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2話 雨のち曇り

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 「ここにいるのか?あいつ...門倉瑠璃かどくら るりは?」
 「おねえちゃん、この人だれ?」

 ひたすらに困惑した。いや、していると言った方が正しい。けれど、私のいないところでこの変わらなくていいと願った日々は変わろうとしていることだけは分かる。

 「とりあえず、上がりなよ」
 「...おう」



 「麦茶でいい?」
 「ありがとう」
 「おねえちゃん、ラルも!」

 私は急いで二人分の麦茶をコップに注ぎ、テーブルへと運んだ。
 喉がすごく渇いていたんだろう。ひろは一気に飲み干した。けど、少しばかりコップに残していた。

 「どうしたの?」
 「やっぱり、るりはここにいるのか...」
 「ひろには見えないの?」
 「ああ、コップが浮いてるのは見えるのにな」

 しばらく重い沈黙が続いた。
 お互いがお互いに聞きたいことがあるのに一歩踏み出せない感じだ。
 しかし、その沈黙を先に破ったのはひろだった。

 「いつからだ?」
 「え?」
 「いつから?」




 「また、来週の月曜日にな」
 「今日金曜日だったの?そんな感じしなかったけど、一週間は早いね」
 「......じゃあ」

 あの質問には答えられなかった。
 いつこの子ラルが私の前に現れたのか、どうやって会ったのか、その経緯でさえまるでないかのように心当たりがなかった。

 「おねえちゃん見て!トランプタワーできたよ」
 「ラル、すごいよ!」
 「今日は一段高くできた」
 「頑張ったラルに今日はオムライスを作るね」
 「やったー、おねえちゃんありがとう」

 大丈夫なはず...
 前となにも変わってない。ラルとののかの日々は変わってないよね?




 小走りで走った。暗くなっていて、灯りは街の蛍光灯しかない。どんどん走るスピードが速くなっていく。

 「かどくらるり」

 思っていることを声に出してしまったらしい。その名前をおれは久しぶりに今日声に発した。同時に、心の奥に閉じ込めていた記憶るりのことも思いだした。

 「これがなにかのキッカケならおれは...」

 いや、後ろを振り返ってはいけない。振り返ったら、自分が走ってきた道に等間隔で二列になって雫が落ちていることを知ってしまうから。





 「スキ...キライ...スキ...キライ...スキ...キライ...スキ...キライ...スキ...キライ...」
 「何してるの?ののか」
 「花をちぎってるの...」

 
 「ひろちゃんって、スキって分かる?」




 ジリリリリリリ...

 「また、あの頃の夢か」

 最近、小さい頃の夢を見る。誰かを見ていたののかに話しかけているヒロとそれを遠くから見ているおれケーキ

 「あれ?ののかが見ていた人って誰だったっけ?」

 頭では考えつつも、体は黙々と動いていた。

 「まあ、いいか」

 そう結論づけて学校へと飛びだした。学校には近いせいかいつもは遅れ気味で登校するが、今日は妙にいつもより早く感じた。

 「おはよー、ってあれ?ひろは」
 「メガネBLがしつこすぎて学校いやになったんじゃない?」
 「相変わらずきついなののかは」
 「佳希けいきって...」
 「なに?」
 「いや、1時限目もうそろそろだよ」
 「はいはい」

 「起立、礼」
 「えー、今日は火山の噴出物についてからですね」
 「秋山、火山砕屑物には具体的に何がありますか?」
 「火山弾や軽石といったものです」

 開始早々もう退屈だ。こういう時隣の席のヒロからパズネコ協力プレイしようぜって言われるけど、今日はそうなことはなく授業に集中できそうだ。

 やっぱヒロがいねぇとな…




 「完璧に風邪引いた…」

 ふとスマホのメッセージを見てみるとケーキから心配のメッセージと放課後に訪問しに行くと伝えられていた。

 「やっぱ気使わせちゃったな」

 あのあとおれはあえて遠回りして家に帰ったせいか冷えて風邪を引いてしまった。
 かどくらるり...昨夜からそのことしか頭にない。けど考えようとするとするする落ち抜けていくように伝えなくてはいけないことを忘れていく。

 「まだ時間あるな...もう一回、寝るか」

そして浅い眠りについた。
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