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 誰1人使用人に会うこともなく、わたしは宰相さまの執務室へと辿り着いてしまった。

 これは罠だってわかってる。
 でも、もう踏み入れるしか道は残されていない。

 涙に潤む瞳できゅっとくちびるを噛み締めて、ゆっくりと扉を開く。

(最後はこの世界全ての美しい宝石に包まれていたかったな)

 重厚な扉に阻まれた執務室には、1人の男が足を組んでいた。
 ふわふわと揺れるありふれた焦茶の髪に、お世辞にも綺麗には見えない濁った黄色い瞳。否、色彩的には多分綺麗なのだろう。けれど、わたしには彼の欲に塗れた瞳が綺麗には見えなかった。

「やぁ。君が父上のお気に入り君かい?」
「………お初にお目にかかります、宰相さまのご子息さまでお間違いありませんか?」
「あぁ。合っているよぉ」

 朗らかな微笑み、人の警戒心を解く声、ほとの良さそうな雰囲気。
 礼儀正しく穏やかで優しげ。多分並の人では彼が欲に塗れた人間だなんて気がつかないだろう。
 けれど、わたしには宝石商として生きた4年間の月日がある。人にはない経験は、人にはない判断材料を与えてくれる。

 わたしがすべき行動は、ちゃんと決まっている。

 笑いなさい、オードリー。
 オードリー・アイリーン。いいえ、オードリー・アーデルハイト。御三家の中でも筆頭であるアーデルハイト家の夫人として今あなたがすべきことは何?

 ちゃんと考えなさい。
 行動しなさい。
 わたしの武器を活かしきりなさい。


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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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