TEM†PEST

Nagato Yuki

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Mov.61 影との再会

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 戦端を開いたのは、北東からすさぶ風に踊る歌声――
 次第にかさと濁りを増し、中天によろよろ昇る陽をかき消そうとする雲の下で高慢にきらめくハイパーゴッデス号の高みから勇壮な歌声が色あせた平原に響いてウェーブを起こすと、コンコルディ遺跡を背に陣を張っていたヤマト軍にルル・ガーディアンズがときの声をとどろかせて先駆け、続いてオートマトンを加えた他の部隊が流動に乗って突撃を開始――
 ヤマトから離脱した者たちを取り込み、膨れ上がった同盟軍――
 ポイントをつぎ込んで購入したブラックカラーのオートマトンで戦力減を補って迎え撃つ、矢萩に指揮をまかされた真木と中塚両名が率いるヤマト軍――
 双方から押し寄せる怒涛と怒涛が激突し、さながら猛る2頭の巨大な獣が互いに牙を突き立て、爪で切り裂きながら絡み合うように渦を巻いて――敵味方入り乱れて刃と火薬、炎や氷、いかずちといったもので闘争の交響曲を奏でて世界を揺さぶる、1000強の人と機械人形のオーケストラ――火ぶたが切られた当初こそ一進一退の攻防を繰り広げていた両軍だったが、やがて同盟軍の勢いに押されてヤマト軍が崩れ始めた。暴虐な矢萩への忠誠心が低く、SOMAに毒された者が多数を占めるヤマト軍には、ユキトやジョンナ、ミリセント、阿須見、遠山、坂本……に沢城等を加えた面々、ゴッデス・ルルフと彼女に熱狂するルルラー、クォン・ギュンジが族長を務めるコリア・トンジョクメンバー、戦いへの参加を許された後藤アンジェラと白軍服を着た元ヤマト軍兵士という顔ぶれを退ける力はなく、コマンド通りに戦い続けるオートマトンが次々と破壊されていくほど黒軍服姿は1人、また1人と敵に背を向けて逃げ出し、ついには散り散りばらばらに遺跡や森の方へ敗走していった。
 そうしてヤマト軍の壁を突破した同盟軍は、かつて自分たちも頻繁に上り下りしていたゆがみ、曲がった石段を駆け上がって遺跡内にどっとなだれ込み、オートマトンや悪あがきをするヤマト軍兵士と小競り合いを繰り返しながら北にそびえる奇怪な城――矢萩あすろがいるヤマト王城を目指した。その流れの先頭でユキトとジョンナは整地された地面を蹴って人気の無いプレハブ住宅の間を駆け、熱い息を弾ませていた。

「――分かった。僕たちはこのまま先行する。みんなも気をつけて」

 コネクトしているミリセントや遠山たちに返してユキトはウインドウを閉じ、斜めに吹きつける風にあちこち裂け、焼け焦げた跡を残す制服姿を抗わせた。銃声や爆発音が後方から断続的に響き、走る前では仲間からの状況報告を受けてコネクトのウインドウがひっきりなしに開閉している。

「……さびしいものね」

 ユキトの斜め後ろでボブの黒髪とえんじ色のスカーフ、グレーのミニスカートをなびかせ、左右の手それぞれに刀――滝夜叉を握って走るジョンナが、過疎化した住宅地域を見て感想を口にする。

「――前は家がひしめき合っていたのに、今はポツンポツンとあるだけ……」
「ああ……」

 声に苦みをにじませるユキトの髪が跳ね、肘上までまくられたワイシャツから出た黒い腕の先でこぶしが赤黒い爪を手の平に食い込ませる。

「――こんなことにはなっていなかったはずなんだ。僕たちがもっとしっかりしていたら……」
「……そうね。だからなおさら、どうにかしなきゃいけないって思うわ。私たちの手で」
「そうだね……!」

 天を嘲弄するようにそびえるヤマト王城をにらみ、汗にまみれ、いくつも手傷を負った肉体を叱咤しながら疾駆すると、右横百数十メートルに見える運営委員会事務所とヤマト軍本部事務所――旧・軍務マネジメント局事務所――が後方にぐんぐん流れていく……もうじき住宅街を抜ける――そのとき、前方のプレハブハウスの陰からいきなり数体の黒いオートマトンが飛び出し、急停止したユキトとジョンナに連続炸裂したグレネードの爆風が周囲のプレハブハウスの窓ガラスを粉々にし、壁をゆがめてひび割れさせる。

「――このぉッ!」

 バリアを強めて爆発に耐え、巻き上げられた土煙から飛び出したユキトは、リヴォルヴィング・グレネードランチャーを捨てて刀で斬りかかるオートマトンの胸を砲撃レベルの右ストレートで粉砕、脇から襲いかかる影をローファーで蹴り飛ばした。よろめいたその個体を縦横に切り裂いた滝夜叉は近距離から銃撃するオートマトンにひらめいてのっぺりした顔を横一文字に断ち、光るこぶしを振るうユキトともども次々とちりを発生させて一団をたちまち全滅させた。

