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3章. 時を超えた想い
9.視ているもの
ロークの声には、確かに感情が乗っていた。まるでリーゲル・エラルド医師の声が聞こえてくるかのような感情の籠った読み方……かの医師のことを知らない俺でさえ、過去に戻ってその情景を見てきたかのような感覚に陥る程に。
「“何にも囚われることなく、お前はお前のしたいように。幸せになりなさい、カレル。しかしこれだけは忘れないで欲しい。お前はこんなにも沢山の人に愛されているのだということを──”」
全てを読み終えて、ロークは目を伏せた。暫しの静寂。ロークも、そして俺も、カレルに掛ける言葉を持ち得なかった。どんな言葉が今の彼に届くのか、どんな言葉が彼の心の平穏に繋がるのかがわからない。
「カレル……」
俺はただ隣に座る彼の名前を呼んで、そっと背中に手を添えることしかできなかった。そして話を聞いてからぴしりと固まったように動かなくなったカレルは、何度か何かを言おうと口を開いたり閉じたりを繰り返して……、やがて困ったように弱々しく笑んだ。
「……。ありがとうございます、ローク。貴方のおかげで、先生のことや……両親のことを、知ることができました」
そこまで言うと、カレルは膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。いつも着ている白衣がその拍子にぐしゃりと皺を寄せるのが、どうにも今のカレルの心情を表しているようだった。
「……あの、おれ……。その、資料を、片付けてきますね」
「……うん」
「ああ、……わかった」
「そうだローク、もし持って行きたい資料があれば持っていっても構いませんが、何かありますか?」
「いや……全て覚えたから、大丈夫だよ。見せてくれてありがとう」
「……いえ、全然。……それじゃあ、ちょっと行ってきますね」
ルイス、美味しいコーヒーをありがとうございました。という俺への感謝の言葉を付け加えながらも何の感情も宿っていない作った笑顔を貼り付けて、彼は自分の部屋へと戻って行った。……いつもなら閉ざすことのない扉を、しっかりと閉じて。
「……きっと、今聞いたことを整理したいんだろうな」
「そうだろうね……。そりゃあ、あんな話を聞いたら誰だってそうなるだろうなあ。僕がカレルの立場でも、そうなると思う。そして、カレルの親御さんの気持ちも……わかるなあ……」
何かを思い出すかのように、ロークは閉じた扉の先を見て、そして俺を見た。しかしその目は、確かに俺を映している筈なのに焦点が合っていない気がする。どこか遠く、遠い昔を思い出しているような、悲しみと慈愛に満ちた瞳だった。
「ローク、」
思わず、テーブルの向かい側に座っている彼に手を伸ばす。
「大丈夫か」
「……え?」
テーブルの上に置いていた手にそっと触れると、ロークは目を見開くようにして驚いた。しかし、酷く驚きつつも俺の手を振り払うようなことはしなかった。
「……お前は、俺を通して誰を視ている?」
「なん、……気づいて、」
「……やはりか。俺の情報をばら撒くなんて脅すようなことを言っていたが、──どうにも、お前がそんなことをするように思えない。そしてロークが俺を見る目……心当たりがある。それは、”家族を見る目“だ。……違うか?」
ロークは俺の言葉に困ったように笑い、目を伏せた。完全な当たりとは限らないが、俺の予想が近かったのだろう。……サリィが俺を見る目と、ロークが俺を見る目が、本当に似ていた。サリィと同じようにロークは──俺を通して、今は亡き家族を視ている。
「……ルイス。今から時間ある? セーフハウスの一つが近くにあるんだ。そこまで僕を護衛してくれないかな。……そこで、君からの質問に答えるよ」
その言葉に静かに頷いて、今まで触れていた彼の手を離す。するとロークは、保険として雇っていたらしい護衛をカレルの護衛に回すと言って小型のトランシーバーで連絡し始めた。軍人や騎士が使っているものは安価な支給品─故に、過失で壊してもそこまで財布は痛まない─だが、巷で出回っているものは認可を受けた高級品だ。性能はほぼ変わらないのだが、出回り過ぎないように値段を高く設定しているらしい。犯罪者達の手に渡らぬよう、購入するには色々面倒な手続きが必要だとか。
「……いたのか、護衛」
「うん。さっきの騒動の時は、ギリギリまで助けに来ないように、って僕が止めてたんだ。本当に協力者になれるかどうか、君の優しさと善性、そして騎士道精神を確かめてみたくてね。怪我をすればカレルの医療技術や人となりも改めて確認できるし」
「…………」
それを聞いて俺ははあ、と溜息を吐く。成る程、目的のためには自分の身まで利用するタイプの人間か。
「俺のことを信じてくれるのは嬉しいが、自分を大事にしてくれ。今回はポーションである程度回復できるくらいの怪我だったが、次は? 俺が気づかないということもある。だから、次はもっとわかりやすく助けを求めてくれ」
「あはは。……うん。……うん、わかったよ」
