30 / 37
3章. 時を超えた想い
4. 手記
──結局、あの言葉の後文書や資料を持ったカレルが戻ってきた為に、ロークから詳しい話を聞くことはできなかった。そんな彼はというと、今はカレルの部屋を貸してもらって閉じこもり、そこでリーゲル・エラルド医師が遺したあらゆる文書や資料を読み漁っているようだ。
一方、俺とカレルは中断されていた食事を摂っている。一応ロークにも勧めたのだが、食事は後でいいとのことだった。食事を後回しにするロークとは違いカレルは余程お腹が空いていたようで、尋常じゃない速度で平らげられていく料理を視て、俺は呆気に取られていた。何度見ても、この量が成人男性とはいえ細身のカレルの胃に入っていくのが信じられない。
「……料理は逃げないから、ゆっくり食べていいんだぞ」
「んんっ、はい、わかっているんですが……」
まあ、気持ちはわかっている。……きっとお腹が空いて空いて仕方ないんだろうな。そんなことを考えながら、自分用に買った温かいスープパスタを食べ終えた俺は、いつものようにカレルが食事を摂るのを眺めることにした。
「……なあ、カレル」
「はい?」
前は、言わない方がカレルの安全に繋がるだろうと信じていた。しかし、ロークから多少の情報がカレルに齎されてしまった以上、隠し過ぎると逆に危険かもしれない。
「俺は騎士だった。そして今は軍人だ。だから、騎士の誇りにかけて、軍人としての義務として、出来る限り貴方を守ると誓おう」
「? は、はい。え?」
「突然ですまないが、まあ、聞いてくれ」
突然の発言で、困惑するカレルの気持ちは十分わかる。しかし、この誓いは先に言っておきたかったのだ。俺が、俺であるための誓い。どんなに身や心を穢されようとも、決して変わらない信念。──正当防衛でもない限り、どんな人であれ、俺の前で人は殺させない。
「……俺は……、とある高貴な人──言ってしまうと、この国の第二王子殿下に、執着されている。だから、俺と一緒にいると、……面倒なことに巻き込まれるかもしれない。それでも、友人としてそばにいることを、……許してくれるか?」
「?! ゲホッ、だいに、っ、えっ?! あの方ですか……!」
王家の近衛騎士だった、という情報はロークの口から聞いたものの、まさか俺に執着している相手が第二王子だとは思わなかったのだろう。激しく咽せるカレルに水を勧めながら、俺も渇いた喉を潤す為にコップに口をつけた。
「ああ、そうだ。俺のことを無理矢理犯していたのも……その人だ。王太子には第一王子殿下が選ばれたものの、それでもあの人は第二王子という肩書きと地位を失った訳ではない。……俺のことを逃がしてくれた高貴な人がいて、その人のおかげで今こうして俺はここで普通に暮らせているが……、どんなきっかけで、そしていつ何時、俺があの人に見つかるかは、わからない」
「え、っと、ルイスが言っているのは……フォルナンテ・エン・イーデルバイツェ第二王子殿下、で……間違いないですよね? 今は療養中と噂の……」
「……ああ。療養なんてどこまで本当かわからないけどな」
フォルナンテ・エン・イーデルバイツェ。紛れもなくこのイーデルバイツェ王国の、王位継承権第二位の存在──第二王子だ。……しかし、未だに名前を聞いただけで吐き気がするな。あの人が笑う顔と俺を呼ぶ声がフラッシュバックして、思わず顔を顰めた。
「し、かし……どうして……?」
「……顔が好みだったらしい。あとは、……今言うと吐きそうだ、すまない。ご飯時じゃない時に話そう。せっかく食べた美味しい料理を無駄にしたくはないから」
「……わかりました」
俺から度々垣間見える根深いトラウマに、カレルが何とも言えない表情を浮かべていたことには、顔を伏せていた俺が気づくことはなかった。かたん、とフォークを置いた小さな音で、カレルが全てのパスタを食べ終えたことを知る。サラダは最初に食べていたから、あとはグラタンだけか。
「ルイスが何を心配しているのかはわかりませんが……、ロークから聞いた通りにおれが消えた一族の一員なのだとすれば、それこそルイス、貴方も危ないと思います。王家がその一族の情報を消したがっているということは、何かしらそこに消されなければならないような深い理由があったのでしょう。……人の影を喰べなければ生きていけないことと、年々増していく飢餓感を考えると、……何となく想像がつきますが」
「いや、俺は気にしないぞ。自己防衛の手段は持っているし、好きで貴方のそばにいる」
「……どうして同じ理由だと、わかってくれないんですかね」
困ったように笑うカレルに、俺は愕然とした。つまり、カレルも好きで俺のそばにいる、と? ……俺は、そんなにカレルに気に入られるようなことをしただろうか。いや、俺の顔と声が好きらしいことと、身体の相性が良いことは知っているが……。あと、カレルを影から助けたことくらい、か?