「ユキト、平気?」

 ジョンナが滝夜叉を振ってちりを払い、周囲に警戒の目を走らせる。

「ありがとう。大したダメージは受けてないよ」

 ユキトはメガポーションを使い、焼け焦げたワイシャツとその下のTシャツ、スラックス、そして爆発で火傷を負い、グレネードの破片で傷付いた肉体を回復させて微笑したが、浅黒い顔に浮かぶ疲弊――ヤマト軍相手の激闘に加えて体内で昼夜問わず続く苦闘によるものまで除くことはできず、それを目にしたジョンナの表情を切なげに曇らせた。

「……やっぱり、みんなが追い付くのを待ちましょう」
「気にしてくれるのはありがたいけど、大丈夫だよ。早く行こう」
「だけど――」
「矢萩は魔人以上かもしれない。化け物同士で決着をつける方が、余計な犠牲者を出さなくて済むんだ」
「ユキト……」
「ごめん……」

 うっすら充血した目を伏せ、右手を征服した黒い呪いを見、ひびが深まっていくような頭痛に歯をかみ締める……と、醜く肥大した右腕に白い手がそっと触れ、はっと顔を上げさせる。

「あなたは化け物なんかじゃないわ。ちゃんと人の心があるもの。私を救ってくれた心が」
「……ジョンナ……」

 滝夜叉をイジゲンポケットにしまって空いた手が、左右から苦悩の病巣をしっかりつかむ。そこから分厚い皮膚を通して伝わるぬくもりが、陰りを払ってユキトの瞳に光を取り戻させた。

「……みっともないこと言っちゃったな……まったく……」
「人間ですもの、そんなときもあるわ。だけど、今のあなたはそれに捕らわれたりはしない。でしょう?」
「ああ、膝を抱えていたってどうにもならない……道は、行動することでしか開けないんだ」
「ええ」

 静かに手を離したジョンナはヘブンズ・アイズを開き、ヤマト王城6階――最上階に矢萩のキャラクター・アイコンが堂々と表示されているのをチェックすると、金のしゃちほこが鬼の角のごとく見えるヤマト王城の天守を見上げて唇を真一文字に結び、再び取り出した滝夜叉の赤い柄を握った。

「行きましょう。中塚は逃亡、真木は捕虜になったってコネクトがあったけど、矢萩を倒さなければ終わらないわ」
「そうだな」

 うなずいてジョンナと再び走り出し、過疎化した住宅街を抜けてから数回オートマトンと交戦して打ち破り、ヤマト王城周囲に高さ3メートルの赤黒いコンクリート塀を巡らすやぐら門にたどり着く――やぐら門は王城同様黒瓦屋根の上で一対の金鯱が尾を振り上げ、分厚い鉄の門扉を固く閉ざして外敵を阻んでいる。だが、それをブレイキング・ソウルの一撃でぶち破ったユキトたちは侵入者を殺害しようとするオートマトンをちりに変えてコンクリート舗装の地面を真っ直ぐ突っ走り、王城の扉を破壊してエントランスに突入した。

「――く、うッッ!」

 飛び込んだ途端、正面で半開きになったスライドドアの陰から浴びせられる集中砲火――バリアを強めて耐えるユキトとジョンナがすさまじい火花を飛び散らせ、グレネードの炸裂によろめく様を血の稲妻が幾筋も走る目玉がとらえ、黒い床を跳ねる薬莢の音に性器を夢魔にまさぐられているかのような荒い息づかいが混じる。

「――いい加減にしなさいよッ!」

 叫んだジョンナが振る刃から数多の氷柱が飛び、ドアと黒御影石の壁を破壊してそれを盾にしていた親衛隊の少年少女たちに突き刺さる。赤黒い桜紋の襟章をつけた彼等がひるんだ隙に踏み込んだユキトは甲高い奇声を発して振り下ろされた刃を光るこぶしで折り、SOMAに蝕まれた顔面に肘打ちを見舞うのを手始めに大暴れした。元は戦闘スキルが高い者をそろえた親衛隊だったが、ドラッグに毒されて頭も体もとろけてしまった彼等は相手にならず、ばた、ばた、ばたと床に倒れてみじめにうめいた。障害を取り除いたコンビは、息を整えながら黒軍服をまたいでフロア中央で城を上下に貫くエレベーターに近付いた。

「……動いていないな」

 ユキトが反応のないドア脇のボタンから指を離す。

「――裏に階段があるんだよな?」
「そう。私と後藤さんが提供したマップデータ通りよ。それで最上階まで行けるわ」

 小走りでエレベーター裏に回った2人は扉を押し開け、5,6人横に並べる幅の折返し階段をブラケットライトに冷たく照らされながら駆け上がった。城に入ったときから鼻を突く、甘ったるく生臭い――地獄の汚物溜まりから漏れているような悪臭は、上の階に行くほどきつくなってバリアを強めさせる。

「……ひどいな」
「ここまでとはね……SOMAを吸いまくって乱痴気騒ぎを繰り返していたらしいけど、その臭いが城全体に染みついているんだわ」
「まともに嗅いでいたら、そのうち気が狂うよ……――んッ?――ええッッ?」

 5階の踊り場を曲がりかけたユキトは階段の上を見て素っ頓狂な声を上げ、金縛りにかかった体にババババババッと連続被弾して後ろの壁にしたたか背中をぶつけた。バリアを強めてユキトの盾になったジョンナは、踊り場から数段下にかけて立つ、サブマシンガン〈MIC14〉を構えた4人の少女――一糸まとわぬ裸体に乱れきったぼさぼさの髪とドロッと気色悪い笑顔のジャンキーたちに十字の構えを取った。

