華狐

AUS

文字の大きさ
2 / 2

華狐~始~

しおりを挟む
新月の晩

この手ひとつで育てた可愛い我が子は
もういなかった。
何も出来ないまま・・・ただ泣き叫び、山へ入る娘を見送るしかなかった・・・
里の者に押さえつけられ、里のためだと言われ、手を伸ばしても届かない、可愛い娘。

もう、里がどうなっても構わない。
私の子を・・・取り戻す・・・

そう思った時、最後
娘は、振り向いて、あの笑顔で
いつもの、悪戯な笑顔で言ったんだ・・・

ありがとう、母さま。大好きよ、さようなら。

あぁ、この子は、この子はいつのまに大人になったのだろう・・・
受け入れるというの・・・?

母は、手をふる娘の姿をいつまでも脳裏にやきつけた。

あの日から、暫く経った。
贄の母は里から敬われた。
米も、野菜も、肉も、布や簪、なんでも里の者からよこされた。だが、何も嬉しい事などないのだ。

母は断った

「いらない・・・里はまだ飢饉で苦しんでるのに・・・みな、自らの糧を削ってまで・・・。私はそんな事を望んで、娘を、送った訳じゃない・・・要らないわ。」

里神は現れず、里も未だに邪神悪鬼に脅かされている。

毎晩、里は冷気に包まれ、人が誰か一人、奇怪な死を遂げる。

そして、またその夜が訪れた・・・。

いつのもように、里には悲鳴のような山鳴りが響いた。逃れられない恐怖に、どうすることもできず、人間は、今宵は誰が喰われるか・・・己か・・・我が子か・・・はたして、その先の家のあの人か・・・そんな事を考える。

母は、その日里の長と共にいた。
長の妻は昨夜、喰われた。

「また、贄を出さねばなるまい」

「いけません・・・同じ事を繰り返したとして、里神が甦るとも分からないのです・・・もう少し、もう少しお待ち下さい・・・」

「だが、聞け。今宵も山がないている」

「・・・贄の母として、同じ悲しみを繰り返し、私のような思いをさせたくはありません。」

長はしばし、黙りこんだ。

沈黙が続き、ふと、気づく・・・

「長、長、風が・・・」

先程まで荒れ狂っていた風の音が止んでいた。

「これは、どういう・・・」

「わたし、外を見てきます・・・!」

「いかん!まだ・・・!」

贄の母が、戸を開けると、ただ、静かな夜が訪れていた。

里の長も驚いた。

 すると、山の方から、か細い行灯が降りてきた。

母と長は、生唾をのみこみ、そちらを凝視した。

行灯は、ゆっくりと里へ向かってくる

逃げるべきか・・・否か・・・

「あの子よ!」

母は、叫んだ

「な、なにを・・・」

「帰って来た・・・里神をつれて・・・!」

「なに!?」

母は、娘の元へ走った。草履も履かず、暗闇を、本当に生きた娘か定かではない・・・だが
母は、分かっていた。我が可愛い娘だと。

長は慌てて追いかけた。
もし、万が一、邪神だったら・・・
もし、万が一、妖だったら・・・

「・・・っ!楓!!!」

母は、娘の名を叫んだ

「かあさま・・・」

娘は、涙混じりの笑顔で、母へ手を伸ばした。

「な、なんという・・・本当に・・・」

長は驚き、腰を抜かした。

娘の後ろには、いつか幼き頃聞かされた
里神華狐の姿があったのだ。

「あぁぁぁ・・・良かった・・・良かった」

「かあさま、元気でしたか・・・?」

母と子は、ひしと抱き合った。

「かあさま、私、里神を・・・」

母は、娘の背後にいた里神へ向き直り、額を地面へつけ、平伏した。

「我が贄の母か。顔をあげよ。」

「・・・はい」

「里の長か。お前の事は知っていた。お前の父も祖父も知っている。我の事も知っているか?」

長はゆっくりと頷いた。

「良いか。この、人間の娘の贄により、我は形を取り戻した。故に、この里を救おう。
ただし、娘は返さない。」

「・・・そんな・・・」

「寄越したのは、お前ら人間だろう。」

母も長も何も言い返せなかった。

「信仰を絶ち、里が危機に陥りどうしようもなくなり、また神を頼る・・・身勝手にも程がある。
加えて、里の若い娘を贄に寄越すとは・・・お前ら人間はやはり自分勝手だ。」

「・・・申し訳ありません」

「今宵限りだ。我が人の前に形を現すのは。
我の姿を視れるものは、我が贄のみ。」

「里神様・・・毎晩里の者が食い殺されています・・・なんとか、お助けください」

「よいか。里の長よ。
神はお前ら人間を助けもするが、試練も与える。
それが出来るのは、お前ら人間の信仰あってこそなのだ。信仰がなければ、形は朧になり、声も消え、やがて死ぬか・・・邪神悪鬼に喰われるかだ。」

「はい・・・」

「我にはまだ、里を邪神悪鬼から救うまでの力など無いに等しい。ましてや、自分勝手に我を振り回し、あげく助けろなど・・・愚弄しおって。」

「・・・も、申し訳・・・ありません・・・っ」

「信仰しろ。我の姿が見えずとも
我の声が届かずとも、信仰してみよ。
贄はもういらぬ。この可哀想な女だけで充分。
里の長よ、お前の祖父もその親も、立派であったが・・・お前はどうだ。」

長は唇を噛みしめ、下を向いた。

娘の母が、里神へ問う

「娘は・・・また、貴方と戻るのですか」

「否。我の贄は、我の声を届けるために里へ置こう。娘の母、お前は世話役となれ。娘になにかあれば、それは、神の物に悪戯をした事になる。」

「・・・畏まりました・・・我々は、いったい何をすれば・・・?まず、なにをすれば」

「知ったことか。考えよ、人間。
神から授かったその頭で。」

華狐は、そう言うと姿をくらました。

母と長は、まるで夢でも見たのかというような顔をして、娘をみつめた。

「かあさま、長。
華狐様はなにもしてくださらない訳ではない様です・・・」

すると、里の枯れ朽ちていた神木が青々としげりだした。

神木は、外からの邪神悪鬼を妨げる結界をはる。

昔、狐だった華狐が
その身を削り、舞った神木。

華狐の力が弱まれば枯れ
甦った今、神木はまた芽吹いたのだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

二本のヤツデの求める物

あんど もあ
ファンタジー
夫の父の病が重篤と聞き、領地から王都の伯爵邸にやって来たナタリーと夫と娘のクリスティナ。クリスティナは屋敷の玄関の両脇に植えられた二本の大きなヤツデが気に入ったようだ。 新たな生活を始めようとするナタリーたちだが、次々と不幸が襲いかかり……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

真実の愛ならこれくらいできますわよね?

かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの でもそれは裏切られてしまったわ・・・ 夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。 ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?

処理中です...