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2章. 消えた一族
5. 影響
横で膝をつきながらずっと俺の手を握っているカレルの手を、強く握り返す。カレルはそんな俺の様子に驚きつつも、そのまま手を繋ぎ続けてくれた。
「そうであれば嬉しい、という俺の妄想かもしれないが……。その論文の内容が、カレルの為になることだったとすれば──。普通とは異なるカレルの影の謎が、解決策が、見つかるかもしれない。というか、そうであってくれないと……貴方は」
喰ったのが俺の味覚だったから良かったものの、もし貴族や王族、口の軽い騎士や軍人相手だったらどうなっていたか。……考えるだけでも恐ろしいな。俺がカレルの影に精力を喰わせることで解決するならばそれでもいいが、本当にそれで解決するのかは未知数だ。それに、こんな軍人という危険な職業をしている以上、俺がずっとカレルのそばに居られるかなどわからないのだ。例え運良く長生きできたとて……、異動や昇格などで会いにくくなる可能性は十分ある。
「ルイス。……大丈夫ですよ。今のところ貴方以外におれの影に喰われたと訴える人は出てきていませんし……年々酷くなっていた飢餓感も、貴方のお陰で多少マシになりました」
「……だがカレルの師が影のことを知っていたのだとすれば、俺と同じでカレルの影が動く瞬間が視えていた可能性がある。となると、今までは運が良かっただけで、今後それが他の誰かに視られるということも……。……待ってくれ、今“年々酷くなっていた”、と言ったか?」
「は、……はい。どんどん食事量が増えていて……、お陰でお金はなくなりましたが」
「…………」
それは、まずいのではないか。やはり、できるだけ早く解決しないと、カレルは。彼はこんなにもお人好しで良い人なのに、彼の影のせいで裁かれるなんて、俺が嫌だ。彼が早死にするのだって御免被りたい。もう知らない仲ではないし、命の恩人でもあるのだから、俺が力になってやらないと……。そうして、俺が内心焦っていたら──ずり、と近くで何かが這う音がした。咄嗟に隣に座っているサリィを見るも、気づいた様子はない。……やはり、この影が視えているのもこの影が動く音が聞こえているのもこの3人の中で俺だけか。
「カレル、ありがとう。もう大丈夫だから、手を離すぞ」
「はい」
「そして──お前」
カレルと握っていた手を離した瞬間、胸ポケットから折り畳みナイフを素早く取り出すと、サリィの後ろに迫っていた影に切っ先を向けた。
「おい、動くな」
「えっ、な、なに?!」
「サリィの後ろにカレルの影が迫ってる」
「え?! 本当に視えない……」
「えっ……やっぱりおれも視えないですね……」
もぞもぞと動いていた影は、俺がナイフの切っ先を向けた瞬間に大人しくなった。……やはり口だけでなく目もあるな。……凄く嫌な感じがする。今すぐにでも目を逸らしてしまいたいような、そんな拒絶反応。
「俺の声が聞こえているのか、そもそも会話ができるのかはわからないが……、できる限り女性と子供、そして民間人からは何も喰わないで欲しい。──喰うならその分俺を喰え。それではだめか?」
「ちょっとルイス、だめよ……!」
「そんな……!」
「サリィ、カレル、大丈夫。恐らくこいつに人を殺す意思はない。嫌な感じはするが、殺気を感じたことは一度もないから。……というか、殺したいなら今まで何度でも殺せる機会があっただろう。勿論俺のこともな」
ずっと、目が合っている。裂けたような大きな目は瞬きすることはなく、ただ、じっと次の言葉を待つかのように俺を見つめていた。……やはり、ある程度の知性はあるようだ。
「何が喰いたい? 今すぐに喰わないといけないのなら、そうだな、精神状態的に精神力は今……あまり良くないから、体力でも喰うか? ある程度動けるくらいは残してくれるとありがたいんだが」
「──その前に、ちょっと待ってください、ルイス。せっかくの機会なので、本当に影が動いているのだという実感のために、おれの影を少し傷つけてもらえませんか? 普通は生きてる人についている影は実体化しないはずなんですが、今、恐らくルイスだったら触れられるんですよね? ルイスが傷つけてくれれば何らかの影響がおれに出るかもしれません。何にもわかっていない状態よりは、その方がおれの中で認識できるのでありがたいです」
「……何が起きるかわからないが、いいのか。一応、薄皮一枚傷つけるくらいにしておくが」
「はい。お願いします」
確かに、カレルの言う通り、今二人にとっては俺がただ虚空に向かって喋っているだけの滑稽な状況になっているだろう。俺としてもそれはいただけないし、カレル本人が影の存在を認識することもできるからいいのだろうか……。
影は俺があまり傷つける意思はないのはわかっているのか、微動だにしない。そんな影に向けてナイフをほんの少しだけ、滑らせるように動かした。
「いっ……」
──カレルの左の頬が、突然切れた。つぅ、と数滴の血液が滴って、カレルはそれを確かめるように手で触れている。生きている人間の影を攻撃すると、本人にもダメージがいくのか。
「カレル、大丈夫か……?」
「はい……。なるほど、影が斬られるとおれも斬られたという判定になるんですね……。おれには見えないけれど、確かにおれの影がそこにいるんだろうということはわかりました。……あ、ルイスのことを信用していなかったわけではないですからね。そもそもこんなよくわからない嘘をつくメリットが全くないですから。情報を引き出すにせよおれを何かに利用するにせよ、薬物でも盛るか、そういう能力者を連れてきた方が早い」
「まあ、そうだな。酷い言い方をしてしまえば、従順にさせる方法などいくらでもある。……そんなことはしないがな」
斬られたというのにやけに冷静なカレルは、話しながら的確に自分自身に処置していった。冷静というか、カレルの態度を視るに、納得したような、安心したような感情である気がする。やはり、視えない分実感として薄かった為に、今まで困惑、混乱する気持ちもあったのだろう。
「んん……何だか急に、いつも以上にお腹が……減っ、たな……」
カレルは自身の頬の処置を終えた後ふらりとよろめいて、しかし机を掴むことで倒れることはなかった。
「怪我をしたせいかしら……?」
「自己を修復する為に、何か喰うものが必要なのかもしれないな。早速喰わせてみるか。……待たせたな、喰っていいぞ」
影は、返事をするように一度瞬いた。そしてそのまま、サリィの背後から俺の元へ来ると、まるで手を伸ばすかのように触手のような形をした影を、俺の影へと──突っ込んだ。
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