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44 初めての彼の家
しおりを挟む総合アミューズメント施設から出た結菜と陽翔は夕暮れの橙に染まった空を見上げながら、当て所なく歩きはじめた。
「………その服、どうするつもりだ?」
「さぁ、どうするべきなのでしょうか。クリーニングに出すことが正しいことは分かっているのですが、ご生憎さまスカートとブレザーの予備は持ち合わせていませんし………」
「はぁー、」
特に考えていなかった結菜に呆れたのか、彼は面倒くさそうにため息をついた。いじいじとヘッドホンをいじっている手元がなんだか可愛らしく感じられるのは、結菜が彼と過ごすうちに彼に情を持ち始めた故だろうか。
「………徒歩5分の距離に俺の家がある。少し寄るぞ」
「分かりました」
漆黒の艶やかなローファーで足元を確かに踏みしめながら、結菜は歩き慣れない街中を歩く。ここ3日間放課後に歩き回ったせいか、少し小指と踵が痛い。ローファーをあまり履き慣らしていなかったツケが回ってきたことに気づきながらも、でも、自分の意思でお外に出て、自分の足でしっかりと歩いていると言う実感が愛おしくて、この靴擦れを治療する勇気を持てずにいた。
「………残念だったな」
「? 何がですか?」
「ボーリングとスポッチャ」
薄青の瞳に真っ直ぐと射抜かれた結菜は、ごくっと唾を飲み込む。彼の瞳には、視線を奪う何かがある。
「ーーー、………それ以上に、」
結菜はほんの少しだけかさつくくちびるをゆっくり濡らして、しっかりと言葉を選んで話す。
「ーーーわたしは大切なものをいただいたと感じます」
メロンソーダに濡れた制服の裾を撫でていると、愛と呼ばれた女の子の暖かなはちゃめちゃが頭に浮かぶ。
ぶつかってしまった結菜を責めるのでなく、心配してくれた。揚げ足を取られないことの安堵と喜びをもらった。責めるだけでないという行動が与える暖かさを実感させてもらえた。
「わたしにとって、彼女にとった行動というのはとても尊いものです。揚げ足を取らず、ぶつかられて飲み物がなくなってしまっても文句を言わず、あまつさえ心配をするなど、わたしには知らない世界のお話です。ですから、こういうのも体験のうちの1つだと思うのです。それに、」
ふわっと微笑みを深くした結菜は彼よりほんの少しだけ歩くペースを早くして彼の前に踊り出る。
「“彼氏のお家にお邪魔する”ってなんか素敵なカレカノイベントだと思いませんか?」
無表情なのにとっても呆れたような表情をしている彼をくすっと笑って、結菜は彼の手を再びぎゅっと握って彼に案内されるままに彼の家へと向かう。
彼の家はマンションだった。
グレーで大きな窓ガラスが何枚も何枚も使われている見た目は遠くから見るとなんだか大きなオフィスみたいだった。高さからいっても相当に高級なマンションであることが窺える。
「借り屋ですか?」
「いや、買ってる」
「すごいですね」
「いや、病院長の娘なら簡単に、」
「買えませんよ」
「………そうか」
彼はもしかしたら、結菜の立場を知っているのかもしれない。端々からそういうことを感じられる言動をする彼にほんの少しだけ感心しながら、結菜はオートロックを開けた彼に続いてマンションの中に入った。
マンションの1階部分は小さな庭園のようなものが作られていて、水にせせらぎが聞こえた。笹っぽい植物や可愛らしい小花、枝物は自由に伸びているようで、人の邪魔にならないように丁寧に処理されていた。丸っこい涼しげな石が敷き詰められている場所や和風の場所、洋風に場所、どうやらさまざまなコンセプトに分けて1階部分の庭園を作っているようだ。
繊細な心配りが嫌いじゃない結菜は、庭園をじっくりと見回しながら彼に連れられてエレベーターに向かう。
彼は迷うことを知らぬ手つきで上から2番目の階のボタンを押して、壁に背中を預けてから瞳を閉じた。
むわっと内臓を持ち上げられる不快感を覚えた瞬間、エレベーターが上へと登り始める。静かなエレベーターはガラス張りになっていて、マンションの外を一望できた。普段から見慣れている高い場所から見下ろす風景も、違う場所から見れば美しい物に見える気がした。
わずかな時間が過ぎると、エレベーターはぽーんという間抜けな音を立てて停止した。
「………降りるぞ」
結菜の手を引いて眠そうに歩く彼はなんだか無防備で、可愛い。家についてからは外を歩いていた時よりもほんの少しだけ無防備感が増した気がする。
結菜にとって家というものは最も緊張する気を張っていなければならない場所だが、彼にとってはそうでないのだろう。なんだかそれが羨ましい。
「ここだ」
1番奥の部屋まで進んだ彼はポケットから鍵を出して扉を開けた。
ふわっと鼻腔をくすぐったなんとも言えない清潔感のある香りに、結菜は初めて彼の家を訪れたことを改めて感じた。
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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
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