「ユキト、大丈夫よね?」
「ご、ごめん」

 振り返らずに問うジョンナの背後でユキトは銃撃の痛みをはねのけて立ち上がり、不意打ちを食らった羞恥が混じる赤面で凶器を構えた全裸の少女たちを遠慮がちににらんだ。

「……とんでもないものを見て、つい……」
「ギャヒ、ハ、ハ、ファ、ハ、ハ、ヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 ネジが何本も飛んでいるみたいな嘲笑が上から降り、ふらふら左右にどいて壁や階段の手すりにもたれた少女たちの間にフルヌードの入谷玲莉がはだしでピタピタ下りて来て立ち、ひん曲がった口にくわえた吸引器をクッと上げて、甘ったるい煙を漏らしながら階下をニタニタ見下ろす。枯れ草的色艶の、だらしなく垂れた髪で何分割にもされたえら張り顔を紅潮させる彼女の右手に握られた濃褐色の蛇腹鞭〈ナーガラージャ〉――それは、よがってくねる感じに鋼の身を動かしていた。

「あ、ヒャ、ひゃ! 化けモンろクセにヌード見て隙がでじるとはネェ! マジウケるわァ! あひゃハッ、はへは、ひ、ひ、ヒヒ、ヒ、ひッヒ!」

 入谷が頭をガクガク振り、体を揺らして哄笑すると、左右の少女たちも狂った笑い声を合わせる。それは悪霊に取り憑かれた人形たちのコーラスに似た、身の毛がよだつ光景だった。

「――入谷玲莉ッ!」
「アぁん?」

 呼び捨て、ブラケットライトの光で白刃をぎらつかせたジョンナを入谷はギロッとにらみ、ハエジゴクを思わせる黒まつ毛のトゲをそり返らせた。

「イジンのゲリブスがアらシを呼び捨て? ずいぶんチョーシくれてンねェ! テメェが薄汚いイジンだってことは、今やプロフにバッチシ表示されテンだよォ! 劣等人チュの分際でさんざんヤマトナデヒコをかたりヤガって!」

 ブワブワ煙を吐いて罵り、殺気みなぎる目を左右にやり、くわえた吸引器を勃起したごとくそそり立たせる。

「――アンダらッ! そこのクザれイジンと化けモンをブッ殺ジたらSOMAをタップリくれてやルよッ!」

 少女たちのよどんだ目がカッと一変、目一杯トリガーを引かれたMIC14がフルオートで弾丸を発射したが、階段を駆け上がるジョンナが剣光を交差させて放った斬撃がそれらを散らして銃撃者に叩き込まれ、吹っ飛んだ裸体が踊り場の壁にドッと打ち付けられ、階段の手すりを乗り越えて階下に転落する。

「――ナメんにゃよッ、ゲリブスゥッ!」
「――ッ!」

 バリアを強めてひとり耐え切った入谷が斬撃を放ったジョンナの隙を突いて飛び出し、シャアッッと宙を走ったナーガラージャで2本の滝夜叉を絡め取ると、セーラーブレザーの腹部に蹴りを入れて後ろのユキトにぶつける。

「――あぐっ!」
「ぐっ、ジョンナッ!」
「死にさらぜェッ! クソゲロどもォォッッッ!」

 奪った滝夜叉を投げ捨てたナーガラージャが身を躍らせて襲いかかり、とっさにジョンナをかばったユキトの右腕に巻き付く。

「――づぅッ!」
「ふふ、フ、グフフ、ふふ、ふッ、フフフッ、グフッフ……」

 黒く膨れた右腕をギリギリ締め上げる鋼の大蛇――入谷は貧しい胸を興奮で上下させ、濡れ濡れの唇の端からツウッとよだれを垂らした。

「――そのマジキモな腕をもいでかヤるおっ! そうふれば、少しは長生ちできるんだンッ?」
「――余計なッ、お世話だッッ!」

 右手をグイッと引き、踏み込んだユキトが繰り出す左手が光を強めるや醜く膨れ、バリアを破って入谷のみぞおちにめり込む。腹部から折り曲がった裸体を浮かせ、くわえていた吸引器を吹き出して目玉を飛び出させた入谷にユキトの脇から猛然と氷晶が吹き付け、標的を凍り付かせながら飛ばして踊り場の壁に激突――床に叩きつける。そこに素早く駆け寄ったジョンナは、氷系魔法クレイジー・アイスを放ったマジックダガーを消す代わりに手にした封印の手錠を床でガタガタ震える入谷の両手首にはめた。
「命までは取らないであげる。そこで震えていなさい」
 冷たく見下ろして言い、ふうっと息を吐いて振り返ったジョンナは肥大化した左手を見つめるユキトに胸を詰まらせ、階段を下りてそばに戻った。