色々な疲れで頭痛がしてきた俺は暫し目を閉じていて、ロークが俺を眩しいものを見るような目で見つめていたことには、気づかなかった。
~*~
「“何にも囚われることなく、お前はお前のしたいように。幸せになりなさい、カレル。しかしこれだけは忘れないで欲しい。お前はこんなにも沢山の人に愛されているのだということを──”」
全てを読み終えて、ロークは目を伏せた。暫しの静寂。ロークも、そして俺も、カレルに掛ける言葉を持ち得なかった。どんな言葉が今の彼に届くのか、どんな言葉が彼の心の平穏に繋がるのかがわからない。
「カレル……」
俺はただ隣に座る彼の名前を呼んで、そっと背中に手を添えることしかできなかった。そして話を聞いてからぴしりと固まったように動かなくなったカレルは、何度か何かを言おうと口を開いたり閉じたりを繰り返して……、やがて困ったように弱々しく笑んだ。
「……。ありがとうございます、ローク。貴方のおかげで、先生のことや……両親のことを、知ることができました」
そこまで言うと、カレルは膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。いつも着ている白衣がその拍子にぐしゃりと皺を寄せるのが、どうにも今のカレルの心情を表しているようだった。
「……あの、おれ……。その、資料を、片付けてきますね」
「……うん」
「ああ、……わかった」
「そうだローク、もし持って行きたい資料があれば持っていっても構いませんが、何かありますか?」
「いや……全て覚えたから、大丈夫だよ。見せてくれてありがとう」
「……いえ、全然。……それじゃあ、ちょっと行ってきますね」
ルイス、美味しいコーヒーをありがとうございました。という俺への感謝の言葉を付け加えながらも何の感情も宿っていない作った笑顔を貼り付けて、彼は自分の部屋へと戻って行った。……いつもなら閉ざすことのない扉を、しっかりと閉じて。
「……きっと、今聞いたことを整理したいんだろうな」
「そうだろうね……。そりゃあ、あんな話を聞いたら誰だってそうなるだろうなあ。僕がカレルの立場でも、そうなると思う。そして、カレルの親御さんの気持ちも……わかるなあ……」
何かを思い出すかのように、ロークは閉じた扉の先を見て、そして俺を見た。しかしその目は、確かに俺を映している筈なのに焦点が合っていない気がする。どこか遠く、遠い昔を思い出しているような、悲しみと慈愛に満ちた瞳だった。
「ローク、」
思わず、テーブルの向かい側に座っている彼に手を伸ばす。
「大丈夫か」
「……え?」
テーブルの上に置いていた手にそっと触れると、ロークは目を見開くようにして驚いた。しかし、酷く驚きつつも俺の手を振り払うようなことはしなかった。
「……お前は、俺を通して誰を視ている?」
「なん、……気づいて、」
「……やはりか。俺の情報をばら撒くなんて脅すようなことを言っていたが、──どうにも、お前がそんなことをするように思えない。そしてロークが俺を見る目……心当たりがある。それは、”家族を見る目“だ。……違うか?」
ロークは俺の言葉に困ったように笑い、目を伏せた。完全な当たりとは限らないが、俺の予想が近かったのだろう。……サリィが俺を見る目と、ロークが俺を見る目が、本当に似ていた。サリィと同じようにロークは──俺を通して、今は亡き家族を視ている。
「……ルイス。今から時間ある? セーフハウスの一つが近くにあるんだ。そこまで僕を護衛してくれないかな。……そこで、君からの質問に答えるよ」
その言葉に静かに頷いて、今まで触れていた彼の手を離す。するとロークは、保険として雇っていたらしい護衛をカレルの護衛に回すと言って小型のトランシーバーで連絡し始めた。軍人や騎士が使っているものは安価な支給品─故に、過失で壊してもそこまで財布は痛まない─だが、巷で出回っているものは認可を受けた高級品だ。性能はほぼ変わらないのだが、出回り過ぎないように値段を高く設定しているらしい。犯罪者達の手に渡らぬよう、購入するには色々面倒な手続きが必要だとか。
「……いたのか、護衛」
「うん。さっきの騒動の時は、ギリギリまで助けに来ないように、って僕が止めてたんだ。本当に協力者になれるかどうか、君の優しさと善性、そして騎士道精神を確かめてみたくてね。怪我をすればカレルの医療技術や人となりも改めて確認できるし」
「…………」
それを聞いて俺ははあ、と溜息を吐く。成る程、目的のためには自分の身まで利用するタイプの人間か。
「俺のことを信じてくれるのは嬉しいが、自分を大事にしてくれ。今回はポーションである程度回復できるくらいの怪我だったが、次は? 俺が気づかないということもある。だから、次はもっとわかりやすく助けを求めてくれ」
「あはは。……うん。……うん、わかったよ」
色々な疲れで頭痛がしてきた俺は暫し目を閉じていて、ロークが俺を眩しいものを見るような目で見つめていたことには、気づかなかった。
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