「なんだか見当違いなことを考えている気がします」
「……そうだろうか?」
「はい、恐らく。……おれは、優しい癖にどこか諦めたような顔をしている貴方のことが、もっと知りたくなったんですよ。あと、自分を犠牲にするような戦い方、仮とは言え医者として放って置けません。……それに、ルイスが言ったんじゃないですか」
カレルは、銀色のスプーンを視ていた金色の瞳に、今度は俺だけを映した。……綺麗な、月のように美しい色だ。闇色の髪と相まって、今は昼間だというのにまるで夜空のように惹き込まれて目が離せない。
「──お人好しな友人を、無償の愛で助ける人が一人くらい居たっていいだろう、と。おれは、その言葉が結構嬉しかったんですよ。そんなことを言ってくれる人は、貴方以外にいませんでした。それにおれには、友人と呼べるような人はあまりいません」
患者さんや、医療従事者の知り合いは多いですけどね、とカレルは苦笑して続ける。
「ルイスはきっと、この街から殆ど出たことがないようなおれみたいな人間が、想像もできないような過酷な人生を歩んできたのだろうと思いますし、その過程で色んなことがあって、何かしら不安なのかもしれません。でも、……おれは自分の身の安全の為に折角できた気の合う友人から離れるなんてことはしたくないですし、利益のために人のそばに居ようと思ったこともありませんから、ご心配なく。そして、これはおれが決めたことですし、自分の意思で決めた道のりで傷ついたって……ルイス、貴方のせいだなんて思いませんよ」
先程までの一見神聖とも言える雰囲気は何処へやら、いたずらが成功した子供のような笑い方をするカレルに、俺は笑いが込み上げてきて、ついつい腹の底から笑ってしまった。きっと、彼のこういう人柄に惹かれている患者が沢山いるのだろうな。
「ははっ、じゃあ、俺は気にせず貴方のそばに居ていいんだな? カレル」
「ええ、勿論です。ロークの護衛もしつつ、おれのことも守らなければいけないなんて大変でしょうが、折り畳みナイフ一本と能力で数体の影を倒してしまった貴方なら……できると信じてますよ、ルイス」
「ふふ、確かに、俺は貴方と初めて会った時、そんな馬鹿な無茶をしたんだったな」
自分のことだが、命知らずにも程がある。だがむざむざ目の前で人の命が散るなど御免被りたい。それでは何の為に騎士や軍人になったのかわからなくなってしまう。
「任せておけ。期待には応えよう」
カレルは俺の言葉に頷くと、残っていたグラタンを食べ始めた。冷めてしまう前に食べて欲しかったし、美味しい美味しいと言って食べているから、買ってきた甲斐があるな。
そうして食事が終わり、食器等を片付けた後、俺が買ってきたコーヒー豆を挽いて、美味しいコーヒーを淹れてやることにした。ロークにも淹れてやるか、と3人分のコーヒーを準備したところで、ばん、とカレルの部屋のドアが開く。
「──見つけたよ!! カレルが消えた一族だっていう、リーゲル・エラルド医師が残した手記を!」
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。