「……左手……」
「……どうってことないよ」

 こわばった表情を微笑で紛らわせ、ユキトは光が消えた左手を下ろすと落ち着き払って言った。

「……右腕と同じようになっただけさ。力を使いまくっているんだから、影響が出るのは当たり前だよな」
「……体の方は?」
「相変わらずだよ。もう慣れっこさ」

 日に日につらくなるだるさや頭痛を押し殺し、ユキトは視線を階上に向けて汗に濡れた髪を右手でかき上げた。

「行こう」
「……ええ」

 うなずいたジョンナは視線を外して瞬き、うっすら潤んだ瞳で滝夜叉を探し、拾った。パートナーの準備が整うとユキトは一緒に階段を――倒れている裸の少女たちと入谷を避けながら上がって6階フロアにつながる扉に近付いた。閉じられた鋼の扉……その隙間から空間そのものを蝕みそうな悪臭と邪気が漏れ、扉の両脇に立った2人に嘔気を催させた。

「……いるわ」ヘブンズ・アイズを見て、ジョンナがささやく。「2時の方角、距離およそ13メートル」

 うなずき、右こぶしの光を強めたユキトは、圧して潰そうとするプレッシャーに逆らって目配せし――

「――らァッッ!」

 叩き込まれたパンチで扉がひしゃげて吹っ飛ぶと2人は赤じゅうたんの領域に踊り込み、10メートルほど隔てた黒革ロングソファの真ん中にだらしなく座った半裸の魔王をとらえた。蛇の束のようなうねった髪を無秩序に乱し、緩んだベルトが通る黒のスラックスをはいただけの矢萩は、前で鈍く黒光るローテーブルにでんと乗せた右素足の裏をユキトたちに見せ、左に傾いた体を左肘で支えて、右手の指に挟んだ吸引器と口から漏れ出る煙で窓シャッターがすべて下り、華やかながらうつろな光が天井の照明から降るがらんとしたラウンジの空気を腐らせていた。

「……にゃんだ、テメェら?……」

 半分下りていたまぶたが上がって双眸が凶悪にぎらつくと、胸のウルトラオーブが赤黒い輝きをはらむ。右足を大儀そうにローテーブルから下ろした矢萩は体を立て直し、頭を傾けると闖入者ちんにゅうしゃをにらんで眉間に稲妻を二筋走らせた。

「……クズどもがどうしてこんらところにいやがる? 玲莉たちはどうしタんざ……?」
「終わりよ」滝夜叉の刀身がきらめく。
「軍は潰走、親衛隊と入谷も倒れたんだ! おとなしく降伏しろ、矢萩ッ!」
「ははっ」

 せせら笑った矢萩は悠然と吸引器を運んで吸い、瘴気しょうき然とした煙を吐き出してユキトを見据えた。

「……ヤマトの王に大層な口を利きやラッて……しばらく見なひ間に色黒になって、キモい両腕になりヤらったな! もうアレだろ? 中身はすっカり化け物になり果ててンだろ?」
「それはあなたのことでしょう」静謐せいひつな声で切り返すジョンナ。「ユキトはユキトのままよ。姿形がどれだけ変わろうともね」
「ふふんっ、ほざいでンじゃねーよ、イジンッ!――」

 蹴り飛ばされたローテーブルが横転し、ユキトたちの数メートル手前で脚を天井に向けて止まる。吸引器片手に立ち上がった矢萩の素足にパッとヤマト軍の黒ブーツが装備され、邪悪な輝きを増した胸から大嵐級のエネルギーが発生すると、後ろのロングソファと左右のソファがひっくり返って赤じゅうたんの上をずるずる逃げ、ガラスが瞬時に砕け散ってゆがんだ窓シャッターが吹っ飛び、おびただしい災いの卵をはらんだような雲がフロアをのぞいて、風が略奪でもしに来たように荒っぽく吹き込んで来た。

「カスどもなんざ、俺様1人で皆殺しにしてやらあッ!」

 くわえた吸引器を上下させ、赤い下弦の月を表した口が、暴風に抗うユキトとジョンナにけたたましく吠える。

「――見せげやるッ! ウルドラ矢ハジ様のパワーをなぁッッ!」

 ウルトラオーブの前で輝く腕がクロス――放たれた赤黒い光線が左右に避けたユキトとジョンナの間を一直線に飛んで階段とエレベーターが収められた六角形の中央区域を、さらにその向こうにある大浴場をぶち抜いて外壁を吹き飛ばす。がれきを地上にばらばら降らせるエネルギーが尾を引いて彼方に消えたとき、矢萩は左右からの輝くこぶしと白刃の挟撃を広げた両腕で受け止めていた。

「――ははハッ、ほの程度あよッッ!」

 腕にはじかれた2人は、すぐさま体勢を整えて連携攻撃を仕掛けた。息の合った打撃と斬撃のコンビネーションが前後左右から矢萩を殴り、斬り付けて――だが、それらはSOMAで損なわれてなお強力なバリアのせいで本体にほとんどダメージを与えられなかった。

「――スペシャル・スキルをぶつけるわっ!」

 叫んだジョンナの刃が輝き、巻き添えを避けるため飛びすさったユキトの視界で光の斬撃が立て続けに矢萩へ飛ぶ。が、次の瞬間必殺の緋修羅は左腕の一薙ぎではじき散らされ、そろった右手指先から飛ぶ矢尻型光線――ブラッド・アローが滝夜叉の刀身を交差させてガードするジョンナに炸裂――紙屑のごとく吹っ飛ばして叩き付けた壁にひびを走らせる。

