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嵐の子
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――天気なんて、狂ったままでいいんだ!――
どす黒い海原は、ぐつぐつと煮えたぎるように熱かった。中天では太陽がごうごうと燃え、薄汚い雲の層が灼熱の大気を圧していた。その狭間でさざなみから、もうもうと蒸気が立ちのぼる。大海そのものが蒸発せんばかりの流れは周囲に高熱を放ちながら雲になり、空に食い込むごとく螺旋を描いてぐんぐん上昇、ついには辺りを流れる雲を手あたり次第食らって膨れ上がっていった。太陽は真っ赤に燃え盛り、波立つ海は沸き続け……並外れて異様な積乱雲へと成長したそれは、時間を逆流させんばかりの勢いで回りながら渦をどんどん大きくし、おどろおどろしい姿をそそり立たせて天を衝いた。その大渦の中心、巨大な丸い目が時計回りに息を噴き出しながら天上をくわっとにらみ、獰猛に渦巻く雲の巨体内部から核爆発さながらの光が繰り返しひらめき、雷鳴の咆哮が大気を震わせて地平の彼方までとどろき渡る。取り巻くたくさんの積乱雲から賛美され、見渡す限りに暴風雨の祝祭を巻き起こす、神話で語られる存在のごとき雲の怪物は、煮え立つ海原を荒れ狂わせながらゆっくりと移動を始めた。凶暴な強風の赴くまま一歩一歩進むたび一回り二回り肉厚になり、目のくらむ雷光と空間を砕き散らす雷鳴の鼓動を打ちつつ取り巻きを従えて西へ、西へ……太陽が赤黒い地平に沈み、東から昇るサイクルを何度か経るうちに進路を北寄りに変えた怪物は、今や星の海に達せんばかりの巨獣に変貌を遂げていた。その行く手に、上体をそらせた爬虫類形の列島がある。豪雨のよだれを降らし、歩みを速めて獲物に迫る巨獣。そのときにはすでに列島はおろか近くの半島や大陸までもが先駆ける大嵐に猛襲されており、空港も港湾も鉄道も都市も何もかもが大地を削る超暴風と横殴りの滝に見舞われて、ただただ恐れおののきながら耐え忍ぶばかりだった。
――僕たちは、きっと大丈夫だ――
巨獣は手始めに列島の尻尾、末端に深々と牙を突き立てた。奇声を響かせる暴風が家々を住民ごと吹き飛ばし、海が降るかのようにすさまじい豪雨が山々を崩してふもとの町を土砂の下敷きにした。数多の落雷が市街地を破壊していくそばで方々の河川は猛り狂って氾濫し、見境なく濁流で押し流した。浜や港から襲いかかる山のような大津波は、すべてを情け容赦なく飲み込んだ。子は親を、親は子を目の前で奪われた。数百、数千、数万それ以上の命が、瞬く間に散り散りになって泥に埋もれた。ありとあらゆるものが、天を蝕んで渦巻く巨獣の餌食になって姿を消した。地獄の王のごとく燦然と輝く太陽を臨む目はいよいよらんらんとし、巨獣は列島の尻尾から腰、続いて膨らんだ腹部に食らいついた。神社の鳥居はバキバキと根元からへし折れ、社務所、拝殿、本殿もろともばらばらになって巻き上げられた。おびえる入院患者と身を寄せ合う病院スタッフは、崩れる病院に潰されて肉塊になった。駅ビルはジュエリーショップはじめレストランも雑貨屋もドラッグストアもコスメショップもごちゃごちゃになり、近隣の高層ビルやらハンバーガーチェーン店やらのがれきと混じってめちゃくちゃに飛び散った。学校は校舎に幾重にも亀裂を走らせ、無残に崩壊した挙句超巨大竜巻に投げ込まれた。離島は、怒涛に砕かれて暗い海中に没した。少年は少女と、少女は少年と引き裂かれて二度と会うことはなかった。まがい物の人工美で装った世の中は、醜い実態をあらわにしたのち跡形もなくなった。さらに北上する巨獣によってまた原子力発電所が破壊され、新たに解き放たれた放射性物質が天上をえぐる渦巻きに取り込まれる。胸部、そして頭の先まで肉はもちろん一片の骨も残さず食らい尽くされた後には、列島の痕跡すら残っていなかった。もっとも、45億年前は存在していなかったことを考えれば、元に戻っただけかもしれなかった。そして、衰えるどころかいっそう荒ぶる巨獣は、自分を生んだ世界の形を決定的に変えながら進行を続けた。
