みゆく中、螢は叫ぶ。だが少年、昊は少女──幼い螢を抱きかかえると、背を向けどこかに歩き始めてしまう。
追いかけようとするが、周りの風景、果ては少年達の姿も歪み始める。螢は必死に呼びかけるが、歪みはとまることなく、螢は暗い底に堕ちていった。
その一瞬、彼の足下に『何かが絡みついていた』様な気がした。
深く、深く堕ちていく中螢は、淡く青い光がこちらに来ているに気づく。その光は蝶になり、螢が伸ばした指先に触れると光が溢れ視界が真っ白に塗りつぶされた。
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