「ジョンナッ!――このおッ!」

 ユキトの全身――こぶしが光を強めて燃え上がり、果敢なラッシュが胸に腹に、顔面に強烈な連打を打ち込んで口から吸引器をはじき飛ばす。

「――ダははッ! ヘヤアッッ!」 
「ぐッッ!――」

 左肩にドォンッッとめり込んだチョップの衝撃がユキトの右膝をガクッと折り、続けざまあごに炸裂した膝蹴りがのけぞらせて赤じゅうたんに背中を打ち付ける。跳ね起きたところを狙って繰り出されかけた矢萩のストレートが脇からの斬撃にタイミングを狂わされ、迎え撃つブレイキング・ソウルとの激突で生じた衝撃波が王城をグラグラ揺さぶる。

「ちっ、ザケやがって……ザコどもが……!」

 2,3歩後退した矢萩が、痛めた右手を振って舌打ちする。対するユキトはジョンナと並んで身構え、しわが寄った険しい顔に脂汗を流した。

「……フルバーストしてるってのに……!」
「とんでもない怪物ね……!」
「ふフん、俺ザマは無敵ダんだよ。身のホゾ知らずのゴミどもべ! さっさとクダばってボーナズをよこしやがレッ!」

 腕が再びクロスして赤黒く輝き――しかし、エネルギーがフルチャージされる寸前、ユキトたちの斜め後ろから虚空を水平に貫いた一撃が矢萩の右肩を激しく突き、構えを崩してよろめかせる。

「――誰ガァ!」

 血がにじむ右上腕を左手で押さえ、血走った目がギョロッと動き、先程ブラッド・レイに真ん中をぶち抜かれた中央区域の陰から現れた人影をとらえて大きくむかれる。

「……テッ、デメェ……!」

 驚きはすぐに冷ややかな嘲りに変わり、凶相が残忍にゆがむ。矢萩を警戒しながら振り返ったユキトとジョンナは目を疑い、光を鍛えたような刀身の日本刀を握る右手を下げ、厳粛な足取りで近付いて来る白軍服姿の青年を穴が開くほど見つめた。

「……え? さ、佐伯さん?」

 半信半疑のユキトの隣で、言葉を失うジョンナ……矢萩が放ったブラッド・レイインフィニティの光に消え去るのを目撃していては無理もなく、佐伯がユキトの横に立ったところでようやく瞬きをした。

「軍将……」
「佐伯さん……」

 ユキトは並んだ相手を見上げた。金の肩章とボタンが映える白軍服、ブーツもあのとき――峡谷でハーモニー軍とコリア・トンジョクが交戦したときと同じ。違うのは鬼気みなぎる羅神に替わって手にしている厳かな輝き……白銀の刃に群雲むらくもが彫られたつばをはめ、純白の柄糸がきつく巻かれた柄と一つにした、雄々しくも美しい日本刀と憑き物が落ちたみたいに澄んだ顔。存在を確かに感じるユキトは薄く笑う矢萩に焦点を合わせ、目を見張っているジョンナを横目で見てから尋ねた。

「――あいつにやられたって聞いてたんですけど……無事だったんですね」
「ああ、どうにかな」答え、佐伯はユキト越しにジョンナを見た。「加賀美――いやトゥ・ジョンナ、今まで苦労をかけてすまなかったな」
「佐伯……さん……本当に生きて……」
「ゲハハハハッッ!」

 辺りに突き刺さる、狂的なせせら笑い。右肩――高い治癒能力によって傷は癒え、跡形もなく消えていた――から左手を離した矢萩は腕を組んであごを上げ、うねった髪を風で逆立てながら唇を鎌の刃状に曲げた。

「知ってたゲ、きザまが生きているってゴとはな。死ねばオレざマにボーらスポイントが入るはずだもンなァ。大方バリアMAXで耐エ切って、ステルスにじて姿をくラましたんだろ? 死に損なヒが今ザらノコノゴ出て来てきやガッて。まさかこのクソガキどもの手を借りてリベンジじようなんて無駄なこと考えデンのかァ?」
「……決着をつけるぞ、矢萩」

 並々ならぬ覚悟がこもる声で告げ、佐伯は前に出てユキトたちを背にすると得物の日本刀〈天叢雲あまのむらくも〉を正眼に構えた。

「佐伯さん、僕たちもやります!」
「ええ、一緒にあいつを――」
「手を出すな」

 矢萩をにらんだまま、佐伯は断固たる口調で押しとどめた。

「――こいつを討つため今までひたすら己を磨き、この天叢雲をグロウスで強化してきたのだ」
「で、ですが……」
「……分かりました。――ジョンナ」

 ユキトはためらうジョンナを促し、それぞれ右と左に離れた。翻心させることはできないと感じてのことだった。

「へっ、ホザキやがっデッ!」

 腕組みが解かれ、赤黒い六芒星型の光に包まれた右手からズオッッと刃が伸びる。アスタブレイドを剣状にした矢萩はそれを水平に上げて狙いをつけ、両目に映る佐伯を憎悪で焼いた。