どす黒い海原は、ぐつぐつと煮えたぎるように熱かった。中天では太陽がごうごうと燃え、薄汚い雲の層が灼熱の大気を圧していた。その狭間でさざなみから、もうもうと蒸気が立ちのぼる。大海そのものが蒸発せんばかりの流れは周囲に高熱を放ちながら雲になり、空に食い込むごとく螺旋を描いてぐんぐん上昇、ついには辺りを流れる雲を手あたり次第食らって膨れ上がっていった。太陽は真っ赤に燃え盛り、波立つ海は沸き続け……並外れて異様な積乱雲へと成長したそれは、時間を逆流させんばかりの勢いで回りながら渦をどんどん大きくし、おどろおどろしい姿をそそり立たせて天を衝いた。その大渦の中心、巨大な丸い目が時計回りに息を噴き出しながら天上をくわっとにらみ、獰猛に渦巻く雲の巨体内部から核爆発さながらの光が繰り返しひらめき、雷鳴の咆哮が大気を震わせて地平の彼方までとどろき渡る。取り巻くたくさんの積乱雲から賛美され、見渡す限りに暴風雨の祝祭を巻き起こす、神話で語られる存在のごとき雲の怪物は、煮え立つ海原を荒れ狂わせながらゆっくりと移動を始めた。凶暴な強風の赴くまま一歩一歩進むたび一回り二回り肉厚になり、目のくらむ雷光と空間を砕き散らす雷鳴の鼓動を打ちつつ取り巻きを従えて西へ、西へ……太陽が赤黒い地平に沈み、東から昇るサイクルを何度か経るうちに進路を北寄りに変えた怪物は、今や星の海に達せんばかりの巨獣に変貌を遂げていた。その行く手に、上体をそらせた爬虫類形の列島がある。豪雨のよだれを降らし、歩みを速めて獲物に迫る巨獣。そのときにはすでに列島はおろか近くの半島や大陸までもが先駆ける大嵐に猛襲されており、空港も港湾も鉄道も都市も何もかもが大地を削る超暴風と横殴りの滝に見舞われて、ただただ恐れおののきながら耐え忍ぶばかりだった。
――僕たちは、きっと大丈夫だ――
巨獣は手始めに列島の尻尾、末端に深々と牙を突き立てた。奇声を響かせる暴風が家々を住民ごと吹き飛ばし、海が降るかのようにすさまじい豪雨が山々を崩してふもとの町を土砂の下敷きにした。数多の落雷が市街地を破壊していくそばで方々の河川は猛り狂って氾濫し、見境なく濁流で押し流した。浜や港から襲いかかる山のような大津波は、すべてを情け容赦なく飲み込んだ。子は親を、親は子を目の前で奪われた。数百、数千、数万それ以上の命が、瞬く間に散り散りになって泥に埋もれた。ありとあらゆるものが、天を蝕んで渦巻く巨獣の餌食になって姿を消した。地獄の王のごとく燦然と輝く太陽を臨む目はいよいよらんらんとし、巨獣は列島の尻尾から腰、続いて膨らんだ腹部に食らいついた。神社の鳥居はバキバキと根元からへし折れ、社務所、拝殿、本殿もろともばらばらになって巻き上げられた。おびえる入院患者と身を寄せ合う病院スタッフは、崩れる病院に潰されて肉塊になった。駅ビルはジュエリーショップはじめレストランも雑貨屋もドラッグストアもコスメショップもごちゃごちゃになり、近隣の高層ビルやらハンバーガーチェーン店やらのがれきと混じってめちゃくちゃに飛び散った。学校は校舎に幾重にも亀裂を走らせ、無残に崩壊した挙句超巨大竜巻に投げ込まれた。離島は、怒涛に砕かれて暗い海中に没した。少年は少女と、少女は少年と引き裂かれて二度と会うことはなかった。まがい物の人工美で装った世の中は、醜い実態をあらわにしたのち跡形もなくなった。さらに北上する巨獣によってまた原子力発電所が破壊され、新たに解き放たれた放射性物質が天上をえぐる渦巻きに取り込まれる。胸部、そして頭の先まで肉はもちろん一片の骨も残さず食らい尽くされた後には、列島の痕跡すら残っていなかった。もっとも、45億年前は存在していなかったことを考えれば、元に戻っただけかもしれなかった。そして、衰えるどころかいっそう荒ぶる巨獣は、自分を生んだ世界の形を決定的に変えながら進行を続けた。
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