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46 彼の寝顔
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「服、扉の前に置いとくから」
彼の声から数分後、未だに身体中が熱を持っている結菜は緩慢な仕草で立ち上がって扉に手をかけた。
きぃっという小さな音を立てて扉を開けると、彼の言っていた通りお洋服がちゃんとおいてある。きょろきょろと扉の周囲を見回した結菜はさっと服を取って、洗面所の中に戻る。
ぎゅっとお洋服を抱きしめると、ふわっとしたミントみたいな石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。
「………………」
ふわっとシャツを広げてみると、プリントの真っ白なシャツには中央に黒い文字が印字されていた。
(かわいい………、)
きゅるっと乙女心が刺激されるラフなお洋服に頬を緩めた結菜は、はたっと気がつく。
(わたし、今、ううん。ここのお家に入ってから愛想笑いしていましたっけ………?)
よくよく考えてみれば、このお家に入ってからは素直な表情でいた気がする。
「そんなことよりも、早く着替えるべきですね」
自分に言い聞かせるように呟いた結菜は、自分の感情がわがままになってきているのを感じながら苦笑して、彼に貸してもらったシャツを被る。ズボンを広げてみると丈は短いが明らかにお腹周りがだぼだぼでどうしようか迷ってしまう。
彼が大きめのシャツを貸してくれているゆえに、シャツを身につけた結菜はワンピースを着ているようにも見えなくもない服装で、結菜は悩みに悩んだ末に、結局ズボンは履かなかった。半袖のシャツがダボっとしていて妙に心地良い。最近の流行が大きめのお洋服であるというのも納得ができると思いながら、結菜は洗面所から出て、リビングへと向かう。
リビングの扉を静かに開けて中を覗き込むと、陽翔はソファーに腰掛けて寝息を立てていた。制服から群青色のパーカーと黒の綿パンに履き替えた彼は、見慣れたヘッドホンを耳につけたまま器用に眠っている。
(起こしてしまっては悪いですね)
そっと彼の目の前に正座で座った結菜は、大理石の床のひんやりした感覚にぴくっと身体を揺らしてから彼をじっと観察する。
日本人にはない雪のように真っ白な肌、目元まで伸びている男子にしては長めのふわっとしたミルクティーブロンドの髪、鉛筆が乗りそうなくらいに長いまつ毛、すっと通った高い鼻筋にぽってりと美しいくちびる。
どれも生粋の日本人である結菜には持っていないもので、なんだかとても羨ましい。けれど、それとおんなじくらいに、否、それよりもずっと、この色は彼だけが持っているべきものだと感じる。彼だけの特別なものに感じる。
結菜は彼の閉じられた瞼の奥にある薄青の冷たいようでいてとってもあったかい瞳が見たくて、手を伸ばして、そして彼の身体に当たる前に止めた。
(ダメです。ダメです。起こしてしまいます)
ぐっと我慢した結菜は、じいっと彼に穴が開きそうなぐらい熱心に彼を観察した。この一瞬一秒を逃すまいとしてしまう自分の行動の意味がわからなくて、無性に苦しくて、彼が今にもどこかに行ってしまうのではないかという不可思議な不安に駆られる。
彼は今、結菜の目の前にちゃんといるのに、彼が結菜の手を、視線を、するりと抜けてどこか遠くに、結菜の見つけられないところに行ってしまうんじゃないかと思ってしまう。
『ごめんね』
はらりと桜の花びらが舞い散るように淡く儚く耳に響く声の持ち主は、誰だったか思い出せない。
いつの出来事かも、どこで起きた出来事なのかも、全くわからない。
意識して留めていた手が、意識の範疇を超えて無意識のうちに彼の方に伸びる。
(まって、)
何かを掴むように、何かに縋るように、結菜の手が伸びる。
きゅっと結菜の手が何かを掴んだ。
妙に安心感のあるものに縋れた結菜は、そのままふわりふわりと漂う意識に身を任せて、身体の力を抜いた。
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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
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