「一ゲキで消ジ飛ばしたりハしねェ……! ゴの手で切りキザんでちりにしてやラァ。ゾうすりャ下らネえ幻も二度と出ねえェッッ!――」

 ズオ――ッッと伸びて串刺しにしようとしたアスタブレイドを白刃ではじき、駿馬のごとくじゅうたんを蹴った佐伯は逆さまのローテーブルを飛び越え、その間にブレイドを短くした矢萩と斬り結んだ。いきなりクライマックスに突入した感の、息もつかせぬ斬撃のハードロック――息を詰めて見つめるユキトたちの目の前で高速の舞踏のごとく足をさばいて身をこなし、光を散らして刃をはじき合う熾烈な攻防――矢萩の薄ら笑いはすぐに斬り飛ばされ、手こずるいら立ちから怒りが荒れ狂い出す。

「――このクゾがァ! さっざとぐたばれやァッ!」
「――ハアァッッ!」

 激情に駆られた刃をしのいで突き出された白刃が、バリアを破って矢萩の右頬を切る。尖った頬骨の辺りから血を流す敵に佐伯はたたみかけ、白刃から闘気の猛虎群――九虎流――を放って襲いかからせた。

「ぬグうッッ!――この、堕らぐ者の分際ぜェェッッ!――」

 後ずさりながら猛虎たちを斬り飛ばした矢萩のそばに小鳥サイズのハチ型マシン――動画撮影アプリ・MoBeeがパッと現れ、開いた洗面鏡大のウインドウが間合いを詰める相手側にクルッと回転――大音量で流される映像が佐伯の目を捕らえた刹那――

「――ぐうッ!」

 腹部に深々と突き刺さる、赤黒い刃――そして力任せに引き抜かれた佐伯は、振り下ろされる袈裟掛けの斬撃を飛びのいてかわし、加勢しようとするユキトたちを制して正眼の構えを取ると、激痛をこらえながらMoBeeのウインドウを凝視した。
 ジュリアが――後ろ手に封印の手錠をはめられ、口に猿ぐつわをかまされた吉原ジュリアが『けだもの』の凌辱りょうじょくから逃れようと必死に身をよじり、叫びにならない声を上げながらけがされていく、直視に耐えない惨状――それは離れている2人にもむなしい悲鳴とそれにかぶさる矢萩の下劣な興奮、入谷の耳障りなはしゃぎ声で大まかな内容を知らせ、色を失ったジョンナの唇をぶるぶる震わせた。

「……どういう……ことだ?……」

 あえぎ、軍服の赤い染みを広げながら問う佐伯……それをしてやったりという顔でにやにや眺める矢萩はMoBeeを消し、加虐の快感に舌を跳ねさせながら両手をめった打つごとく振り回した。

「ドウもゴウもねえよ! 見たマンマは! キハハハハハッッ! こんなイぢンのクゾガキに熱を上げやばってよォ! お前もあのクズガキ――シン・リュほンとおんなじだナァ。あいづもこれを見テ逆上しやがっダヨ。ソォマに吸われてロクに動げもじない体で俺様だちに向かっべ来ようとじやがってさ。じゃからボゴボコにしてやったぜェッ! ゲヘヘッ! そんなこどをヤッていたせいれ、あの黒ウロコミミズどもの奇襲を許してしラったのは悪いと思っゼるぜェ! アはハハッ、ガハはハはハハハッッ!」
「……まさか……」

 眉間を割られたような顔をするユキト。

「――お前、あの夜……」
「ああ、ぞーだよ。俺様たちハなァ、あノ晩クズガキに制裁をくわエてやってダんダ。見張りの相方をSOMAで釣ッてなァッ! 言ってみりゃ、あンなメヂャグチャになって死人が出たのは俺様だちのぜいだなァ! フフ、ゲヘヘヘッ、ザマあねェーな、お前ラ全員ッ! ヘェハハハハハハハハハハハハハァァッ!」

 饒舌じょうぜつ悪行あくぎょうをぶちまけた矢萩は、絶句し、そしてこみ上げる怒りでわなわな震える三者に頬骨が張った頬を紅潮させ、卑しげに緩んだ口角からよだれを垂らした。

「……貴様……!」

 天叢雲の切っ先が震え、血の気が失せていく佐伯の顔で両目が紅蓮ぐれんに染まる。

「クケケ、激おこガい? けど、腹に穴が開いたテメエにはどおすることモできねえなァ。ゲヘッ!」

 矢萩は噴き出し、血の染みを指差した。

「――おもらししたミテえに濡れ濡れダぞォ! グヘ、ヒヒャハハ! 言っドくが、ポーションとかを使う隙なんゾやらネえ! そのままクタバっちマエッッ!――」

 踏み込んで振り下ろされたブレイドが白刃とぶつかり、バヂィッッと響く爆音――深手を負って苦闘する佐伯を殺しにかかる赤黒い光刃――

「佐伯さん!」
「私たちも――」
「手出し無用だッ!」

 拒んだ佐伯は矢萩に斬り付け、そのままドオッと体当たりしてよろめかせると間合いを取り、強弓ごうきゅうを引き絞るごとく突きの構えに入って白刃を凄絶に光らせた。

「――この手で仕留めなければ、死んでも死にきれない……!――一緒に地獄に落ちるぞ、矢萩ッ!」
「ゲハハッ! やゲるもんじゃらやっデみろよッ、佐べきィッ!」

 ウルトラオーブが地獄の太陽さながらに輝いてフロアをぎらぎら照らし、アスタブレイドのエネルギーが凶暴に増幅する。伸び上がる赤黒い影――壁と天井で亀裂の稲妻が幾重にも交差し、窓ガラスとシャッターは吹き飛び、ソファとローテーブルが血の海と見まごう赤じゅうたんの上に倒れた空間――固唾を飲んで死闘を見守るユキトとジョンナを意識から消し去り、佐伯は全身全霊を注ぎ込んでスペシャル・スキル――素戔嗚すさのおを発動、闘気を猛々しく噴き上がらせた。
 刃と刃――
 影と影――
 佐伯と矢萩――
 狂おしい相克が吹き込む風を巻き込んでごうごうと渦巻き、ヤマト王城を震動させて――

「――ハアァァァッッッッッ!」

 猛る気が爆発――矢萩めがけて飛んだ佐伯の胸部にアスタブレイドが刺さり、赤黒い切っ先が背から突き出る。がく然とするユキト、悲鳴を詰まらせるジョンナの視界で血を吐いた佐伯の目は、赤黒い塊に食い込んだ切っ先をにらんでいた。

「……ガ、ぎ、ぎザま……ッ!」

 胸に天叢雲が刺さる矢萩の右手から刃が消え、胸と背からどっとあふれ出した鮮血が白軍服を染め上げんとする。それでもなおとどめを刺さんと佐伯が踏み込みかけたとき、割れたウルトラオーブ――矢萩が強烈な閃光を発して目をくらませ、続く爆炎がフロアを瞬時に席巻――
 スペシャル・スキル〈ウルトラ・エクスプロージョン〉――
 爆発は天井と瓦屋根を突き破って炎を噴き上げ、かろうじて窓枠が残っていた壁を砕き散らして数メートル四方の床をドッと崩落させた。ヤマト王城6階の北東部分は、巨大なパワーショベルがとち狂って突っ込んだと思わせる有様だった。

「……く……!」

 つかの間飛んだ意識を取り戻したユキトは左頬がくっ付いた床に手を突き、ワイシャツとスラックスをずたずたにされ、半壊した中央区域の壁に叩き付けられた体を起こして辺りを見回した。

「――ジョンナ! 佐伯さんっ!」

 立ち上がるユキトのほど近くで制服と黒タイツがところどころ裂けたジョンナがうめき、体を起こして四つん這いになる。その前方――崩落して大穴が開いた床の縁では、仰向けに倒れた軍服姿ががれきの下敷きに……少年と少女は自分たちの手当てそっちのけでがれきを踏み越え、半ば埋もれた佐伯に近寄って救助に取りかかった。

「佐伯さん!」

 ユキトはがれきを払い、つかんで脇に放り投げた。

「――今、助けますから!」
「佐伯さん! 佐伯さんっ!」

 風に髪を吹き乱されながらがれきを取り除いて2人が左右に膝を突くと、ずたぼろの軍服を濡らす血臭が鼻を突く。深手を負った上に至近距離で矢萩の自爆攻撃を受けてなお佐伯は右手に天叢雲を握り締めていたが、半ば落ちたまぶたの地平に瞳は沈みかけ、絶え絶えの呼吸とともに体が光のちりに変わり始めた。

「佐伯さん、ギガポーションです! しっかりして下さい!」

 ユキトはイジゲンポケットから出した金の瓶の蓋を取って光の粒子を全身にかけたが、消滅は止まらなかった。

「……無駄だ、斯波……もう……手遅れだ……」
「そんなことないですッ!」

 打ち消そうとするジョンナが胸と腹部の傷にギガポーションを2本、3本とかけたが、効果はなかった。白くなった顔をなすすべなく見つめる2人……佐伯は目尻を和らげ、血で染まった唇で力なく自嘲した。

「……とどめを刺し損なった……けじめを付けられず……終わるとはな……」
「な、何を言っているんです!」ジョンナが消えゆく右腕をつかむ。「そんな諦め、らしくありませんよ!」
「そ、そうですよ!」
「……お前たちには本当にすまないことをした……手本になるどころか……後は頼む……良い世界を……作ってくれ……」

 涙ぐむ2人に後事を託すと、佐伯は視線を虚空に向け、消えゆく瞳に映る何者かをじっと見つめた。

「……すまなかったな……」

 つぶやいた肉体が薄れ、光のちりが天に昇る途中で消える……残されたユキトとジョンナの涙に送られ、佐伯修爾の魂は散った。





「……はぁ、ゼぁ……――うおおッ!」

 北東からの強風にあおられて石の縁を踏み外し、崩れた石垣の坂をごろごろ転げ落ちて荒野に投げ出される矢萩――

「……ぐ……ヂクしょオッ……!」

 悪態をついてよろよろ体を起こし、振り返って斜面の上をうかがう醜貌しゅうぼうがおびえでさらにゆがむ。この遺跡北端にまだ追手の影はない。あえぎながら立ち上がった矢萩は前のめりになって枯れ草を踏み、小石を蹴って、ねじけた髪を風にいたぶられつつ遺跡から離れようと躍起になったが、バッテリーが切れたマシンさながらに全身がずしりと重く、思うように動かなかった。ウルトラ・エクスプロージョンの爆発とともにヤマト王城の天守から飛び降り、ばらばらに飛び散ったスラックスとブーツを予備に取り替えた半裸の胸では、佐伯渾身の一撃で割れたウルトラオーブが輝きを失って石化していた。

「グゾッ、ハァ、ごのままでズむと思うなよ……!」

 フェイス・スポットの外――揺らめきへと急ぎながら回らぬ舌で呪い、唇をもだえさせる色の悪い顔は張りつやを失い、頬がこけていっそう目立つ頬骨がドクロを連想させる。ようやくゆがみの領域に足を踏み入れたところで深く息を吐き、泥の中を進むような感覚に鈍る歩み……ステルス・モードにしているからヘブンズ・アイズで現在位置を特定されはしないし、流動に紛れているため目視でも見つけにくい。これで逃げられる……笑みを漏らした矢萩はこみ上げる強烈な羞恥と怒りに顔を赤らめ、胸の石の塊を引きつったまなざしで見つめると割れ目に右手の指を這わせた。

「……ごんな……割れたグラいでェ……!」
『大変なことになっているようですね、矢萩あすろ』
「――ワ、ワンッ!」

 見上げると、頭上数メートルの高さからきらめきが目に刺さる。驚き、落ち延びようとしている無様な姿を見られて気色ばむ顔で表情筋がもがいた。

「の、のんきナこと言っデんジャねえッ! こ、ごれを見ろッ!」胸が指差される。「これを元ドオりにズるにはどオすりャいいンダァ!」
『どうすることもできません。破壊されたウルトラオーブをよみがえらせることは不可能。あなたは力を失ったのです』
「ジョ、冗談ダねーぞォォッ! そレじゃ、どうヤッてクズどもをぶっゴロせばイいンだヨォッ! 復元デキねーッてのナら、新じいのをヨこしヤガれ! ゾレくらいできルンだロウガァ!」
『一度でも幸運をつかめたことを感謝すべきではありませんか、矢萩あすろ? 大半の人間は望んでも叶わないのですよ』
「ウルッせェェッ、このヤロォォォッッ!――」

 怒鳴りつけ、頭上に向かって唾を飛ばしながら口汚くののしり、是が非でも要求を通そうとわめき立てられる自分勝手な理屈――

「――デメエらが俺にウルドラオォブを与えダガらこんなことにナッてんダぞ! その責任ヲ最後マでトレッてンだよ! もウ一度オーブをよゴせ! よこしヤガレッてんだ、クサレALゥッ!」
『……あいにく、そういったクレームは受け付けておりません。では、失礼致します』
「あっ、おい、デメエッッ!」

 上昇する光球に指をそろえた右手が突き上げられたが、ブラッド・アローを放つことはできなかった。こぶしを固めて地団太を踏んだ矢萩は、ワンが濁った雲の流れに消えてもなお罵詈雑言を噴き上げ続けた。

「――ウジ虫めェ! いいガ、デメエら一匹残らずぶち殺しデやるガラなッッ! ALごドきがヂョウジに乗りヤがってェッッ!――」

 不意の寒気――ゾッとして視線を下ろし、矢萩は凍り付いた。自分が向かっていた先、前方20歩ほどのところで影が揺らめいていた。それは立ちすくむ矢萩にひどく汚れたカーゴパンツから出た黒い素足で一歩一歩近付き、傷だらけの奇怪な赤仮面を流動から浮かび上がらせた。

「……なにピカピカしてやがるかとおもえば……!」
「……デッ、デメェッ!」

 風にあおられ、流動に押されてよろめき、後ずさる矢萩……血の気が失せた顔から冷たい汗が噴き出て頬をたらたら伝う。遺跡一帯から風と流動に乗って伝わる争乱の気配、そしてワンのきらめきに引き寄せられた魔人シン・リュソン……黒い上半身の半分以上がいびつに盛り上がった破壊者は、おののく仇敵――石になった胸のウルトラオーブを仮面越しににらみつけた。

「……ナンだ、それは……!」
「――ッ!」
「……そうかよ……ふっ、ふふふふふふふ……」
「ちょ、ま――」

 暗い光を発して水平に上がった黒い異形の両腕がズオオッッと大型の高出力ビーム砲に変形――その砲身から盛り上がって現れたレールガンやガトリングガン、リヴォルヴィング・グレネードランチャーなどの兵器にグルッと囲まれる。さらに肩、胸、腹、背中から小型ミサイルのとげを突き出したシンはグッと腰を落とし、流れる地面を踏み締めた。

「おッ、おいッッ、やメりょッ!」
 
 矢萩は手の平を向けて両手を突き出し、自分をロックオンした殺意に浮き腰で叫んだ。

「――やめレくれッ! 同じ人間ラろうッ?」
「しね……!――」

 兵器が一斉に弾を、ビームを撃つ反動で足が地面を削り、小型ミサイル群がおびただしい排煙の尾を引いて立て続けにターゲットへ炸裂――必死にバリアを強める矢萩だったが、ウルトラパワー無しで防ぎ切ることはできず、どんどん血肉が飛び散って輪郭が崩れていく。

「――た、だッ、ダスげでッ! ダスケでぐれえェェッ! ダレか、ジャレかああアアアアッッッッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――………………                     」

 空間を揺るがす破壊の狂気が治まり、爆発の炎と煙が落ち着いたとき、そこにはわずかな光のちりさえ見えなかった。かたきを仕留めた赤い仮面の少年は南西に吹き流される煙越しにコンコルディ遺跡をとらえ、呪いの糸に操られるまま歩き出した。
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